さとるくん
一週間後、特にトラブルもなく影山は大学生活を送っていた。今日も大学の講義を全て終えて、冬野と一緒にガイストに向かっていた。
「影山くん、今日も帰ったらJPEXやろう」
「いいよ。いつも通り九時くらいでいいのか?」
「うん、いーよ。昨日はエイムが最悪だったから、今日は気合いいれてやるから」
「ああ。期待してるよ」
ゲームの雑談をしながら二人は歩く。ガイストの前にたどり着き、二人は店内に入った。店内では数人の客がいて、珍しく店長の九十九が接客をしていた。
「おお、きたかお前ら。遅いんだよ。さっさと俺の代わりに働いてくれ」
気だるそうに九十九は二人にそう話す。
「店長の仕事を邪魔しちゃいけないな。冬野、今日はもう帰ってゲームするか」
「そだねー」
影山と冬野は店の扉を閉めて、帰ろうとする。九十九は急いで店を出て「すみませんでした!二人も手伝って!」と必死に二人を止めた。仕方がないので二人はガイストに戻り、仕事を始めた。それから、しばらくは影山、冬野、九十九の三人で営業していたが、店の客がいなくなると九十九は仕事を中断して店の奥に行こうとした。
「俺、これから用事あるから、仕事のほう後頼むな」
「仕事という名のサボりですか店長?」
「違うわ!ちょっと依頼人のところに行ってくるの」
「依頼なんか入ったんですか?」
「ああ。俺一人でもできそうな依頼だからこれからそれをやりに行くんだよ」
「店長、それって巡礼者絡みじゃないですよね?」
影山は真剣な表情で九十九に尋ねる。九十九は「ちげーよ」とすぐに否定した。
「巡礼者絡みだったらお前に教えてるよ。今回の依頼はバトル要素のないただの除霊依頼だ」
「そう、ですか…」
検討外れで影山は少し落ち込んだ。対して、九十九は「焦んな。機会は絶対にくるから」と話し、店の奥へと行ってしまった。
「まあ、そう簡単に巡礼者絡みの依頼に出会えるわけないし、少し焦りすぎたな」
「うん、焦らないでゆっくり待とう」
「だな」と影山は言った瞬間。店の扉が開き、小学生くらいの男の子二人が入ってくる。影山と冬野が「いらっしゃいませ」と言うが、男の子二人の反応は鈍く、オロオロしていた。その反応を見て影山と冬野はただのお客さんではないことを察した。
「君たち、もしかして何か相談があってきたのかな?」
冬野が優しい口調で男の子たちに問いかける。すると、一人の男の子がコクりと頷いた。
「とりあえず座りな二人とも。話しはそれからだ」
影山と冬野は二人を誘導し、席につかせる。メニューを見せて「好きなジュース頼んでいいよ」と話すと、二人はオレンジジュースを注文。冬野がジュースを持ってくると礼儀正しく二人はお辞儀した。
「さて、そしたら本題に入ろう。君たち何か相談があってきたんだよね?しかも心霊関係で」
「は、はい。大貴を助けてほしいんです…」
「大貴?」
「大貴は俺たちの友達です。大貴は連れ去られたんです…」
「連れ去られた?誰に?」
「さ、さとるくん…」
「さとるくん?」
冬野は意味がわからず、影山の方を見る。対して、影山はこの男の子たちが何で悩んでいるのかすぐに理解した。
「その大貴って子はさとるくんを呼び出したんだな?」
「はい、そうです…」
「影山くん、さとるくんって何?」
冬野にさとるくんについて尋ねられて、影山は冬野に説明した。
さとるくん。
2000年代前半から流行り始めた都市伝説の一つ。さとるくんは電話で呼び出すことができ、さとるくんに質問すればどんなことでも答えてくれるという。やり方は以下の通りである。
まず公衆電話を探し、10円玉を入れて自分の携帯電話にかける。繋がったら公衆電話から「さとるくん、さとるくん、おいでください」と唱える。それから24時間以内にさとるくんから電話がかかってくれば成功。電話にでると、さとるくんは今どこにいるか知らせてくる。そんな電話が何回か続き、どんどん自分の近くへと移動してくる。そして、最後の電話のときには自分の背後にいることを知らせてくる。このときに、さとるくんに質問すれば何でも答えてくれるという。しかし、このとき振り返ったり、質問をしなかった場合にはどこかに連れ去ってしまうという。
「へー、願いを叶えてくれるメリーさんみたいなものだね」
「そうだな。ただ、さとるくんの場合は呼び出さなければ被害に合わないという点がある。だから、多少自業自得ということになるな」
