106.『加速装置』対『元魔人の妹』
「――『サンダー・シュート』ッ!」
放たれた雷撃は、相手の元へと向けて放たれる。その雷撃は、以前ほどの火力は失われたものの、元々の高い魔力と、魔王プレシャから教わった魔力の節約術を利用した火力増幅法が合わさった結果、十分な破壊力の攻撃魔法となっている。
しかしその雷撃は――彼の身体へと触れた瞬間、鏡に反射されたように跳ね返る。
「……逆方向に『加速』すれば良いだけの話。どんな攻撃が来ようと、する事は変わらない」
金髪で、スラっとした体格の男は冷静に、言い放つ。『加速装置』……黒沼龍弥の持つSランクスキルで、身体が触れたもの全てを加速させる。
跳ね返された雷撃は、唯葉へ向けて飛んでいくが――彼の『加速装置』はそこまで万能ではないようで、攻撃を反射しながら唯葉をピンポイントで狙い撃つような精度は持たないのが唯一の救いか。
そして、彼のスキルは身を守るだけではない。彼は落ちていた小石を拾うと、手に乗せ――ビュウウウウウッ!! と、轟音を立てながら真っ直ぐに放たれる。
何とか走り、避ける唯葉だったが……Sランクである彼の攻撃がその程度で終わるはずがない。
続けて、彼自身が一気に加速して、少し離れた所に立っていた樹木の元へと移動すると、それを容赦なく吹き飛ばす。
根っこからグシャアッ! と持ち上がり、そのままそこそこの大きさの木は唯葉へと向けて放たれる。
「――『サンダー・ブラスト』ッ!」
今から避けても間に合わないと判断した彼女は、雷属性の中級魔法で迎え撃つ。
こちらも以前ほどの火力は失われているが、それでも飛んでくる樹木を抑えるくらいはできる。速度を落とした木は、その場で転がり落ちる。
――さらに、追撃は止まらない。
その近くに一緒に立っていた、さっきよりも背は低い樹木が二本。それらを一緒に、唯葉の元へと吹き飛ばす。
流石にこの一瞬で二度も魔法を連発するのは厳しい。彼女は最初の樹木を対処する間に、さらに追撃が飛んでくる事を見越して一度後ろへ下がっていた。何とか二本の樹木の軌道を読み――間をすり抜けるように、回避する。
その先に、彼が蹴り飛ばした握り拳ほどの石が、真っ直ぐに、高速で飛んでくる。唯葉は同時、
「――『ストレージ・アウト』ッ!」
異空間へと物を収納し、好きなタイミングで取り出せる魔法。そして唯葉が取り出したのは――小さな爆弾。
宙へと投げ出された爆弾は、石とぶつかると――ゴオオオォォォォォッ!! と音を立てて、爆発が起きる。……そして、彼女が取り出した爆弾は一つではなかった。
唯葉は、もう一つの小さな爆弾を、全力で放り投げる。爆発の影に隠れ、静かに投げられたその爆弾は――金髪の男の足元へと落ち、その瞬間。再び激しい音と共に、彼を爆発で包み込んだ。
唯葉は、それでも攻撃の手を止めない。相手はSランク。用心しておくに越したことは無いと、
「――『サンダー・シュート』ッ!」
一本の雷撃を放つ。爆発に刺さるように飛ばされた雷撃は、確かに彼を撃ち抜いたはず。こんな攻撃の嵐に巻き込まれ、生きているはずがない。
しかし、爆発による煙が消えゆくと、そこには――まるで何事も無かったように、その場に立つ金髪の男の姿があった。……彼は、不敵な笑みを浮かべ、こちらを見ていた。
――但し、それは。彼女にとって、想定内の出来事だった。
……むしろ、狙い通りだった。
唯葉は、同時にもう一つ。ある魔法を唱えていた。
その魔法によって生み出された『白い手』は、彼の背後からゆっくりと近づいていき――ちょんと、彼の背中へと一瞬だけ触れた。
そして、その一瞬は……唯葉にとっては十分な、逆転の一手だった。
「――『状態付与』……『毒』」
魔法をメインに戦う事が多い唯葉には、あまり出番は無かったが……彼女のスキルは『状態付与』。手で触れた相手に、状態異常を与えられる。そして、それは彼女の魔法――『マジック・ハンド』でも発動する。
……つまり。唯葉の放った激しい攻撃は全てフェイクで、本命は黒沼龍弥へと『毒』を与える事だったのだ。




