花子さん
次の日。影山と冬野は約束どおりの時間にガイストに到着していた。店につくと九十九が待っていた。
「おお来たか。準備はできてるか?」
「大丈夫ですよ」
荷物といってもスマホと財布しか持ってきてない影山は気軽に答えた。
「言われたとおり来たけど、これからどうするの?」
未だにどうやって行くのかわからない冬野は影山に尋ねる。
「小樽に行くんだよ。トイレからね」
「トイレ?」
意味不明な解答に冬野は不思議そうに影山の顔を見る。影山は「まあ見てな」と言うと、九十九は自分の店のトイレをノックし始めた。
「花子さん、遊びましょ」
「はーい」
中から声がし、扉が開く。中から現れたのは黒髪おかっぱの小学生くらいの女の子だった。
「よう花子、今日も頼むぞ」
「はいはい、金は後で請求するからね」
花子と呼ばれた少女はぶっきらぼうに答える。そんな少女の様子を気になるように冬野は見ていた。
「影山くん。あの子って、まさかあの有名なトイレの花子さん?」
「そう。その花子さん」
トイレの花子さん。
日本全国に伝わる学校の怪談で最も有名な妖怪。小学生の赤いスカートに白いシャツを着た黒髪おかっぱの姿で有名である。各地で話は違うが、一般的なのは小学校の女子トイレの三番目のトイレでノックをし、「花子さん遊びましょう」と言うとトイレに引き込まれるという話が伝わっている。
冬野に気づいた花子は冬野の方を見て「花子でーす。よろしくー」と気だるい感じピースをしながら自己紹介する。
「えと、トイレの花子さんってもっと怖いイメージあったけど、なんか怖くなくて安心したかも」
「そう?こう見えても結構子供殺してるんだけどねー」
「え?」
「冗談よ。冗談」
ウフフと花子は不気味に笑う。その反応に対してやっぱり怖いかもと、冬野は思った。
「それで、移動するんでしょ?一気に全員は行けないから九十九あんたから来なさい」
「へい、よろしく」
二人はそうやり取りすると、花子と九十九は共にトイレに入って行った。何をしてるのかわからず、冬野は影山に「二人はトイレで何やってるの?」と聞くが、影山は「まあ見てな」と説明はせず、それだけ言うとトイレから花子だけが出てきた。トイレの中に九十九はいなかった。
「え、え、店長どこ行ったの?」
「移動させたのよ。小樽駅のトイレにね」
戸惑う冬野に対して花子は平然と答えた。そして、壁に寄りかかり、腕組をしながら話を続ける。
「アタシの妖術はある地点のトイレと別地点のトイレとの間を移動する能力。今回の場合はガイストのトイレから小樽駅のトイレに移動させたってわけ」
「つまり、ワープしたってこと?」
「そう言うこと。ほらあなたたちもあっちに飛ばすから、入って入って」
影山と冬野は花子に誘導され、トイレに入る。トイレの中は様式の便座と小さな洗面所があるだけで、トイレはそこまで広くなく、三人入ってぎゅうぎゅうだった。
「そしたら二人とも目つぶって」
「わ、わかりました」
冬野は花子に言われるがまま目をつぶる。すぐに「目を開けていいよー」と声がし、目を開けるとそこは見たことがないトイレの個室だった。
「着いたよ」
「すごい。ホントにワープしたんだ…」
トイレの個室で冬野と花子は会話し、冬野は個室から出た。辺りには影山も九十九もいなく、無人だった。
「影山くんと店長は?」
「あの二人は男子トイレに移動させてるよ。流石に女子トイレに移動させるのはまずいからね」
「なるほど」
納得し、トイレから出ると影山と九十九は冬野を待っていた。
「よお来たか雪。初めてのトイレワープはどうだった?」
「すごくびっくりです。今でも信じられないくらいです」
「初見じゃビビるよな。俺も初めての時はたまげたし。まあ、すぐに馴れる」
話を聞いていた影山もうんうんと頷く。三人が集まると、花子がトイレから出てきた。
「それじゃ、またアタシの妖術使いたくなったらまた呼んでね」
「はい、いつもありがとうございます花子さん」
影山がそう言って、冬野と九十九も続いて感謝する。花子は「そんじゃ」と言って手を振ってトイレに戻っていった。
「それじゃあ、俺たちも行くとするか」
