さとるくんの世界
影に飲み込まれた影山は大学ではない、どこかの小中学校の教室で眠っていた。意識が覚醒し、影山はふらふらと起き上がり、周囲を確認した。
「どこだ、ここ…?」
見たことも、来たこともない学校の教室。影山は窓辺に立ち、外の様子を見てここがどこか把握した。
(なるほど、これがさとるくんの妖術か…)
学校の外は校庭があるだけで、その先は空間が歪んでいて、何もない。学校だけが空間に取り残された状態だった。
(ここはさとるくんが生み出した異空間世界。その世界に連れてこられたってところか…)
敵の陣地にいることを確認した影山はこの学校全体の妖力の反応を探った。
(俺より少し上の妖力のやつが同じ階にいるな。もしかしたら冬野かもしれない…)
影山と同じく、冬野がさとるくんの世界に来ている可能性が高いと考えた影山は教室から出て、冬野の可能性がある妖力の方へ向かって歩き始めた。
「ここだな」
影山が来たのは音楽室の前。その中から冬野らしき妖力の反応を感じる。影山はおそるおそる扉を開けて、中を確認すると、そこには音楽室で倒れている冬野を発見した。影山は中に入り、「冬野、起きろ!」と体を揺すって声をかける。すると、冬野はゆっくりと目を開けて、目を覚ました。
「影山くん…?あれ、私確か家にいたはずじゃ…?ここどこ…?」
起きたばかりで混乱する冬野。影山はここがさとるくんが作り出した世界の可能性があることを説明した。
「なるほどね。そしたら、ここに大貴くんがいる可能性があるわけだね」
「そうだな。一通り校舎をまわって大貴くんを探してみよう」
二人は音楽室を出て、校舎を探索し始めた。各教室から理科室や図書室、家庭科室など様々な部屋を探索する。道中「大貴くん!」と声をかけても返事はなかった。
「当たり前だけど、人が誰もいない学校ってなんだか不気味だね」
と冬野が影山に声をかけるが、影山の反応は鈍く冬野が「影山くん?」と声をかけると、やっと声をかけられたことに気づいた。
「ごめん考えごとしてて。何かあった?」
「何もないんだけど、何を考えてたの?」
「いや、こんなに歩き回ってるのに大貴くんどころか、さとるくんも見つからないなんておかしいと思って」
「さとるくんに見つからないのはむしろ好都合なんじゃない?」
「まあ、そうなんだが、脱出するときのこと考えたらどこにいるか把握しとく必要がある」
「脱出するとき?」
「仮に大貴くんを見つけられたとして、脱出方法がわからないと見つけても意味がないからな」
「確かにそうだね。影山くんは脱出する方法を思いついてるの?」
「ああ。思いついてるのは、単純にさとるくんを倒すこと。さとるくんが作り出した世界なら本体を倒せば脱出できるはずだ。でも、そのさとるくんが見つからないとなると、他の方法を考える必要があるな…」
先ほどから影山は校舎内の妖力を探るが、影山と冬野以外の妖力を感じられない。影山は少し焦っていた。
「もしかしたら、さとるくんは外の世界にいて、俺らが死ぬまでここに閉じ込めるつもりなのかもな」
普通に考えれば、いくら自分が作り出した世界とはいえ、脱出しようと襲いかかってくる奴らがいる世界にいる理由はない。それならば、外の世界にいて、野垂れ死ぬのを待った方がいい。
「それにしても、人をこの世界に閉じ込めて殺すのになんの意味があるんだろう?」
「それは人の魂を吸収するためだろ。この世界で死ねば、魂はあの世に行くことはない。さとるくんのものだからな」
妖怪が人の魂を吸収する理由としては二つある。一つは単純に好物であるため、人にしても妖怪にしても魂は妖怪の食料の一つである。もう一つは自分の妖力を高めるため。妖怪を倒せば、妖力を高めることができるが、それは魂を吸収し、自己の魂を強化しているからである。もとより妖力の強い魂を持つ妖怪を倒せば、より強力な力を得ることができるが、人の魂を吸収しても微少であるが、妖力を強化できる。故に人を大量に殺し、強くなろうとしている妖怪もいる。
「さとるくんを見つけられない以上、大貴くんを探しながら脱出方法も考えないと、冬野は何かいい案ないか?」
「うーん、いい案か…」
冬野は少し考えて、「あ、そうだ!」と明るい表情で何かを思いついた。
「影山くん、ここって学校だよね!」
「まあ、そうだな」
「じゃあ、トイレで花子さん呼んでみようよ!」
「いや、ここ一応妖怪が造り出した世界だぞ?流石に来れないだろ」
「えー、やってみなきゃわからないでしょ?」
「…まあ、試すだけ試してみるか…」
