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パラドックス・スラッグス  作者: 転転悠悠
陽真―特異点―千里
8/8

陽真―特異点―千里 Part3

これから何か起きる(はず)

千里が亡くなったと連絡を受けたのは、3日後の朝だった。

前日に卒業論文を提出し、疲れ切って眠っていた僕の下に、その知らせはスマートフォンの雷鳴と共にやって来た。


連絡をくれたのは、千里と僕の共通の友達である明恵だった。明恵の声は酷く震えていて、その声は辛うじて音と意味を繋ごうと必死だった。


千里は自殺だった。


警察によると、下宿先で睡眠薬を大量摂取し、ドアノブに頭を打ち付けたことが死因らしい。

明恵はそこまで伝えると、「もう切るね」と言って通話を終了した。


千里が自殺。


僕にはその事実が、映画の中の妄想話の様に現実味を帯びていない出来事に感じられた。

つい最近まで、千里はその凛々しい生を誇示してここにいた。僕はその輪郭を目で追うことができる。何なら指でその立体を撫でることもできる。

その千里がもうこの世に存在しない。

現実(リアル)虚構(フィクション)の境界が消滅してしまった。それらを区分することは、もはや僕にはできない。不可逆的変化、それは雷鳴と共に訪れ、その痕跡だけを残してゆく。


葬儀はこじんまりとした斎場で行われた。初めて目にする千里の両親と妹は、心の置き場所を無くしてしまった人達の様に振る舞っていた。その姿は感情を圧し殺す機械そのものだった。

僕は焼香を上げ、親族に「この度は御愁傷様です」と形ばかりの挨拶をして、その場を去った。


千里が居なくなって初めて、彼女と僕は他人であったことを痛感した。千里とデートをしている時、「もしも千里が亡くなったら、僕は大粒の涙を流すだろうな」とふと頭をよぎったことがあった。

しかし、現実は違った。

僕は千里の死に対して、ほんの少しの感傷も感じていなかった。ただ、そこにいた千里が居なくなった。その空白を感じているだけだ。そこから感じるものは何もない。虚無だ。


僕と千里の線分上には、絶対的な特異点があったのだ。僕がどれだけ千里の心に寄り添おうとしても、その1点を乗り越えることはできない。それは千里にとっても同じだったかもしれない。


帰りの電車に揺られながら、僕は焦点の合わない思考を懸命に手繰り寄せていた。ふと、僕の手に温かく柔らかな感触が押し当てられた。意識を現実に合わせると、そこには赤ん坊がその小さな手を僕の手の甲に押し付けていた。隣に座っていた母親は、急いでその赤ん坊を抱き上げると「申し訳ございません」と詫び、そそくさと席を立ち離れていった。

手の甲に冷たい感覚があったのでよく見てみると、そこにはさっきの赤ん坊の唾液がびっしりついていた。その跡は独特のてかりを放っており、僕にはそれがナメクジが這った跡の様に感じた。

"それ"は僕に近づき、そして千里を押し潰して行ったのだ。直感的にそう感じた。


僕の周りで何かが変わり始めている。致命的な何かが。

何か手を打たなければ。連日の疲れと心地良く揺れる電車によって、避けようのない眠気が僕の周囲を漂い始めた。そして僕はまどろむ意識の中に吸い込まれていった。

まだ続いてたんだ。この話

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