120.あり得なかった世界へと
それから一週間後。三隻の船が、ヒューディアル北方の海岸へと到着する。
事前に魔王・プレシャが、彼女の配下である大型鳥の魔物に預けた手紙は無事に届いたようで、多くの出迎える人間たちが手を振っている。
人間たちにとって、元々は襲いかかってくる憎き敵だったのだが……あの一件で、完全に立場が逆転してしまった。今では第三次召喚勇者という強大な敵に対して共に戦った英雄のような、そんな扱いになっている。
……そんなことはどうでも良いと、魔王プレシャは船を降りる。そして、
「待たせてしまったな……ッ! 我は魔王・プレシャ! このヒューディアルで『取引』をしにやって来たッ!」
***
一度は何もかもが無くなったものの、再び建物が建ち、徐々に活気を取り戻してきたクリディアに建てられた、大きな建物。――新生・冒険者ギルドの一室で、人間と魔族。二つの種族の今後が決まる『取引』が行われていた。
「ここに『二種族間友好条約』の締結を宣言するッ!」
同じ部屋にいるクリディアの代表……レインを中心として、俺と唯葉だったり、リディエの重鎮たちだったりといったメンバーに、魔王プレシャは強く言い放つ。
『二種族間友好条約』……。内容は単純明快で。
人間と魔族は争わない。互いに一丸となって、互いの種族の発展を目指すこと。長々と書かれた条約文はあるが、簡潔にまとめればこうだ。
そして、本日のメインである――『魔石』と『知恵の原石』の交換も、滞りなく行われた。……魔石の方はというと、あまりにも量が多すぎて運ぶのが大変な為、とりあえず北の海岸に置いてあるのだが……知恵の原石は『ストレージ』の魔法を持つ、唯葉が持っていた。
「――『ストレージ・アウト』」
唯葉が唱えると、その場に大きな虹色の石――『知性の原石』が取り出される。虹色の輝きは、部屋中を照らし尽くす。
「……これが知性の原石だ。受け取ってくれ」
人間サイドの代表である女戦士――レイン・クディアが、その大きくて浮かぶ石に触れ、ふわりと押すようにして、プレシャへと差し出した。
対するプレシャは、知性の原石に触れ――
「確かに受け取った。……魔族の更なる発展に、役立たせてもらおう。……感謝するッ」
プレシャは知性の原石に触れ、自身の収納魔法によって異次元へと送り、しまう。
人間と魔族の友好、取引。それが実現したこの瞬間まで、様々な事があった。……しかし、晴れて目標、二つの種族が持つそれぞれの特別な資源の交換が実現した。そして二つの種族が今、共に協力し、より良い未来へと歩んでいく。――世界が変わった瞬間だった。
かつて、人間と魔族が対立していた時代では考えられなかった……まるで夢のような未来。それを現実の物としたのは――
「改めて礼を言わせてもらおう……梅屋正紀に梅屋唯葉。我がこうして、叶わぬ夢だと思っていたこの瞬間を実現できた。それは、間違いなくお前たち二人のお陰だろう。……本当にありがとう」
「妹を……唯葉を。人間に戻してくれた。嫌な顔せずに俺たちを迎えてくれたみんなの力になれるなら、俺はなんだってやるさ」
こうして、二つの種族は一つになった。
誰もが想像しても、実現するはずがないと鼻で笑うような――そんな世界へと。決して誰もが救われる、そんな完璧な世界ではないにしても。
……それでも。
このルートを選んで良かったと。そう思える世界になる事を願って。
この世界に生きる人間、魔族。そういった括りを取っ払った全員が思えるように。
……先へと進んでいく。




