[Play With The Nightmare]
1、深夜の乳母車
広告代理店に勤務している高橋裕太は今晩はひどく酔っていた。同社の専務に飲みに誘われ、高橋の同僚を含む4名で白木屋にどんちゃん騒ぎを繰り広げた後なのだった。
「しぇんむぅ、のましぇすぎだっつぅのー」
なんて人のせいにして独り言を言う始末、自宅の自由が丘の端にあるボロアパート付近に辿り着くころには、時計の針は11時半を回っていた。
「ん??なんだあれは?」
自宅には後数百メートル先の角を曲がればすぐという所で向こうから乳母車を押している腰のひどく曲がった老体が歩いてくるのを目撃したのである。これがまた滑稽な姿をしている。顔が隠れるほど手ぬぐいを頭から深く被り、薄黄緑のワンピースを着ていた。その体重を乳母車に委ねるような姿勢で尚且つ、歩くスピードが速いのである。
ガラガラガラガラ・・・・・
音が近づきその容姿を目視出来た頃には高橋のすぐ傍まで迫っていた。
「お・・・さ・・・・、こ・・べ・・い?」
立ち止まり聞き取れないか細い声でその対向者は話しかけてくる。
「へい?なんですか、おばあさぁん」
酔っているからか、高橋は恐怖心など持たず、絡んでしまった。
「お兄さん、これ食べるかい?」
すると先ほどとは比べ物にならない程大きい声で言葉を発した。次の瞬間には高橋の目の間に迫り、彼を押し倒した後に口に何かを押し付けてきた。
そのまま彼は気を失った。
都内の青年向け雑誌社に努める29歳の新城悠太郎は夜更けに社外喫煙ブースで星空を見上げながら物思いに更ける。参ってしまっていたのである。
「ネタ切れかぁ、なんも思いつかん」
彼が手がけるのは、心霊スポットやオカルト、怖い話を特集した『プレイ・ウィズ・ザ・ナイトメア』というマニア向けの恐怖雑誌である。しかしありきたりな『口裂け女』の類は前回まででネタを使い切り、まさに行き詰っていた。
「何してんすか、新城センパイ!顔死んでますよ?」
にやけ顔で近づいてきたのは大学時代からの後輩で、同社のファッション雑誌部署で働く植村洋介だった。
「センパイがもはやオバケじゃないっすか!?今月の特集は決まりっすね」
なんて冗談にもうまく相手が出来ない新城であった。
「なんか面白い(怖い)話ねぇのかよ」
「センパイ、どうしたんすか。『黄泉がえりの口裂け女』とか昔の恐怖逸話リメイクめっちゃ面白かったじゃないすかぁ。そんなセンパイならいくらでも面白い話書けますって!」
「そりゃぁなぁ、アイデアさえ降って来てくれれば脚色なんて簡単だろうけどさ。なんも思いつかないってのはな・・・」
そう言って新城はまたベンチに伸び切り、たばこを銜えたまま空を見上げる。星がきらきら綺麗だ。月はもうすぐ満月になりそうだな、なんてぼんやり考えていると植村が口を開く。
「あ、そういえばこの話知ってます?自由が丘付近で最近話題になってるんすけど、真夜中にばあさんが乳母車を押してぐるぐる住宅街を練り歩いてるって話なんすけど・・・」
そう植村が言い終える前に新城は身を乗り出した。
「なんそれ、教えてよ」
まぁ俺も詳しくはわかんないっすけど・・・、そう言って植村は語り始めた。
時計の針を深夜2時10分を回るといきなりどこからともなくカラカラカラカラという車輪が回る音が聞こえてくる。近隣住民からの苦情に自由が丘付近の交番勤務の警察官が聞き込みを行っているが、その不気味さ故に誰も外に出て姿を確認しようとはしていないらしく詳細はつかめていない。
「なんだそれ。ただの徘徊老人の話じゃないのか?」
聞いている途中で新城はがっかりしてしまった。
「いやいや先輩!それが違うんすよ!これだけならただの徘徊ばあさんなんすけど・・・」
新城ががっかりするのも植村の計算のうちだった様だ。
「最近、被害者が出たんです!」
「被害者って、誰か死んだの?」
「死んではないすけど、あ、いやありゃ死んでるのかもな。精神的にやられてますからね。俺の友人の高橋裕太ってやつが、この前酔っぱらって帰る途中そいつと遭遇しちゃったんすよ。で、酔ってるから絡んじゃって!で、ババアがそいつの口に猫の死骸を押しつけてきて、そいつ気うしなっちゃって!」
もう新城の目が輝いてきているのが植村には嬉しくなり語り節も絶好調、声も大きくなる!
「おい、植村!それ事実なんだな?」
「もちのろんですよ、先輩!」
「それちょっと調べてみるわ!場所は自由が丘のどの辺なんだ?」
「今からちょっと行ってみます??」
「付き合ってくれんの??」
あたりまえじゃないっすか、と植村は上着をとりに一度オフィスに走って行った。
もうすぐ満月だな、と新城は先程より凛とした表情で夜空を見上げていた。
続




