3月8日の黒い猫①
目の前にぼんやりと写る白いボヤを、じっと見つめる。
白い息なのか、煙なのか
そんな事すら、まともに判断がつかないこの体は
きっと、終わりへ近づいているんだろう。
罵声以外の人間の声を聞いたのは、一体何ヶ月前だっただろうか。
一ヶ月、二ヶ月、五ヶ月
冷めた指を折って数えるが、途中で諦めぐったりと手を下ろす。
時間の感覚が狂いはじめているのが、自分でもわかっていた。
視界が歪んで朝と夜の区別がつかない。おかげで日にちも分からない。
「…ん……あ、ぁ」
水分が足りないのか、はたまた喉が潰れたのか、全く声が出ない。
こんなになってもまだ、意識があることに自分でも驚く。
体が妙に冷たくなりだし、やっと目の前のボヤが雪だということに気づいた。
「…ひゅーっ…ひゅ…」
息を吸うたびに、間の抜けた変な音が出る。
雪が僕の体温と意識を溶かしていく。
神様は、なぜ、僕に『特別』を与えたのだろうか
こんな力が無ければ。
僕が特別じゃなければ。きっと、来年の3月8日を迎えられたのだろう。
きっと16歳になれたのだろう。
死にたくないな…
もう手遅れだろうが、そんな事を思ってみる。
「……っ…」
声は出ない。体も動かなくなってきた。
奇跡なんか、そう簡単には起きなかったんだ。
まぶたを閉じた方が視界が開けて見える気がした。
僕しかいない、真っ暗な空間で。
誰の救いもないまま
雪が僕を殺していった
ふわっと、誰かに持ち上げられたような気がした。
死ぬ瞬間はこんな感じなのか。案外暖かいものなんだな。
暖かい。あたたかい。あったかい。
抱き抱えられている感覚だ。
ずっとこのままでいたいなぁ
「あったかい」
声には出ていないのだろうけど、声に出してみる。
よかったねって、言われた気がした。
その瞬間、意識がプツンと音を立てて途切れた。