「そ、そんなふうに言うなよ!」
影山の言ったことに対して、一人の男の子が怒った。
「大貴はお母さんが病気だから、さとるくんに病気が治るかどうか聞きたくてやったんだ!だから、大貴のこと悪く言うなよ!」
「そうだったんだな。すまない。俺の言いすぎだった」
影山は素直に謝罪する。その様子を見て怒った男の子が「わかってくれればそれでいい」と納得してジュースを飲み始めた。
「それにしてもその大貴くんは、連れ去られたっていうことは振り返ったり、質問に答えなかったりしたのかな?」
「そういうことになるな。ただ、問題はそこじゃない。考えなきゃならないのは大貴くんがどこに連れていかれたかだ」
「そうだね。それさえはっきりすれば、助け出すことはできるからね」
大貴を救出する計画を考える一方で、影山は最悪なケースも想定していた。すなわち、大貴がすでに殺されているパターンである。
(連れ去られたあと、大貴くんが無事であるという確証はない。すでに死んでいるというのも考えられる。それを確認するにも結局、さとるくんが子どもをどこに連れていくのかを知る必要があるな…)
「とりあえず、まずは助け出す方法考えなきゃね」
「そうだな、そしたら…」
「おいおい、まてお前ら」
影山と冬野が依頼について話し合おうとすると、先程まで店の奥で出かける準備をしていた九十九が店内にいた。
「お前ら俺の許可無しに勝手に依頼受けようとしてるんじゃねえよ。おいガキども、お前ら金はもってんのか?」
「金は、これくらい…」
男の子二人はカバンから財布をだし、お金を出す。二人のお金を合わして、約三千円ほど。その額を見て、九十九は鼻で笑った。
「残念だな。俺の店は五万からじゃないと依頼は受付てないの。だから、お前らの依頼は受けられない」
「そんな!大貴を助けてくれよ!」
「ダメだ。陸も言ったがさとるくんを実行してそれで失敗したならそいつの自業自得だ。助けてほしいくらいなら最初からやるべきじゃなかったんだよ」
「そこをなんとか頼むよ!大貴は俺たちの友達なんだ!助けてよ!」
「何度言われても無理だ。助けて欲しがったら金を持ってきな」
「この糞大人!死ね!」
「なんとでも言え。なんと言われようと依頼は…」
「依頼受けるよ」
九十九が言いかける前に、影山が会話に混ざってきた。そんな影山に不快そうに九十九は睨んだ。
「どういうつもりだ陸?勝手に受けるなって言っただろ?」
「だから、俺個人としてその依頼を受ける。そしたら、店に迷惑はかからないですよね?」
「まあ、そうだな。ただ、お前が受けたからには俺は何も介入しないからな」
「わかってます。店長には迷惑かけないようにします」
「…好きにしろ。俺は仕事に行ってくるから、店は頼んだぞ」
と言って不服そうな態度で九十九は店を出ていった。男の子たちが「すみません、俺たちのせいで」と言うが、影山は「気にしなくていいから」と返答した。とりあえず、男の子二人は帰らせて、結果は後日と伝えた。
「さて、そしたらどう助けるかだね」
「あれ、冬野協力してくれるの?」
「もちろん。私も大貴くん心配だし、それに影山くん一人にやらせるのも心配だからね」
「ありがとう冬野」
冬野が協力してくれることに影山は頼もしく感じた。影山と冬野は大貴を救出するための作戦を考え始めた。
「助ける方法なんだが、一つ俺に作戦がある」
「どんな作戦?」
「さとるくんの都市伝説を俺がやる。そしたら、直接さとるくんに会うことができる。それで、さとるくんから直接大貴くんの居場所を聞き出す」
「わかりやすくていいね。それでいこう影山くん」
「ただ、この作戦はリスクが高すぎる。さとるくんに連れてかれるというのがよくわからない以上どんな目に合うかわからない。だから、正直これは賭けになる」
「でも、それしか方法がないし、その作戦でいこう」
「わかった。でも、今回は危ないからやっぱり俺一人でやる。冬野は…」
「影山くん、私との約束忘れたの?」
冬野との約束。それは黒坊主を倒したあと、水吉の診療所で「妖怪と戦うときは無理はしない」と約束した。
「…わかった。手伝ってもらってもいいか冬野?」
「もちろん!」
満面の笑みで冬野は答える。正直なところ一人でやることに不安があったので、安心した。そして、同時に、冬野に危険が迫ったときは絶対に助けると影山は誓った。