早速影山と冬野は女子トイレに入る。冬野が奥のトイレに向かい、影山は傍観していた。冬野が扉をノックし、「花子さん、遊びましょう」とお決まりの台詞を言う。影山は絶対に来ないだろうなと思っていると、扉が開いて普通に花子さんが出てきた。
「はーい、何かしら~?」
「え、来れんの!?」
影山は本当に来たことに驚いて大声を出す。それに対して花子も驚いた。
「うわ!何?急に大声だして?トイレなんだから来るのは当たり前でしょ?」
「でも、ここ妖怪が造り出した世界のトイレですよ?普通来れないですよね?」
基本的に妖怪が造り出した固有の世界にはその造り出した妖怪が許可を出さない限り、入ることはできない。ただし、例外として強い力で無理矢理入り込むという手段もある。
「アタシがここに来れたってことは、その造り出した妖怪より実力は上だったということね。それで、呼んだってことはここから出たいってこと?」
「そうなんですけど、もう少し待ってほしいんですよね?」
「というと?」
「この世界に連れてこられた大貴くんって子を助けないといけないんですよ。脱出するなら、その子を見つけないと」
影山と冬野はガイストで依頼を受けて、ここに来た経緯を花子に説明した。
「なるほどね。なら待ってあげるけど、急いだ方がいいわよ。アタシがここに来たってことは無理矢理この世界に入ってきたということ。異変に気づいてさとるくんがこの世界に様子見に来るかもしれないよ」
自分が招き入れてない異物が紛れ込んでいる知れれば、流石に放置しておくというわけにはいかなくなる。何かしらの介入は必然である。
「急ごう、影山くん!早くしないとさとるくんが来るかも!」
「だな。にしても大貴くんはどこにいるんだ?」
校舎を一通り探してみたが、大貴を見つけることはできなかった。道中「大貴くん!」と呼んでも返事がない。どこを探せば見つかるか影山と冬野は悩んだ。
「給食室はもう見たの?」
「給食室、いやまだ探してないです」
「その大貴くんがいつからいないのかわからないけど、長く閉じ込められてるなら食料求めてそういうところいかないかしら?」
「確かに、人を殺すために造られた世界に食料が置いているわけがないが、そんな事情を知らない者であれば食料を求めていく可能性がある…!」
影山と冬野はお礼を言って、トイレを出ていく。そして、急いで給食室を探す。給食室は一階にあり、影山と冬野は給食室に入った。中を見ると、部屋の角に体育座りしている一人の少年がいた。影山と冬野が少年に駆け寄ると、少年は警戒して逃げ出そうとするが、冬野が「待って!」と呼び止めた。
「大貴くんだよね?私たち君の友達に頼まれて助けにきたの!」
「た、助け…」
「もう大丈夫だよ。すぐにここから出してあげるから」
冬野は怯える大貴を抱き締める。大貴は緊張感がなくなり、気が抜けて安心し、泣き始めた。その様子を見て影山はひとまず無事に見つかったことに安堵した。
(よっぽど、恐かったんだな。早くここから出してあげよう)
二人は大貴を連れて給食室から出る。花子さんが待つのは二階のトイレのため、急いで二階に向かおうと廊下を走っていたそのとき、突然校舎に強い妖力の反応が現れた。
「まずい、さとるくんがこの世界に来た!急ごう冬野!」
「うん!」
「急ぐ必要はないよ」
二人が会話していると突然数メートル先から声がした。その方向を見ると、一人の少年が立っていた。影山と冬野はその少年に見覚えがあった。その少年は間違いなくさとるくんだった。
「その子をどこに連れていくのかな?勝手に出ていくのは許さないよ」
そう話すさとるくんから圧を感じる。その気配に少し怯みながらも、影山はこの状況を切り抜ける方法を考える。
「冬野、俺が囮になるから、大貴くんつれて二階まで逃げろ」
「何言ってるの影山くん!あの妖怪の強さわからないの!一人で戦ったら死んじゃうよ!」
「今は大貴くんの救出が優先だ。それに、二人で戦っても大貴くんを守りながら戦う余裕もなさそうだ」
「でも…!」
「頼む。冬野!」
影山は強く冬野に訴える。冬野は決心し、「すぐに戻ってくるからね!」と言って、大貴の手を掴んで廊下の逆を走り、二階に向かった。その姿をさとるくんは黙って見ていた。それは完全に見逃している様子だった。
「見逃してもらってなんだが、追いかけなくてもよかったのか?」
影山は尋ねる。対してさとるくんは余裕そうな表情で答える。
「逃げても無駄だからね。すぐに捕まえるよ」
「俺が早々にやられると思うか?」
「そういう意味で言ったわけじゃないんだけど、まあいいや。まずは君を殺そう」
影山は空間から刀を取り出す。影山は刀を構え、さとるくんと戦闘を始めた。




