110.戦いを望まない者
互いの勢力は、誰もが自軍の勝利の為に命を燃やし、戦っていた。
そんな中で、直接的な戦いに参加せず、身を潜め続けている人間が二人。
――『死者蘇生』、雫川実里。
――『不可視化』、佐々木千代。
どちらも第三次召喚勇者で、『何としてでも生き残れ』と命令されている。
故に、彼女ら二人は、佐々木千代のスキル『不可視化』によって透明化して、戦場の中を隠れていた訳だが……。
「『通信回線』が切れてる。これでSランクは実里ちゃん以外全滅かあ……」
「予定通り、最優先は『法則定義』、永見さんを復活させればいいんだよね。あのスキルさえあれば全員を復活させるのも容易になるって話だけど……」
肝心の『死者蘇生』を持つ彼女は、乗り気ではなかった。
「もし私がみんなを復活させたら、また始まるんだよね。……戦いが」
対して、『不可視化』のスキルを持つ彼女は言う。
「他のSランクが軒並み倒された今、主導権を握っているのは実里ちゃんだよ。復活させるかさせないか、それも実里ちゃんの自由。仲間を取るか、これ以上の犠牲を止めるか。どっちにしても、私はついて行くつもり。……まあ、実里ちゃんならどっちを選ぶかなんて分かりきった事だと思うけどね」
「私、もう見てられない。争う必要もないのに、こうして意味もなくみんなが死んでいって……もう耐えられないよ……」
涙をこぼし、感情を吐き出すように叫ぶ彼女に、佐々木千代は――
「分かったよ。――今までは他のSランクの圧力とか、色々とあったけど……今は違う。今の実里ならこの負の連鎖を止められる」
そう言うと、彼女らを隠していたスキル『不可視化』を解除する。そして、立ち尽くす雫川実里の背中をぽんと押して、
「行こう。あそこにいるのは確か敵軍のリーダーだよ。……私もついて行くから。きっと二人なら大丈夫。これ以上誰も不幸にならないように。……行こう」
視線の先には、褐色肌の女戦士と小柄で銀髪の少年が、曲がりなりにも仲間である生駒聖斗の遺体を守っている。褐色肌の彼女は相手の軍団を率いるリーダーといった存在だ。話し合いをするには絶好の相手。
『不可視化』を解いた二人は、武器を捨て、手を挙げて――抵抗の意思がない事を精一杯にアピールしながら、二人の元へと近づく。そして、
「私は『死者蘇生』、雫川実里。そしてこっちは『不可視化』、佐々木千代。……私たちはもう、交戦の意思はありません。……だから少し、話を聞いてほしいのっ!」
彼女の言葉に褐色肌の女性。レイン・クディアは、その言葉に疑問を持ちつつも――
「話だと? 追い詰められたからと言って、命乞いでもしようって魂胆か」
レインはきつい口調で言い放つ。……それも無理もない。互いに敵同士なのだから。それでも彼女は、諦めずに、声色も変えずに、訴える。
「いえ……私の仲間は望んでいたのかもしれない。でも、私たちはそれを望んでいなかった。戦いなんて、殺し合いなんて、嫌だったの……ッ」
悲しみの表情に、顔をくしゃくしゃにしたSランク――雫川実里は続けて、
「私は他のSランクを前にして、歯向かう事ができなかった。でも、今は違う。みんな死んでしまった。私を押さえ付ける物は何もない。……だから、今しかないと思ったの。……この戦いを終わらせるのは!」
彼女のその叫びに――辺りの全員が彼女に注目する。そして、その言葉を受け取ったレイン・クディアは――
「話を聞くだけなら構わない。……しかし、お前達を信用した訳では無い。これを付けてもらうが、構わないな?」
レインがポケットから取り出したのは――手錠のような、身動きを取れなくする為の拘束具だった。




