112.クリディア北・海岸
第三次召喚勇者との戦いによって崩壊したクリディアの北の海岸。そこには、一隻の船が止められている。そして、その船にたった一人、乗り込もうとする姿が。
それは、この船の持ち主――魔王プレシャだった。あの事件の後、人類代表として話をしたレインと魔族の王であるプレシャの間で、契約が交わされた。
まず一つ、二つの種族間での争いを止めること。そしてもう一つ、
「我は取引の準備ができ次第、再びここへと戻ってくる。早くて二週間と言ったところか。……そちらは、それまでに『知恵の原石』を用意しておいてくれ。――知恵の原石というのがどういう物なのか、我ですらも把握していないが……人間の古文書には情報が残っていると聞いた。探すのは困難を極めるだろうが……宜しく頼んだ」
「ああ。任せてくれ」
「プレシャさん、元気でね」
「この度の一件に対する協力――誠に感謝する。今回の取引、必ず成功させよう」
見送りに来ていたのは、梅屋兄妹と、レイン・クディアの三人。大勢で盛大にお見送り……とはいかなかったのは、あの事件によってやるべき事が山積みであるからだ。
そして、三人も『やるべき事』のついでだ。――『知恵の原石』を探す。それも、プレシャが再びこの地に戻ってくるまでに。
ただし、場所に関しては大体目星が付いていた。大陸の中心にそびえ立つ巨大な山の山頂と、古い文書には書かれていた。これだけが頼りなので、もしそれがデタラメだったり、既に無くなっていたりなんて事になれば、手詰まりとなってしまう。
しかし、今はその情報を信じるしかないので、百聞は一見にしかずという言葉通り、早速その山へと登ることになった。
プレシャが船に乗り込んでしばらくすると、音を立てて海岸を離れ、動き出した。
「……これが噂に聞いた『船』という物か……」
この世界の人間はこの大陸にしか住んでいない。……魔族、魔人といった種族との関わりもなかったので、そもそも『船』というものが必要なく、存在していなかった。
遠い昔、人間が魔族に戦争を仕掛けた際には造られたらしいが、五百年の時を経てその技術は失われ、古い書物に名前だけが残るだけとなっていたのだ。俺たち二人は元々日本に住んでいて、見慣れた物なので何も思わないが――少なくともレインは、本物の船を前にして驚きを隠せていない様子。
プレシャ一人を乗せた船は速度を上げ、海の向こうへと遠ざかり、やがて消えていく。そして俺たち三人も――
「さて、アタシ達も行くとしよう。目標は『知恵の原石』、それがあるとされる、ヒューディアルの最南端、最高峰の山――『ゼルマウンテン』へと」
三人は、止めてあった馬車に乗り込むと、ゼル・マウンテンへと向けて馬車を走らせる。




