122.冒険者の兄妹
三年前ではありえなかったような光景の一つに、グランスレイフを歩く人間たちの姿があった。
船で海を渡って一週間という、冗談でも交通の便が良いとは言えないこの場所に、多くの人間がいるのは他でもない。『新たな交通手段』が確立されたからである。
――『次元の扉』。かつてはとある竜人によって、人類へと攻め込むという理由でヒューディアルとグランスレイフに繋がれようとしたその扉。
それが、今は別の理由で。……人間と魔族が繋がる為に。その扉は開かれた。
……よって、ヒューディアルとグランスレイフ間の行き来がこれまでとは比べ物にならないほどに楽になったのだ。
逆に、ヒューディアルにやってくる魔族だっている。最初は人間も魔族も、慣れない光景に戸惑っていたが……今では、二種族が入り乱れる光景にも慣れつつあった。
しかし、グランスレイフを歩く人間……と言っても大多数は、次元の扉と繋がる都市――マーデンディアの中に留まる。街の外に出れば、未だに『革命』によって知性を得られていない魔物に襲われる危険性もあるからだ。そして、グランスレイフの魔物は強い。並の冒険者では全く歯が立たないどころか、戦いの土俵にすら立つことさえ許されないかもしれない。
そんな中、危険な魔物がはびこるグランスレイフの森を歩く二人の人間の姿があった。
「この辺りだよね。ゴブリンたちの集落って……」
「今日は『ブラッドウルフ』の討伐。さっさと終わらせて帰るとしよう」
二人の兄妹の姿だった。
兄の方は、人間とは思えないほどの高いステータスで一瞬のうちに敵を殲滅する剣士で。
妹の方は、魔族すらも羨む、稀有な魔法の才能を持つ魔法使い。
二人合わせて、グランスレイフでは有名な冒険者パーティだ。噂ではあの魔王を相手にすら戦えるとか、そんな噂まで流れてしまうほどの実力者二人。
近年、大陸のあちこちで魔族の集落や村が増えてきた事から、グランスレイフでの冒険者の需要はどんどん増している。そんな中で、魔族を差し置いて大きな活躍を見せているのがこの二人なのだ。
「……あれだな。写真の通り、赤い模様の入った毛並みの狼だ。間違いない」
「わかった。――『サンダー・シュート』ッ!」
一本の雷撃が、遠くの狼を撃ち抜いた。
知性を持つ魔物は増えてきたが、全てではない。魔物と一口に言っても、あちこちで発展していく集落や村の住人であり、それらを襲う厄介な相手でもある。そんな攻撃から守るため、冒険者という仕事はマーデンディア一つしかなかった頃よりも重宝されているのだ。
「依頼によれば、あれが大量発生して、ゴブリンの集落からマーデンディアへと向かう道が使えないらしい。数が多そうだし、手分けして倒していこうか」
「うん、お兄ちゃんも気をつけてね?」
「ああ、唯葉こそ。……大丈夫だとは思うけど」
そう言うと二人は分かれ、別行動を始めた。彼らにとって、別行動のほうが都合が良い。兄のスキル――『味方弱化』のせいで、妹の唯葉が本領を発揮できないからだ。
……そもそも、二人は十分な貯蓄があったはずではあるが、それでも冒険者を続けているのは、三年前の大事件で一度は崩壊した、二人のお世話になったある村の復興の為にそのほとんどを寄付したからだったりする。
都市部や比較的大きな街であればお金はあれど、小さな村には、そんなお金はなかったのだった。
「――はあああぁぁぁぁッ!!」
彼は、赤い模様の入った狼とすれ違いざまに一撃、剣で切り刻む。その剣技は、凡人には比喩表現でもなく、本当に見えないほどに速かった。
「――『サンダー・シュート』ッ!」
一方、別行動をする彼女も、見つけたターゲットに向けて雷撃を撃ち込んでいく。彼女が扱っているのは決して上級魔法などではない。……しかし、日々の鍛錬によって、上級魔法でなくとも圧倒的な一撃を放つことができるようになった。
……三年前、様々な戦いがあった。それらを乗り越えてきた経験に比べれば、今の戦いなんて楽なものだ。……かと言って、あの頃のように命懸けで、激しい戦いをしたいのかと言われれば、もちろんしたくない。今のような、ある程度平和な世界が一番だ。
一人になった彼――梅屋正紀は、ふと思う。
今はまだ実現しそうにない事ではあるが……些細なケンカなんかは抜きにして、この世界から本当の意味での争い、戦いが無くなる日も遠くはないのだろうと。
三年前は、表面上は確かに条約を結び、友好的になった訳ではあるが、人間と魔族間での差別、争いは無くならなかった。
しかし、日を重ねるにつれて、そんな事件も数を減らしてきている。
……本当に、この選んだ道が正しければ。人間と魔族が繋がる事が、正しい事であれば良いなと。彼はそう思う。




