夜中の街
一輝が梨央をからかうのが一段落した頃を見計らって、俺は立ち上がった。
手には財布と携帯。
目的地は家の近所にあるコンビニだ。
遼「さって……じゃぁ俺はジュース買い足してくるね」
梨央「えっ? いいの……?」
遼「うん、夜だから梨央に行かせるわけにはいかないでしょ。2人はゆっくりご飯食べてなよ。すぐそこだしさ」
一輝「遼……」
遼「……何さ?」
さっきまで大爆笑していた一輝が真面目な顔をしながら名前を呼んだので一応聞き返す。
すると、また笑いを堪えようとして顔を歪めた。
一輝「リッター3本、買って来た方がいいぞ? ぷっ、くくくく……」
そしてまた笑い出した。
笑いすぎて涙目になっている一輝は、今がチャンスとばかりに梨央を挑発している。
梨央「も~っ! だからさっきから説明してるでしょっ!!」
梨央がムキになって大声をあげる。
本人曰く、あれは暗い雰囲気の話しをしついる最中に手持ち無沙汰になってしまったから飲んでいた。
普段はこんなには飲まない!!
との事だった。
別にそこまでムキにならなくてもいいと思うが、落ち着きそうな頃合いを見計らって一輝が火に油を注ぐせいで梨央の興奮状態は収まりそうもなかった。
梨央「もぉ~!!」
一輝「あっはっはっ!!」
遼「はぁ……いってきます……」
騒ぎ続ける2人に、聞いていないのはわかってても一応、いってきますとだけ告げて俺は家を出た。
………
…………
……………
ガチャン――
玄関の閉まる音がする。
散々騒いでいた俺と梨央は、何を言うでもなく大人しくなった。
一輝「はぁ~、腹痛ぇ~……」
梨央「もうっ! だから笑いすぎだってば!!」
一輝「悪い悪い、あまりにもツボだったから……」
梨央「……覚えててよ、絶対仕返しするんだから。……それにしてもよかったよね。遼くん、ほんと変わってないよ……」
家の主、遼のいなくなった部屋で梨央が安堵の表情を浮かべる。
笑いすぎて滲んだ涙を拭いながら、俺もようやく落ち着く。
一輝「考え方なんか、本当に小学校の時と変わんないな。純粋というか、なんというか……」
梨央「うん。そんな所が、陽菜にはキツいのかもね……」
一輝「まぁ、大丈夫だろ。何かあったら俺達でフォローだ。それまでは、本人達に頑張ってもらおうぜ?」
梨央「おぉ……面倒くさがりのかずくんにしては、珍しく積極的な感じだね??」
少し意外そうな表情で梨央が俺を見る。
いくら面倒くさがりでも、時と場合だ。
自分の大切な友達の為なら、面倒くさいなんて事を言うつもりはない。
一輝「ま、たまにはな?」
梨央「っていうか、私達、遼くんのいなくなった後ってこういう話ばっかりしてるねぇ……」
一輝「だなぁ。それよりも、俺の“たまにはな”はスルーかよ……俺にしては格好良い事言ったつもりだったのに……」
梨央「ふふっ、今更格好つけたってダメだよ。かずくんと陽菜のダメなとこも良いとこも、全部知ってるんだから♪」
一輝「そないですかい……」
俺は苦笑しながらジュースを飲み、ため息をつく。
確かに、俺と梨央、陽菜は遼がドイツに行っていた4年間もずっと一緒だった。
陽菜は高校が別になってしまったが、それでも放課後や夏や春の長期休暇にはいつも一緒だった。
だからこそ、そこら辺にいるカップルよりもお互いを知っているし、考えてる事も大体わかる。
一輝「……わかりすぎるのも、困ったもんだよなぁ……」
梨央に聞こえない程の小さな声で呟いた後に、再度苦笑い。
目の前に並ぶ料理を食べながら、俺は今いない2人の幼なじみに想いを馳せた。
………
…………
……………
遼「ふぅ……調子に乗ってジュース買いすぎたかな……」
ジュースの重さでビニール袋が手に食い込むのを、持ち方を変えてずらしながら何とか歩いて行く。
今日は買い物ばかりしてるな、そんな事を考えながら空を見上げると、綺麗な星空と三日月が目に入った。
1人で歩いていると、どうしても思考が今日の事にいきついてしまう。
