1.再会
中高一貫校の入学式というのは、内部進学組にとって中等部の卒業式の次くらいにやる意義のない行事だと思う。外部受験生ならばともかく、私達は中学を卒業したって学校に来るし、高校に入学する前から高等部の生徒とは校舎も部活も一緒なのだ。
「えー、我が校は主体性を重視した自由な校風が魅力でありまして……」
校長先生のありがたいお言葉を拝聴しながら、私は隣で船なぞ漕いている、おそらく私と同じ意見であろう旧友の、こちら側に傾いてきた頭をど突く。奴は「んぐふぅ」と小さく奇声を発してから、今度は首が折れるんじゃないかってくらいに頭を前に倒して、その状態で釣り合いが取れたみたいに動かなくなった。いや起きないんかい。
「えー、…………であるからして、えー、生徒の皆さんには外部生、内部生の垣根を越え、広く人との関わりを持っていただきたいというのが私どもの、えー……」
人の頭って意外と重たいから、たぶんこいつは起きたら首が痛いって呻くんだろうなーとか、そんなどうでもいいことをぼんやり考える。
あんまり暇で他に考えることもなかったので、私は退屈しのぎに校長が「えー」といった回数をカウントするという生産性のなにもない行為に興じながら、さっさと入学式が終わってくれるのを待った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「内部組の碧海柚子です。まあ知ってる人も知らない人もいると思うけど、宜しくです」
入学式の翌日。
高校生活初日であるこの日は、授業も午前中まで、というか実質ほとんどがオリエンテーションみたいなもので、余った時間は自然と新年度恒例の自己紹介という流れになったのだった。といっても、1クラス40人のうち半数は中等部からの仲なので、メインは高校受験してでうちに入ってきた子たちだ。
ちなみに先ほどの地味オブ地味な自己紹介は私のものである。まあ取り立てて言うこともないしね。下手に友達100人ほしいです♡とか言って地雷扱いされる気はないんだ。
「出席番号28番、空戸有羽!好きな食べ物はイナゴの佃煮で、嫌いな食べ物はカブトムシのフライ。万年金欠なんでいいバイトあったら紹介して。犯罪スレスレまでならやるつもりなんで!」
いたよ地雷。しかもよりによって私の友達だよ。
つっこみどころ満載の自己紹介でクラスメイトの少なくとも半数をドン引きさせたであろう我が悪友、有羽は白い歯を見せてサムズアップする。首元に湿布がはってあるのが絶妙にダサかった。
「ねえ柚子ー」
「なんだね地雷源空戸よ」
昼休み。カミキリムシの幼虫を入れたタッパー片手にやって来た有羽にイヤな予感を覚えた私は、面倒ですって表情を隠すことなく返事をする。入学式で爆睡し、自己紹介でも一発かましたくせに、愛想のいい美人であるこいつは特に腫れ物にさわるふうでもなく皆に受け入れられた。まあ元々こいつはこういうキャラってのが内部組の認識だったしね。それはいいとして。
「春休みさ、あたしちょーっとばかり占いについてお勉強してきたんだよね」
「占い?」
「そ。手相占いね。あ、カミキリムシ食べる?」
「いや食べんし。で、なに?有羽が私のこと占ってくれるって?」
「うん。手見せてくれる?」
ーーーこう言われて素直に手のひらを差し出すほど私とこいつは浅い付き合いではない。私はちょっと過剰に笑顔を振り撒いてる有羽を半眼で睨みながら、
「いくらとるつもり?」
「えー、ココロ付けにほんの諭吉さん1人くらいくれれば満足だよ?」
ほらね、こいつはこういう奴なのだ。誰が払うかっての!
金にがめつすぎる有羽の手口を見事見抜いた私は、気持ち強めに彼女の足を蹴りつける。ちっとも堪えた様子のない悪友は、ケラケラ笑ってから口を開いた。
「ジョーダンだってば。友達からお金騙しとるわけないでしょ。タダでいいよ」
いや7割方本気だったろ。分かってるからな。
心中でそう吐き捨てながら、今度は素直に手を差し出す。有羽は隠し事はしても嘘はつかないから、一度タダという言質をとれば安心なのだ。
占いなんて、という気持ちが大半を占めつつ、こいつの春休みを使った成果を確かめるべく占ってもらっていると、何故か有羽は興味深げな表情をうかべた。なんだなんだ?
「どうだった?」
「ああ、おめでとう柚子」
「?」
なんで急に祝われたのだろう。首を傾げる私に、有羽はめちゃくちゃいい顔でいい放った。
「近いうちに運命の相手と出会えるよ」
「はぁ?」
いやいや。
なに言ってんだこいつ?
なんて、思ってた時期が私にもありました!
はい、まさかほんとに運命の相手と出会うことになるとは……あとになって、もう少しだけ有羽の占いを真面目に聞いていたら良かったな、なんて思ったのは内緒だ。言ったら今度こそ金とられるから。
閑話休題。話を戻すと、私が彼女に出会った、というかより正確にいうなら再会したのは、件の占いからおよそ半月後。いい感じに運命の相手云々の話も頭から消え去った頃だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……ねぇ、もしかして、ゆずちゃん?」
きれいなソプラノで名前を呼ばれたのは、放課後かなり時間が経ってから。他の生徒の誰もいなくなった図書室で本を読んでいるときだった。
それなりに活発そうな容姿をしているらしい私だが、こうみえてかなりの読書家だ。ブンガクショウジョってやつなのだ。言い換えた意味は特にない。
中等部のときから日が傾くまで図書室に入り浸っている私だけど、だからこそこんな時間に人から声をかけられるなんて予想外のことで驚いた。聞き覚えのない鈴の声音にびくっと肩を震わせて、しかし今この場に私以外の「ゆずちゃん」さんがいない以上は振り向かなければなるまい。
そう、気怠げに声の方向へと視線を上げて、
ーーー呼吸を忘れた。
天使だ。天使がいた。私の目のまえに。
大きな窓から差し込む斜光に輝くキューティクル。見開かれたままこちらを凝視するカラメル色の瞳。顔の黄金比のモデルは彼女ですといわんばかりに整った目鼻立ち。そしてとんでもなく華奢な体つき。
女の子の理想を体現した天使に私が語彙力を消失していると、「やっぱり!」となにかの確信を得たように天使の瞳が星の輝きを宿した。え、え、え?
「ゆずちゃんだよね!わたしのこと覚えてる!?」
「うェ!?ゴメンナサイ私には人間の知り合いしかいないんで貴女様の知り合いのゆずちゃん様と私は必然的に別人ということになるかと思われーーー」
天使は私の動揺に気づいた風もなく、ずいっとその絶世のかんばせを近づけてきた。
「なに言ってるのゆずちゃん!?わたしだよ、昔ゆずちゃん家のとなりに住んでた常陸橘花!覚えてないの?」
しまった急に顔を近づけられてテンパってしまった。っていうかちかいちかいちかい顔がいいなんか甘い匂いがするーーーーーん?この子今なんてった?隣に住んでた……きっか……?
「……もしかしてきーちゃん?」
忙しくてストックもないくせに投下していくスタイル。