6.デート?(前編)
「ねえ君、1人?俺らと遊ぼうよ」
土曜日。
橘花との事前の計画で、3駅先にあるショッピングモールを回ることにしていた私は、10分前に合流場所であった駅前広場に到着した。
この辺りは中途半端に都会だ。それもあって、週末の広場はそれなりに人が集まる。
メッセージアプリを介して橘花がすでに広場にいることは分かったんだけど、特に目立つ建造物もないから見つけるのはちょっと大変かなーとは思ってた。
そんな私の予想は、きれいに外される結果になる。
橘花はすぐに見つかった。
自然と衆目を集める効果のある聖域みたいなものを形成し、その中心で、ちょこんと手持ち無沙汰に佇んでいらっしゃった。
ついでに、派手に髪を染めた、見るからに頭のゆるそうな男達が3人、冒頭のような声を掛かけながら、その聖域を汚そうとしてやがった。
ーーーナンパとか、まじでやるやついるんだ。
逆に感心したけど、風に乗って聞こえてくる彼らの語気が次第に荒いものになってきたので、急いで橘花とナンパ野郎共の間に割り込む。
「ちょっと、失礼しますね」
「あ?誰だよお前?」
「ゆ、ゆずちゃん!?」
突然現れた私に、男達と同様橘花も驚きの声をあげる。
手を引いて、橘花を背に庇うように立ち回る。握った彼女の手が、少しだけ震えているのがわかった。
「友達が困ってるので、ナンパなら別の場所でやってくれませんかね?」
そう言う私の声は、少々喧嘩腰だったんだと思う。
その証拠に、私の乱入で狼狽えていた男達のなまじりがつり上がった。
「てめぇ……あんまチョーシに乗んじゃねぇぞ!」
「俺らの誘いを断れるなんて思ってんのかぁ?」
「そーだそーだ!」
若干1名、迎合しただけの輩がいた気がする……。
人目の多い広場だからか、あるいは他にも何か理由があるのか。定かではないが、ドスのきいた言葉にも、私の心は不思議と恐怖を感じなかった。
毅然とした態度で返答する。
「あんまり騒ぎたてても、不利になるのはお兄さんたちだと思いますよ。まだ続けるんなら、私の父警察官なので、呼んでもいいんですけど」
脅せば私達が少しは怯むと思っていたのだろう。目論見の外れた男達に、国家権力という盾をちらつかせる。
ちなみに私の父は警察官などではなく、脱サラして現在は不動産投資をしている。
それはともかく、どうやらこの男達にそこまでの度胸はなかったらしい。苦虫を噛んだように私を一瞥したあと、そそくさと3人でその場から去っていった。
実は私、有羽の影響で一通りの護身術を体得してたりするんだけど、今回はそれを使うまでもない小物だったなあ。
くいっと手を引かれる感触で、本来の目的を思い出した。
繋いだままだった手を離して、橘花の方へ振り返る。
「おはよう、きーちゃん。怖くなかった?もう大丈夫だからね」
「ゆずちゃんおはよぅ。ゆずちゃんが助けてくれたから、怖くはなかったよぅ」
橘花はにっこりと微笑みながらも、何故か名残惜しそうに手のひらをにぎにぎとさせている。そんな彼女の頭を、私は無意識のうちに撫でていた。
「んぅ?ゆずちゃん、どうしたの?」
「……あ、あれ?ごめん、なんか自然と体が動いてさ」
「えへへ、もっと撫でてもいいんだよぅ?」
という橘花を適当にあしらいつつ、今の自分の行動に首を捻る。
思い当たる節というか、薄らと残る子どもの頃の記憶でも、こんなふうに橘花の頭を撫でていた気がするけど……。
まさか、体がそれを覚えていたとか、そういうことなんだろうか。あの頃とは背格好も含め、色んなものが変わっているのに?
それは少し、恥ずかしいなあ。
「にしてもきーちゃん、今日は髪型凝ってるね」
「うん、ゆずちゃんと二人だから、気合い入れてみたんだよぅ。」
ゆるふわの長い髪は、ハーフアップにして丁寧に編み込まれている。淡い青色のプリーツスカートと相まって、イイとこのお嬢様って感じだ。
スカートの裾を舞わせながら、橘花がくるりと回ってポーズをとった。
「可愛い……」
これはいつものことだけど。
「えへへ、ゆずちゃんもかわいいよ!」
「……そ?ありがと」
今日の私は、白いブラウスにチノパンというカジュアルな格好で、橘花みたいなガーリーさは正直あんまり無い。それでも、かわいい子からかわいいと言われて嬉しくないはずがなかった。
「あ!ゆずちゃん、そろそろ映画のチケット買いに行かないと、良い席がとれなくなっちゃうよぅ!」
「…え?うわホントだ、行こっか!」
今日は始めに、映画を観ることにしていたのだ。
橘花はホラー系以外なら比較的雑食だから、チョイスは私に任せてくれるとのことだった。
といっても私は映像より活字派。公開されている数多の映画の中からどれを選ぶか決めあぐねていたところ、真弓から薦められたのが『暗君デュオソニアの王道』というタイトルのミステリー映画だった。
この作品、最初はそれほど注目されていなかったのだが、そのクオリティの高さがSNS等の口コミで広がりになり、上映数が激増したんだとか。なにより真弓の母、つまり弦月先生の一推しでもあるらしい。私はこれを聞いて即決した。
……決して、恋愛映画から逃げたわけじゃない。
ホントだよ?何となく橘花と観るには気恥ずかしいとか、そんなこと1ミリも思ってないからね。999マイクロくらいは思ってるかも知れないけど。
「大丈夫、ゆずちゃん?視線が明後日くらいまで飛んでいってるよぅ?」
「だ、大丈夫、だいじょーぶ……ちょっと、自分に負けた気がしただけだから……」
「ははは」と乾いた笑みを浮かべ、私は心配する橘花に力なく力こぶを作って応えた。
頬を両手で軽く叩く。橘花が少し驚いてた。
余計なことは考えるな、碧海柚子。今日の目標は"普通に楽しむ"ことだぞ。
物理的な方法で思考を切り替えて、私は橘花と一緒にシネマフロアに向かって歩いていくのだった。
リアルで経験したことのないデートを描くことになり苦戦する作者(リア爆希望)。