113.ゼルマウンテン
「ここがゼルマウンテンだ。しかし、ここには凶暴な魔物が住み着いていて、並の実力ではこの山を登り切る事は難しい。……と言っても、心配すべきはお前達ではなくこのアタシ自身なんだがな……」
褐色肌の女戦士、レイン・クディアは、目の前に遥か高くそびえ立つその山を指差して言う。
そんな彼女も実力者ではあるが、この山を登り切るどころか、入った事さえないらしい。……言ってしまえば、この山は危険すぎて、最強と呼ばれているニールも、それ以前の記録に残っている全冒険者も含めて、誰も登り切った者はいない。
では、この古文書は誰が書いたのか、となるが……そこには名前が記されていて、それは五百年前の召喚勇者が書いたものだという。
五百年前の事など、現代を生きる彼らには分からないが……その頃と言えば、魔族に戦争を仕掛けた時期だ。俺たちと同じように――攻守が逆にしても、それと同じような理由で、五百年前にも召喚があったのだろう。
そんな召喚勇者が書き残した古文書。長い時を経て、役に立つ時が来ようとは、これを書いた勇者も思っていなかっただろう。
「いくら何でも、本場の魔物よりは大した事はないとは思う。それに、プレシャだって呪いを解除したらしいし、これ以上魔物が湧き続ける事は無いはずだ」
グランスレイフでも戦いを繰り広げた。ダークエルフと、その配下のゴーレム。魔物の中でもトップクラスに強いと感じたが……正直、あれほどの敵なら対処はできる。それに、
「食料も、装備も、ちゃんと私の魔法で過剰なほどに持ってきてるし……足りなくなる事はないはず」
そう言う唯葉の『ストレージ』には、三人ならば一ヶ月は生き延びれるほどの水と食料(しかもパンに野菜、肉と栄養バランスもバッチリ)に、防寒具。共鳴石と武器や防具の予備もあるし、過剰なほどに詰め込んだ薬や包帯で怪我をしても安心という、やりすぎだ思えるほどの準備を重ね、まさに完璧な布陣と言える。
これほどまでに物を収納できるのは、唯葉のレベルが高い事もあるが、プレシャが教えてくれた『魔力の節約』ができるようになった事が大きい。
魔法で火力も出せるようになり、一時は失った戦闘力も、少しではあるが戻ってきている。……もちろん、常人と比べれば圧倒的な魔法の才能である事には変わりはないのだが。
「そう言われれば、なんだか余裕に思えてしまうのがな……。一応、ここは前人未踏の秘境のはずなのだが」
「魔物というよりは、登る事に慣れていないのが不安だな」
「私たち、登山なんてした事ないし……」
レインはともかく、俺たちはこの世界に来てまで一年すら過ごしていないし、前の世界でだって、登山なんてした事はない。さらにこの世界には登山用の靴やステッキなんて便利な物はないので、不安なのはその辺りだ。
「最高峰の山だからな……。生半可な覚悟では登り切るのは難しいだろう。……とにもかくにも、足を動かさなければ始まらない。この先は何があるかは全く分かっていないし、くれぐれも油断しないようにな」
そう言うと、三人は山頂を目指して歩みを始める。




