108.『法則定義』対『味方弱化』
「――『法則定義』……剣はアタシの身体を貫けない」
俺の剣は――相手の女性の体に触れるが刃が通らない。
ピンクのショートヘアに、じゃらじゃらとアクセサリーを付けた女性――永見里奈。Sランクスキル『法則定義』で、ありとあらゆるルールをこの場に適用する事ができる。
例え、身体が剣を切れないような物理的な常識を外れた内容であってもだ。
「アタシのルールは絶対ッ! 横から割り込んできやがってくれたようだけど、このアタシを止めようだなんて思わないことね」
「……でも、お前のそのスキルには弱点があるんだっけ」
そう言いながら、俺は――剣を持たない左拳を、彼女へと向けて突き出した。
彼女にその拳は命中し、確かな感触がある。……ダメージは入っているようだ。
「一度に適用できるルールは一つまで。さらに適用すればそのルールは上書きされる。……なんでもアリのスキルだけど、そう聞くと不便そうに思えるよな」
「そんな些細な事がどうしたって言うのかしらぁ? アタシが優位に立てるこの事実は変わらないわ」
確かに、状況に応じてルールを作り直せば良いだけかもしれない。……しかし、そのスキルにはさらにもう一つ弱点がある。
……もし、『法則定義』が万能で、一瞬にしてルールを作り替えられるのであれば話は別だ。しかし、このスキルは『言葉に紡ぐ』事で、ルールを作り替えている。
――つまり、ルールを口に出すまでのタイムラグが、突破口となる。
今だって、すぐにルールを作り替えられるなら拳も防いでいただろう。それが無かったということは、やはり口に出さなければルールは作り替えられない。そして、その隙があれば、どんなに無茶苦茶なスキルだとしても勝機は十分にある。
「アハッ、軽く遊んであげようとでも思っていたけれど、見くびっていたわ。本気で潰してあげるッ――『法則定義』……アタシの剣は必ずアナタを貫くッ」
彼女はそう言い放つと、持っていた剣をデタラメな方向へと放り投げる。当たるはずもない攻撃。しかし、その剣は――ぐるり! とあり得ないほどに方向を変え、俺の元へと向かってくる。
「――ぐああッ!!」
俺はなんとか避けようとするが――剣は俺の身体へと突き刺さる。
彼女の作る法則は絶対。よって、その剣から逃れる事は絶対に不可能。絶対に俺の身体に突き刺さる。
――だからどうした?
俺の高いステータスは、防御面でも役に立つ。『味方弱化』によって、仲間と戦う事が困難になった代わりに得たその高いステータスは、剣が突き刺さったぐらいで倒れるほどヤワじゃない。
俺は剣を引き抜き後ろへと放り捨てると、彼女の元へと高速で走り――スパンッ! と剣を振るう。剣先は、確かに彼女を切り刻んだ。傷口から鮮血が噴き出した。……しかし、ルールを定義されれば攻撃が通らないという圧力から焦ってしまった俺は――トドメを刺すまでに至らない。
……そして、彼女は苦悶の表情を浮かべながらも言い放つ。
「チッ、剣が刺さってもマトモに動けるなんて。……相当ステータスが高いみたいね」
彼女は続けて――
「――『法則定義』……ステータスは全て『1』になるッ!」
――その瞬間。俺の身体が一気に重くなるのが身に染みて分かった。
「さんざんそのステータスに頼ってきたんでしょう? たまにはステータスで殴られる側にもなってみるといいわ。アハハハハハハッ!!」
狂ったような笑いが俺に向けて放たれる。……体が思うように動かない。
彼女の言う通りだ。……俺は、今までの戦いでずっと、このステータスを武器にして戦ってきた。それなのに。そのステータスを失った俺に、一体何が出来るというのだろうか?




