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迷い家

黒坊主を倒した影山たちは北海道定山渓の山奥にある小さな診療所にきていた。診療所は木造であるが、新築感のあるしっかりした二階建ての建物である。影山は診療所の病室のベッドで横になっていて、冬野はベッドの近くの丸椅子に座っていた。


「花子さんの妖術でここにきたけど、こんな山奥に診療所あるなんてびっくりだね」


「まあ、普通の診療所じゃないからね」


「妖怪専門の診療所。噂では聞いてたけど、まさか来ることになると思わなかったかな」


山奥にあるこの診療所は妖力がないものにはまず見えない。いわゆる迷い家という山中に現れる幻の家である。


「怪我の具合はどうだい?」


影山と冬野が話をしてると、病室に入ってくる者がいた。


河童。

頭に皿、緑色の全身に甲羅を背負ってる。日本全国で伝承のある有名な川の妖怪である。この河童は水吉という名前で診療所の所長である。妖怪の治療をしており、昔から河童の妙薬という伝承が伝わっていて、河童は古来より医療に関わる妖怪である。


「痛みも楽になってきて、大分良くなりました」


そう影山が答えると「それは良かった」と、ニッコリした表情で水吉は頷いた。


「安静保持のためにも今日は入院していきなさい」


「いつもすみません。お世話になります」


影山が妖怪との戦闘で怪我をしたときには、いつもここの診療所を受診していて、水吉とは顔見知りである。


「妖怪の診療所と聞いてたけど、人間も診れるんですね」


「まあね。それに、影山くんは妖怪から受けた怪我をしてるからね。普通の医療じゃ治せないよ」


「どういうことですか?」


「妖怪の攻撃は外傷だけでなく、魂にもダメージを与えるんだよ。魂の損傷は人間じゃ治せない。魂に干渉できる妖怪でしか治療できないのさ」


妖術、幽術は妖力を消費して発動できるが、その妖力は魂から生じる。故に魂に損傷があれば通常通りに妖力をつくりだすことができなくなる。また、魂の損傷は時間で自然に治癒するが、重症だとすぐに治らないため治療を必要とするときがある。


「影山くんの状態ってどうなんですか先生?」


「そこまでダメージを負っていなかったが、魂の回復はまだ不十分。治療はしたから、明日には治ってると思うよ」


「よかった。明日には治るんですね」


説明を聞いた冬野は安堵した。


「そしたら僕は戻るよ。食事はコロポックルたちが持ってくるから安心してね。それでは失礼するよ」


そう言って水吉は部屋を出ていった。病室には影山と冬野だけになった。


「それにしても驚いたな。冬野がまさかあの雪女の子どもだったなんて」


雪ん子。

雪国に現れる雪の精。雪女の娘という伝承も伝わっている妖怪である。


「ママって有名なの?」


「そりゃあそうだよ。雪女といえばあの逢魔が時で生き残ったって言われる妖怪だからね」


「逢魔が時?」


「五十年前に起きた妖怪による大災害だよ」


逢魔が時。それは五十年前に起きた世界各地で大妖怪が復活し、暴走した大災害である。日本ではヤマタノオロチが復活し、多くの人と妖怪が犠牲になった。そのヤマタノオロチを倒すために最前線で戦っていた一人が雪女である。圧倒的な氷の力でヤマタノオロチと戦い、激闘の末にヤマタノオロチを討伐し、日本を救った英雄である。その当時戦った妖怪たちは八体おり、八妖将と呼ばれ雪女はその一体である。


影山が冬野に逢魔が時の説明をすると、冬野は「へー、そんなことあったんだぁ」と感心していた。


「ママが八妖将とか言ってたけど、そういう意味だったんだね」


「黒坊主を瞬殺してるところを見るに、冬野って結構戦闘なれしてるの?」


「そんなことないよ。妖怪と戦うのもホント久しぶりだし」


「へー、そうなのか」


影山は冬野の戦闘を思い出す。水を発生させ、それを凍らせる。凍結させて身動きとれなくなったところを攻撃するというのはシンプルだが強力である。


(もしかしたら俺よりも強いかも…?)


