依頼
喫茶店ガイストは表向きただの小さな喫茶店であるが、実はもう一つの側面がある。それが幽霊・妖怪を払う依頼を請け負うビジネスをやっているということ。これこそがガイストの真の姿である。ネットではガイストのホームページがあり、そこには幽霊・妖怪関連の依頼を受け付けており、全国から依頼が集まるほどガイストの存在はオカルト界ではちょっぴり有名である。
「なるほど、これがホームページ…」
冬野はスマホでガイストのホームページを確認していた。画面をスライドして依頼応募内容などを見ていた。
「こんなサイトがあるのなんて知らなかったよ」
「店長もなんで説明してないんだよ」
「ごめん、忘れてた」
てへぺろ、と店長はふざけた顔で誤魔化す。影山と冬野はため息をついて仕方がないと諦めた。
「さて、お前らのことはさておき、すみません、お待たせしました。私が店長の九十九呂魔です。よろしくお願いします」
九十九は依頼人の女性に名刺を渡す。受け取った女性は「ありがとうございます」と会釈する。冬野は依頼人のためにコーヒーをつくり、依頼人の近くに置いた。
「どうぞ、コーヒーです」
「ありがとうございます。お金は…」
「ああ、いいですいいです。そのコーヒーはサービスということで、それよりも依頼内容の確認をします。名前と出身地教えていただいてもよろしいですか?」
「はい、山崎楓、出身は小樽です…」
九十九はスマホを取り出し、「山崎さんはっと…」と独り言を言い、画面を操作する。そして、投稿された依頼内容が書かれた文面が映し出された。
「なるほど、家で怪奇現象が起きると…」
「はい、二週間前から深夜になると突然家が揺れるんです」
「家が揺れる?」
影山が不思議そうに尋ねると山崎楓はコクりと頷く。
「わたしの家だけが揺れるみたいなんです。その揺れのせいで全く寝れなくて、不眠で困ってるんです。それにその揺れが始まった頃から娘の元気がなくなって…」
「お子さんに何かあったんですか?」
「直接何かあったわけではないんですが、日に日に元気がなくなって、歩くのも大変で小学校にも行けないときがあったんです。今は娘に学校休ませて、家族で札幌の祖父母のところにいますが、いつまでもいるわけにはいかないので」
「うーん、元気がなくなるねえ…」
話を聞いた九十九は考え込む。話を聞いていた影山と冬野も深刻そうに話を聞いていた。
「お子さんの様態は?」
「祖父母の家に来てからは元気になりました。あの家にいると元気がなくなるみたいで」
「なるほど…」
九十九が考え込んでると山崎楓は「あ、あの、なんとかなるでしょうか?」と不安そうに尋ねる。対して九十九は安心させるようにニッコリと笑った。
「ええ、大丈夫ですよ。なんとかしましょう。それで払うにあたって明日山崎さんの自宅をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
「ではこちらの方に住所と連絡先記入していただいてもよろしいですか?」
「はい、わかりました」
九十九は書面を渡し、山崎楓は言われたとおり住所と連絡先の電話番号を記入した。
「ありがとうございます。それでは明日の夜11時頃に伺います。それでお願いしたいことがありまして、あなたとあなたのお子さんもその場にいて欲しいのです」
「え、娘もですか?」
娘のことを言われて山崎楓は動揺した。
「ええ、もしかしたら家の揺れの原因にお子さんが関わっている可能性があります。払うにあたってお子さんにも同席していただく必要があります」
「あの、娘が危なくなるということはないんですよね?」
「それは大丈夫です。うちには頼もしいボディガードがいますから」
と言って九十九は影山の顔を見る。
「お前どうせ暇だろ?」
「まあ、暇ですけど」
「んじゃ決まりだ。それでは山崎さん明日よろしくお願いします」
「はい…」
話は終わり、山崎楓は店を出ていった。九十九は近くにあった椅子に座って冬野を見た。
「さて、雪はどうする?無理についてく必要はないが、くるなら金は出す」
「うーん、どうしようかな…」
「ちなみに来た場合は追加手当てで二万円だそう」
手当ての話をするが、冬野は気にしなかった。うーん、と少し考え込んだあと「わかりました。わたしも行ってみます」と少し元気のない感じで返答した。そんな様子を見て影山は冬野に話しかける。
「ホントにいいのか?嫌なら来なくてもいいんだぞ?」
「わたしなら大丈夫だよ」
