105.痛みさえも乗り越えて
一直線に、時を操る少女――時枝芳乃の元へと飛ぶ彼、工藤茂春は、前方からナイフが迫ってくるのが見えた。しかし彼は止まらない。
手に持つ剣を盾にするように前へと出し、その距離を縮めていく。その途中で――グサリッ!! 右肩へと放たれたナイフが突き刺さるがそれでも止まらない。
傷口は確かに痛い。……しかし、魔人となって高いステータスを得たお陰か、思っていたよりも痛くない。……これなら。
「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
彼は、叫びながら更に距離を縮める。対する、水色髪の時を操る少女は――
「確かに刺さってるのに……どうして止まらないの」
肩にナイフが突き刺さり、血を流しながらも向かってくる彼を一度時を止め、反対側へと移動してから、お化けでも見たかのような表情で言う。
そんな言葉も無視して、彼はもう一度少女を見据えると、低空飛行で一直線に飛び込んでいく。その先に何本も、ナイフが待ち構えているが全てを避け切る事などできない。さらに一本、今度は左腕へと突き刺さる。……それでも、彼が止まることはない。
再び距離を詰められた彼女は、さらに別方向へと退避する。同時に放たれたナイフは、再び彼の目の前に現れるが――最低限の動きで避け切る。
「結局、どんなに速くても『時間停止』は越えられないんだよ。そんなんじゃ、身体中が傷だらけになってボロボロになるだけだよー?」
さらに数十本。彼女の、渾身の攻撃が放たれる。向かってくる刃の雨を彼は――突っ切る!
背中に、足に、全身に。何本もナイフが突き刺さるが気にしない。距離を詰めては逃げられ、さらに距離を詰めて逃げられを繰り返す。
「一生こんな追いかけっこを続けるつもりなのー? 意味はないと思うんだけど……」
ウンザリしたような表情でそう言う彼女に、彼は――突きつけるように言う。
「自分が一番分かってるんじゃねえか? ……証拠に、お得意のナイフがあまり飛んでこないが」
「――っ!?」
……そう。彼女も、Sランクと言っても『時間停止』以外は普通の人間だ。
今まで、何も感じない工藤にとっては大した時間に感じなくとも――時を止めるスキルを何度も酷使して、その間にもずっとナイフを放つ為に走り回っていたのだ。
「……このまま続けて、先に疲れ果てるのはどっちだろうな?」
「その前に、出血多量でも急所に突き刺さってでも、どちらにしても先に死ぬのはキミじゃないかなあ……」
その間にも、彼は相手との距離を詰める。追い詰められた彼女は――
「……わかったよ。これで終わりにしてあげる」
そう言い残した彼女は、消えると同時――
――ズバババババババババババババババババッ!!
残りの全てのナイフ、落ちていた木の枝、石といった、ここにある武器になり得る物『全て』が、彼の全方向を囲み、逃げ場をなくした。
これほどの攻撃を行うのに、停止した時の中でどれほどの苦労をしたのだろうか。そして、その苦労に見合うだけの攻撃である事は確かだった。
――しかし、彼はそれでも止まらない。
避けられないと分かっていても、怪我をする事が見えていても。それでも彼は、敵へと向けて一直線に、飛び込んでいく。
そして、彼の剣は――残る全ての力を代償に、あの一撃を放って動く気力すらも失った彼女に突き刺さる。
――スパンッ!!
そして、彼の剣は――時を操る水色髪の少女を、容赦なく切り裂いた。
そんな彼の身体は……彼女以上に傷だらけで、血を流し、ボロボロとなっていた。
「そ、そんな……負ける、なんて……」
「そうだな、終わりにしよう」
彼は、再び剣を強く握り――崩れ落ちる彼女に、静かにトドメを刺した。




