104.『時間停止』対『超速飛行』
彼、工藤茂春はスキル『超速飛行』を使い空中を浮かびながら、敵を見下ろしていた。……水色のショートヘアをした女の子。――Sランクスキル、『時間停止』を持つ少女、時枝芳乃だった。
圧倒的な速さ、身体能力を持つ彼ですら、彼女には不用意に近づく事ができない。それもそのはず、彼女は『速い』どころか、『一瞬』を越えられる、そんなスキルの持ち主なのだから。
敵の戦法は、実際に彼女を倒したことがある梅屋兄妹が教えてくれた。
背後に回り込んではナイフを投げる。それが彼女の得意とする戦法だ。しかし、空を飛んでいる工藤には、ナイフは届かない。彼女もまた、『時間停止』が出来ても、運動能力も普通だし、魔法のような特殊な力を持っている訳でもない。
……つまり、時を止められたとしても、彼女自身の力で切り抜ける事ができない攻撃さえ狙えれば、勝機はある。
「だが、そんな攻撃なんてあるのか……?」
大空で彼は一人、呟く。
自在に時を止められるケタ外れのスキルを越えられる、そんな攻撃を放つ事が出来るのか?
「早く降りておいでよ。このままじゃあいつまで経っても決着がつかないよー?」
おっとりとした口調の彼女が言う。
「……まあ、そうだよな」
彼女の言う通り、このままでは一生決着がつかない。いつかは動かなくてはならないのだ。
そう思い、彼は――敵の待つ、地上へと向けて一直線に飛んでいく!
『超速飛行』という言葉に恥じない、側から見れば一瞬と言っても過言ではない、そんな速さで。
しかし、敵は本当の一瞬を操れる者。
地上へと降り立とうとした、その一瞬で。
――スパパパパッ! と、四方からナイフが放たれる。さらに、時枝の姿も共に消える。
「危ねえッ!?」
工藤は、慌てて飛び上がり間一髪でナイフから逃げるが、その直後。そこからあり得ない方向転換をしたナイフは、飛び上がった彼へと再び向かう。
上へ上へと逃げ帰った彼は、何とかナイフの脅威から逃れる事ができたが……これでは一進一退。
我慢くらべをするにしても、ただ地面で待ち構えるだけの時枝と、常にスキルを発動し続けて空に留まり続ける工藤では、どちらが先にギブアップすることになるかは言うまでもないだろう。
近づけばナイフが襲いかかってきて、逃げ続ければそのうち力尽きる。……もう、勝てる手立てはないのだろうか?
そう思った彼は――そうだ、と一つの考えが頭をよぎった。
「……そうだよな。俺は間違いを犯していた」
そんな彼は静かに口を開くと、続けて。
「何故、俺はノーダメージなんかにこだわっていたんだ?」
考えてみれば。他のみんなは誰もが傷付き、怪我をして、命をも懸けて。必ず何かを削ってでも、戦いに勝利を刻んできたのだ。
それなのに、彼は――一撃も喰らわずに、無傷で勝つという、甘い考えで戦っていた。
ナイフが刺されば当然痛いし、場所によっては致命傷だ。――それが怖かった。だから、いかに一撃も受けずに、怪我なく勝てるかという考えに至っていた。
覚悟を決めて、死ぬかもしれないという事実をも受け止めて、この場のみんなは戦っているのだから。……彼自身も、そんな甘い考えは捨てなければならない。そう気づいたのだった。
「なあに、俺の身体は『魔人』だ。それに、今までだって散々鍛えてきたこの体。ナイフが何本も刺さったところで死にはしないさ」
そう自分に言い聞かせると――ゴオオオオオォォォォォッ!! と、風を切る音を立てながら再び地上へと一直線に降りていく。