一輝と梨央とは、小さい頃のように楽しく過ごせていると思う。
でも、陽菜との仲違いは解決していない。
梨央には大丈夫だとは言ったけど、不安な気持ちがないわけじゃない。
不安がっていてもしょうがないから、精一杯強がっているだけだ。
今できる事をするしかない。
だから、今は考えるのをやめよう。
そう思って、歩調を早めた瞬間――
女の子「や、やめてくださぃ……人を呼びますよ!」
男「そんなに怖がらないでよ。こんな夜中に出歩いてんだから、家に帰れないんでしょ? 俺1人暮らししてっから俺ん家に泊めてあげるって……な?」
話し声のした方向を見る。
するとそこには、同い年くらいで、ジーンズにトレーナーというラフな格好に、少しウェーブのかかった髪が印象的な女の子が、茶髪の如何にも遊んでそうな男に絡まれている光景があった。
遼「はぁ……日本に帰ってきて早々か……」
ドイツでも、やっぱり無理やりなナンパをする人もいたけど……
何というか、仲良くなりたいにしてもやり方があるだろう。
相手が嫌がってるならそれはもう迷惑行為以外の何物でもない。
見て見ぬ振りなんてできないし、この性格を直すつもりもない。
いつものように、首を突っ込むべく歩み寄る。
遼「ねぇ、お兄さん。その子嫌がってるみたいだから離してあげてくれませんか?」
できるだけ穏便に済ませようと下手に出る。
正直な話し、ここで話しが収まった事なんてないけど。
女の子「え……?」
女の子が突然の介入者である、俺を見て呆然としている。
男は俺の介入が気にくわなかったのか、女の子に向けていた目つきとは正反対の、苛立ちを露わにしながら睨みつけてきた。
男「あぁ? なんだお前……ガキはすっこんでな!!」
在り来たりな態度に苦笑いしてしまう。
いつの時代も、どの国でも、きっとこの手の輩がいなくなる事はないだろう。
遼「そうもいかないですね。俺が見た感じ、その子嫌がってますから」
相手がこう出てきた以上、下手に出る必要もない。
先程とは声音を変え、睨み返す。
男「んだ、その目は? うぜぇな……ガキは黙ってろ!!」
男は右の拳を俺の左頬目掛けて殴りかかってくる。
女の子「ぁ……っ!!」
遼「……結局こうなるわけね……」
女の子が声にならない悲鳴をあげる中、俺は冷静に男の拳を見る。
幾度となく首を突っ込み、幾度となく同じ状況に陥ってきた俺は、ため息をつきながら持っていたビニール袋から手を放す。
中には炭酸ジュースも入っているがしょうがない。
ゴトッ、と手放したジュースが地面に落ちて転がった。
俺は迫ってくる男の拳を上体をずらして避け、拳の少し後ろ……手首を右手で掴み、左手を肘に当てる。
男「なっ、いっ……あがっ!?」
そのまま手首を男の背面に回すように関節を極めながら地面に叩き伏せた。
合気道や逮捕術等にある、小手回しや腕抑えとか言われる技だ。
遼「正当防衛だからな。まだやるか……?」
自然と口調が変わる。
人に迷惑をかけ、自分の思い通りにならなければ力で無理やり通そうとする。
そんな人間が嫌いだから。
例え迷惑を被った人が他人だろうと関係ない。
俺の目の前で、そんな事はさせたくはないから。
だから、俺は容赦しない。
男「ぐっ……は、離しやがれッ!! くそッ!!」
手首を離すと、男は一睨みして一目散に逃げていく。
これで、大丈夫だろう。
一息ついて、未だ呆然としている女の子に話しかける。
遼「大丈夫? こんな夜中に女の子の1人歩きは危ないよ?」
女の子「ぇ……? ぁ、はぃ……」
俺に話しかけられて、ようやく意識が戻ってきたのか、視線がしっかり合う。
遼「家、遠い?」
女の子「えっと……近く、です……」
遼「そっか。だったら急いで帰らなきゃ。なんだったら送っていくけど……」
女の子「だ、大丈夫です! ありがとうございました!!」
突然我に帰ったのか、早口でまくし立てると女の子は走り去っていってしまった。
遼「……何だったんだ?」
取り残された俺が、次は呆然とする番だった。