三人は歩きだし、駅の改札口まで来た。現在の時刻が10時くらいということもあって、人は少なくほとんど人は歩いていなかった。
「店長、ここから依頼人のところまでは近いんですか?」
影山が九十九に尋ねると、「ああ」と一言言ってポケットからスマホを出し、画面を操作し始める。
「依頼人から聞いた住所は小樽駅から歩いて15分ほど歩いた場所だな。スマホの地図見ながら行くからお前らもついてこい」
九十九が先頭で小樽駅から出る。影山と冬野も続いて出ていった。影山は町を歩きながらまわりをちらちらと見る。
(小樽か、久しぶりにきたな)
今は札幌で一人暮らしをしている影山だが、影山の出身地は北海道後志管内にある余市町という町である。小樽はその余市から札幌に行くときの通り道であるため、大学入る前は電車で数回遊びに来たことがあった。影山が小樽に来たのは一年ぶりだった。
影山が久しぶりの小樽の町並みを眺めていると、となりに歩いている冬野が「ねえ、影山くん」と声をかけてきた。
「ガイストって幽霊とか妖怪退治の依頼を請け負ってるって話だけど、九十九さんってその霊能力者とかなの?」
「詳しくは知らないけど、オカルトの専門家みたいな感じだよ。直接徐霊するとか、そういう力はないはず」
「じゃあ、影山くんは?」
「俺?」
「影山くんは、力があるの?」
尋ねる冬野は何だか不安そうで、怯えてるように見えた。そして、怯えている理由を何となくわかっていた。
(やっぱり、冬野は人間じゃないんだな)
影山は冬野を初めて見たときから冬野が人間ではないことに気づいていた。なぜなら、通常の人間なら発せられない妖力が発せられていたからだ。そのときから、冬野は影山と同じく武妖具を持っている人間か、もしくは人間のふりをしている妖怪のどちらかだと思っていた。
しかし、ガイストで依頼が来てから冬野がほんのちょっぴり影山と九十九を見る目が怯えているように見えたときから、影山は冬野が妖怪であることを確信していた。
(さて、どう答えようか)
冬野のように人間のふりして暮らす妖怪もたまにいる。ほとんど人間と変わらないので妖力を感じられない一般人はまず気づかない。そんな人間のふりをする妖怪の中でも平和に暮らすものと人間のふりして人を襲うものもいる。影山は後者を討伐する側である。
(冬野が人を襲うようなやつには見えない。なら俺の言えることは…)
「力はあるよ。でも、全部を討伐してるわけじゃない」
「じゃあ、どういうのを退治してるの?」
「人に危害を加えるようなやつだな。無害のやつには何もしないよ」
「そう、なんだ…」
影山が言うと、どことなく冬野は安心してるように見えた。
「俺が見境なく妖怪を殺すようなやつに見えるか?」
「そんなことない!けど…」
はっきり否定する冬野。しかし、その先は言わなかった。
「大丈夫。俺は冬野を退治したりしないから」
「やっぱり、影山くんと店長は気づいてるよね…」
「まあ、ね」
影山は認める。何も言わないが当然九十九も冬野が妖怪であることは気づいている。
「わたし、昔妖怪退治の集団に襲われたことあってちょっとトラウマなんだよね。だから最初影山くんたちが妖怪退治してるって言うからちょっと怖くて…」
「そうか、そんなことが…」
(それは確かにトラウマになるかもな)
妖怪退治の集団という言葉に影山は聞き覚えがあった。
滅幽会。
オカルト業界で有名な幽霊妖怪退治のプロフェッショナル。テレビの心霊番組でも出るほど有名な組織で知らない人は少なくない。しかし、それは表向きな姿で、真の姿は金で見境なく幽霊妖怪を消し去る容赦ない集団である。善悪関係なしに幽霊妖怪を退治するため、妖怪からは恐れられている。
「俺たちは滅幽会とはまったく違う。だから安心してくれ冬野。むしろ冬野に何かするようなやつは俺がぶっ飛ばしてやるよ」
「うん、ありがとう…」
影山の言ったことに照れ臭そうに笑いながら冬野は答えた。対してキザっぽいこと言ってしまったと影山は少し恥ずかしく感じていた。
「おいお前ら、そろそろ到着すんだからイチャついてないで気合いいれろよー」
「「いちゃついてないです!!」」
九十九がからかうように注意したことに対し、二人は全力で否定した。