冬野の顔をじっーと見ながら影山は考え込む。そして、見つめられていることに「どしたの?」って気になって冬野は尋ねるが、影山は「なんでもない」と一言言った。そんな会話してると、病室のドアからトントンっとノックする音が聞こえた。


「お食事もって参りました!」 


「はーい、どうぞー」


そう言って扉が開かれると小さな小人が数人入ってくる。「よいしょ、よいしょ」と言って小人たちは何人かで病院食を持っていて、幽術を使い病院食を浮かせて影山の近くのオーバーテーブルに置いた。


「可愛い~、何この子たち?」


「コロポックルだよ。この病院のスタッフ」


コロポックル。

アイヌの伝承に出てくる小人である。アイヌ語で『ふきの葉の下に住む人』という意味があり、ふきを持ってることが多い。今病院にいるコロポックルたちはふきを持っていない。


「今日のご飯はからあげです。ゆっくり押し上がりください」


一人のコロポックルがそう言うと、「ください!」と他のコロポックルも復唱する。


「いつも、ありがとね」


「はい、それでは失礼します!」


コロポックルたちは順番に部屋から出ていった。


「それにしても、どうしてこの時間にご飯?」


現在の時間は深夜の1時。病院食がくる時間としては明らかにおかしい。しかし、影山は平然とした運ばれてきた病院食を食べ始めた。


「これはただの病院食じゃないんだよ。妖力を回復させる特別なもんなんだ」


「へー」と言って冬野は感心し、まじまじと病院食を見るが、普通の食事にしか見えなくて特別感ないなぁ、と思った。

十分後。影山は病院食を完食した。そして、食べ終えた影山に対して「ねえ、影山くん」と冬野が声をかける。影山は「どうした?」と反応するが、問いかけたのは冬野なのだが、すぐに答えず、少し迷ってから話し始めた。


「店長から聞いたけど、影山くん妖怪を倒して強くなろうとしてるの?」


「…ああ。どうしても倒したいやつがいるから」


「その倒したい人って…?」


「巡礼者」


「巡礼者って確か、あの有名な殺人鬼の?」


巡礼者とは、五年前から現れた連続殺人鬼の名称である。名前は不明で、毎月どこかで彼に殺された人物が発見される。なぜ彼の犯行と決めつけるのかと言うと、彼が殺した死体には必ず数字が刻まれているからである。


「俺の親父はその巡礼者に殺された」


「そんな…」


殺された。その言葉に冬野は言葉がつまった。


「巡礼者はただ人間じゃない。武妖具を使う人間で強い。悔しいけど今の俺の実力じゃ勝てない。だけどいつか絶対に俺の手であいつを殺す」


そう言う影山の目は鋭く、相当な覚悟があるのだと冬野は感じた。そして、その一方で冬野は少し心配になった。


「影山くんの気持ちはわかった。でも無理はしないでね」


「無理なんかしてないよ」


「してるよ。今回も黒坊主との戦いで怪我したし」


「それは俺が油断しただけで…」


影山が言いかけると、冬野が影山の手を握った。そして、どや顔で話す。


「影山くん一人だと危なっかしいし、私も協力するよ。妖怪と戦うときは頼ってね!」


「いいって、一人でも大丈夫…」


「心配だからダメ」


「わからんな。どうしてそんなに俺のこと気にかけるんだ?」


「だって、影山くんは私の友達だから」


友達と言う冬野の目は真剣で、影山は少し怯んだ。そして、友達と言われて少し嬉しく感じた。


(友達か。陰キャにその言葉は響くな…)


基本一人でいることが多い影山は友達が少ない。だからと言って友達を作りたくないというわけではなく、ただ単にコミュ障で積極的に友達を作れないのである。そのため、数少ない友達は大切にするようにしてる。


「わかった。無理はしないようにするよ」


「うん。約束ね」


そう言って冬野は小指を出した。


「指切りって、なんか懐かしいな。今時しないし」


影山はクスッと笑うと、冬野は少し恥ずかしそうに「べ、別に変なことじゃないでしょ?」と話し、影山は小指を冬野の指に絡めた。


「んじゃ、約束な」


「破ったら口の中に氷たくさん詰め込むからね」


「怖いなぁ」


アハハと、病室内に二人の笑い声が響いた。


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