猫の誘惑
俺は猫が好きだ。
だが、目の前のソレは決して猫ではないと確信でき……る。
「だーかーらー。私は猫じゃないよぉ」
その物体は俺の思考を読んだかのように、そう言う。
「私は『《クロネ》の守護霊』なだけぇ」
そう言う生命体をまじまじと見てしまった。
なんでこんな状況になったのか、ちゃんと理由がある。
現在、夕方の五時。
仕事から帰宅して、猫と戯れよう、なんて思いつつ、いつも通りの道をいつも通りの時間に歩いていた俺だったけど、今日は何故か、不審者がいた。
うん。不審者。
いや、だって、真夏の住宅街で、ふわふわの猫耳(※コスプレでつけるようなちゃっちいヤツじゃなくて、かなり手が込んでいる)に文字通り『完全』な猫の毛のようなふわふわしている上着? 羽織? を身に着けている人間は、どう見たって、不審者じゃないか。
そいつがいきなり、
『やぁ、藍田コーキ君。私は君の飼っているクロネちゃんの守護霊さっ!』
なんて言い出したら、もう、これ通報案件だよね。
通報しようとした俺のスマホを無理やり奪って、
『これ。守護霊にそんな悪いことしちゃだめでしょ、駄・目!』
って、言いやがった。
しかし、なんだか見覚えがあるなぁって思っていたら、そういう事だったのか。
うちの猫ちゃんを――――って、なんでこいつはそれを知っているんだ?
確かにうちで飼っているクロネは、頭に着けているブリティッシュブルー色の短毛の耳で、全身、同じ色の毛におおわれている。しかも、尻尾まで忠実に再現してあるようで、少し先が黒っぽくなっている。
俺は、一人暮らし始めた時から、友人でさえ一切、家の中に上がらせたこともないし、スマホをはじめ、自宅用・職場用問わずパソコンなどの電子機器類にも一切、クロネの写真を入れたことはない。
ふと、そこで思い出した。
あいつは最近、俺に構ってもらえなくて元気が無いのだ。
だから、俺に構ってもらいたくて、こんな人間の女の子の姿をして会いに来たのか。
なるほど、なるほど。
「――――――って違うぅ!」
自分自身の思考に対して、思わず誰が聞いているのか分からない、住宅街の道で不審者――不審霊? 不審猫?――に対して、そう叫んでしまった。
すると、目の前の《自称・猫の守護霊》はおなかを抱えて大爆笑していた。
「やっぱり、コーキは面白いねぇ」
《自称・守護霊》は一通り笑った後、笑いすぎたのか、涙を拭きつつそう言った。
「っていうことでぇ。これから、コーキの家にぃお世話になっりまぁす!」
そう言って、自宅玄関口までつかつかと歩いていく彼女。
俺にはもう、彼女の暴走を止める気力はなかった。
面倒だなと思いつつも、仕方なしに、玄関の扉を開ける。
「たっだいまぁ――――」
我が家のごとく普通に入っていく彼女。俺はなんか、他人の家に迷い込んでしまったような気分になった。
だが、そこで俺は重大なことに気付いた。
「おま、え――――」
俺は確信した。
彼女が何者であるか、を。
「ふっふふーん。ふふー、あー、可愛いぃ!――――やぁーん、なでなでさせてぇ♪」
のんきに鼻歌交じりにうちのクロネちゃんを可愛がっている彼女。
そいつは俺にとって、忘れたくても忘れられない“クロネ”だったのだ。
以前タグでお題を頂いて、連載者として書こうとネタは考えていたものの、本格志向になりすぎて没になったものの供養作品です。