はっきり答える冬野。しかし、どことなく少しだけその表情は不安そうに見えた。影山が冬野を心配してると九十九が「おい、お前ら」と話しかける。
「今日の仕事は終わりだ。後片付けは俺がやっとくから、お前らはあと帰れ」
「いいんですか店長?」
あまり働かない九十九が珍しいことを言うので影山は思わず聞き返していた。そんな影山に「ああ、いいから帰っていいぞ」と言うので影山と冬野は遠慮なく帰ることにした。準備をし、二人が店を出ようとすると「ちょっと待った」と九十九が呼び止めた。
「言い忘れてた。明日は夜の10時にここに来てくれ」
「え?現地集合じゃないんですか?」
10時にこんなところ集まって出発したら11時までに小樽に行くのは不可能である。それなのに九十九が意味のわからないことを話すので冬野は不思議に思った。
「ま、来ればわかる。とりあえず10時にここ集合だからな」
はっきりとしたことは言わず、九十九は奥に行ってしまった。不思議に思いながらも冬野は店を出て、続いて影山も店を出た。
「なんか初日のバイトなのに色々あったなぁ、明日もよろしくね。影山くん」
「ああ、よろしく。てか夜一人で帰って大丈夫?送ろうか?」
「いや大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
「そっか。じゃあ気を付けてな」
途中まで一緒に帰り、「じゃあねー」と言って冬野は影山と別れた。一人になった影山は一人夜の町を歩く。歩きながら帰ったら何をしようか考えていた。
「さて、晩飯買って帰るかー」
「ほう、今日の夜は何を食べるんじゃ?」
独り言を呟く影山に対し、突然すぐ横から返答が帰ってくる。そこには先ほどまでいなかった老人が影山の隣を歩いていた。その老人は着物を着ていて、頭部は髪が生えておらず、坊主頭。慎重は150センチ代ほどで小柄。そんな突然現れた老人に影山は驚かず、平然と話しかける。
「ぬらりひょん、また俺の家の飯勝手に食べるつもりか?マジで迷惑だからやめて欲しいんだが」
「それがワシの妖怪としての特性だから仕方がない。諦めよ」
ぬらりひょん。
岡山県、秋田県に伝承があり、鳥山石燕の画集「画図百鬼夜行」では頭の大きな坊主姿で描かれている妖怪。同書には解説文がなく、詳細は不明だが、描かれている姿が駕籠から降りているところのため、当時乗り物から降りることを「ぬらりん」ということから、ぬらりひょんと呼ばれるようになったのではないかと言われている。近年の文献では勝手に家に上がり込みお茶を飲んだりする厄介者であり、その存在に気づけないという特性があるとされている。
得意げに話すぬらりひょんに対し、影山は心底うんざりそうに話を聞いていた。
「諦められるかバカ。俺が留守にしてると勝手に冷蔵庫のものを漁りやがって。おかげで冷蔵庫に弁当も置けないし、いい加減にしろよ」
影山は一人暮らしで基本的に弁当ですますことが多い。しかし、買い置きして冷蔵庫に入れたままにしておくと、影山が大学に行っている間にこのぬらりひょんという妖怪が勝手に家に上がり込み、食べてしまうのである。
「そうじゃなぁ、最近お主の家に上がっても大したものもないし、今日はやめとこうかの」
「今日はじゃない。一生くんな」
「ほほ、そう言うでない。昔からの仲じゃろ」
「俺としてはすぐに縁を切りたいけどな」
ぬらりひょんは影山が実家に住んでるときからの付き合いである。実家でも勝手に家に上がり込み、食事を食べることもあったが、何だかんだで一緒にご飯を食べるときもあった。今は週に二、三回は一人暮らしの影山の家に上がり込んでいる。
「それで、タダ飯食べるだけに俺のとこ来たのか?」
「んなわけなかろう。久しぶりに鍛えてやろうかと思うてな」
「鍛えるって、今から?」
「そうじゃ、明日妖怪の討伐に行くのじゃろ?」
「討伐って、まだ決まったわけじゃ…」
「もしかしたら、奴らかもしれないのだぞ?」
ぬらりひょんがそう言うと、影山は急に黙り込む。そんな影山の様子を気にせずぬらりひょんは話を続ける。
「奴らだった場合はお主とてタダではすまないだろう。それに最近まともに戦闘してないだろ。どうだ、それでも今日はやめとくか?」
「…いや、気が変わった。やることにするよ」
「わかった。それでは、いつもの場所で待っておるぞ…」
ぬらりひょんが話し終わると、空気に溶けるようにぬらりひょんは消えていった。
「疲れてめんどいけど、修行やりに行くか」
家に帰ろうとした影山はとある目的地を目指し、歩き始めた。