107.毒が回る、その前に
「……何をした」
その一瞬で、彼は一体何が起こったのか理解が追いつかない。それも仕方がないだろう。彼はただ『触られた』だけなのだから。
しかし、唯葉のスキル――『状態付与』を合わせて考えれば、それは大きな意味を持つ行動。
「私のスキルは雷撃じゃなくて『状態付与』。その身体に触れるだけで毒でも吐き気でも、あらゆる『状態』を与えられるの。……あなたは、私の毒によってすぐに死に至る」
「……最初からそれが狙いだったか……」
黒沼龍弥が死に至るのも時間の問題。……彼はそう分かっているからこそ――
「ならば俺が死ぬ前に殺す。ただ、それだけの事だ」
そう言うと――ビュウウウウウッ!! と、風を切り、彼は『加速した』。真っ直ぐに唯葉の元へと加速してそのまま――その右拳で、唯葉を殴り飛ばす。
「――まずい……っ!」
吹き飛ばされた彼女は、そのまま宙を加速し――大砲で飛ばされた弾のように、遠く離れた場所へと放たれる。
この速度のまま地面へと落ちればひとたまりもないだろう。しかし、そんな状況だからこそ彼女は冷静に。
「――『サンダー・シュート』ッ!!」
唯葉は地面に向けて雷撃を放つ。――ガガガガザザザザザザザザザガガガガガッ!! と、耳障りな音を立てながらも速度を落としていき、なんとか停止する。
しかし、黒沼龍弥が再び、こちらに向けて加速して飛んでくる。
それを見た唯葉は横へ飛び、加速して飛びかかってくる彼を避ける。そして、
「――『サンダー・ブラスト』――ッ!!」
唯葉は敵ではなく、地面へと向けて魔法を放つ。
地面はえぐれ、そこから土煙が舞い上がり、唯葉を中心とした周囲の視界はしばらく失われる。
……そう。もう彼には毒を与えたので、あとは毒が回るまで時間を稼げば良いだけ。無理して戦わずに、こうして逃げ続けているだけで勝てるのだ。
しかし、ただ逃げ続けるのだって簡単な事ではない。……敵は、本気で唯葉の事を殺しにきている。そんな簡単に諦めてくれるような雰囲気ではない。
彼は土煙の中へと飛び込むと、視界を奪うそれを加速し、吹き飛ばす。視界が晴れ、唯葉の居場所を見つけると――そこへ向けて、一気に加速する。
……しかし、彼の動きは……唯葉でも追えるほどに速度が落ちている。そして、彼の顔色は刻一刻と悪くなっていく。
残った力を振り絞るように、彼は木々や石を薙ぎ倒し、吹き飛ばす。しかし唯葉は走り、その全てを避け、お返しに雷撃を一発送りつける。
雷撃は彼を撃ち抜く事は無かったが、少しでも足止めする事はできる。その間に再び唯葉は後ろへと下がり距離を取る。
そんな彼女に向けて、黒沼龍弥が地面を蹴り、加速しようとした――その瞬間。彼は全身に力を失い、その場で倒れる。
「……まだだ」
しかし彼は諦める事なく――倒れるその体を起こす事もなく、そのまま唯葉へと向けて加速させた。闇雲に飛ばしたその体はバランスも完全に失っており、自身を犠牲にしてでも唯葉を殺すための『最後の一撃』だった。
「――『サンダー・ブラスト』ッ!!」
向かってくる彼を、唯葉は得意の魔法で迎撃する。もうその体に触れた攻撃を逆方向に加速させて反射という芸当を出来るような余裕は残っていない。その魔法を直で喰らい――彼は、唯葉の魔法によって倒される。




