欠けた一つの輪
台所に立ち、火にかけた鍋から小皿に一口分掬って口に運ぶ。
遼「うん、うまい」
簡単に作った味噌汁は、上々の味だ。
だが、俺の心境はというと……
遼「はぁ……」
自然とため息が出るような心境だった。
その理由は、もちろん陽菜との事。
話せなかった事や、今後どうしていこうか、等々。
正直、頭が痛い。
だが、ため息が出る理由はそれだけじゃない。
一輝「遼~、この唐揚げうまいな~!!」
梨央「あっ、かずくん! それ私にもちょうだい!!」
この2人が、夕飯時の家に突然押しかけて来たからだった……
それは、数十分前に遡る――
予想外の場所で陽菜と再会し、そして避けられた事実は思いの外俺の精神を痛めつけた。
多少覚悟はしていたし、相手にしてもらえないかも、とまで考えていたのだが。
昔のような関係を取り戻したいが、どう考えても簡単にはいきそうもなかった。
そんな事を考えながら、家に帰ってきた俺は気持ちを切り替えて早速台所にて夕飯の準備を始めた。
ピンポーン――
エプロンをつけて食材を取り出した時、家のチャイムが鳴る。
遼「誰だろ……はーい?」
急いで玄関に向かい、玄関を開けると……
一輝「よっす」
梨央「遊びに来たよ~♪」
そこには両手にコンビニ袋を持った2人の幼なじみが立っていた、というわけだ。
遼「なんで2人の分まで夕飯作ってるんだか……」
予定よりも多く料理を作りながら苦笑した。
友達とはいえお客さんだし、料理も嫌いじゃないからいいんだけど……
簡単につまめる物、から揚げやポテト、野菜炒めにサラダ等をテーブルに置いて空いた席に座る。
遼「……で、一輝と梨央は何しに来たのさ?」
一輝「いや、なんとなくだな」
遼「……お前なぁ……」
梨央「私はちゃんと用事あってきたよ~?」
一輝の発言に、俺はさらに頭が痛くなるのを感じる。
とりあえず一輝は無視する事に決め、用事があると言った梨央を見る。
遼「梨央の用事って何?」
梨央「……陽菜の事。陽菜から連絡あったから、ちょっとね……」
遼「あ~……そっか……」
サラダを自分の小皿に取り分けながら、梨央は陽菜の名を出した。
思い当たる、というよりもつい先程の事だけに忘れようもない。
陽菜が俺の事を相談できる相手なんて、どう考えても梨央と一輝しか思いつかない。
梨央に連絡がいくのも、自然な流れだった。
一輝「は? もう会っちまったのか? んぐっ」
遼「まぁ、ね……」
唐揚げを頬張りながら喋る一輝に、呆れと気まずさから言葉を濁す。
避けられはしたが、陽菜には陽菜の考えがあるのはわかってる。
だから、どう言い表せばいいのかわからなかった。
梨央「陽菜、逃げ出したんだって?」
2人がコンビニで買ってきた2Lペットボトルのオレンジジュースをコップに注いで一口飲んだ。
梨央の顔は、真剣そのもの。
ごまかしたり、話しを流していい雰囲気でもない。
遼「そう、だな。話しかけたんだけど……無言のまま、来た道を走って行っちゃったよ」
そう言って自嘲の笑みを浮かべる。
俺は結局、陽菜と仲直りどころか、“ただいま”とさえ言えていない。
それが何だか歯がゆかった。
梨央「今日、学校でも言ったけど……。陽菜も陽菜なりに考えてるんだと思うんだ。だから……」
遼「だから大丈夫だって。梨央の言いたいことはわかってるよ。俺は陽菜の事を悪く思ってはいないし、陽菜が今は会いたくないって思ってても……きっと小さい頃みたいに戻れるって信じてる」
一輝「そうだぜ、梨央。遼がこんなことで怒るわけないしさ」
梨央「ん~……それはわかってるよ? ただ、今日陽菜に話し聞いた限りじゃ陽菜が完全に悪いよ。驚いたにしても無視して逃げるなんて……。さすがに遼くんも気分悪くしてないかな、と思ったから……」
余程心配していたのか、梨央は苦笑いを浮かべながら、またコップにジュースを注いでいる。
梨央からしたら、やはり見ていられないのだろうか?
俺と陽菜の仲違いは。
仲違いと言っても、俺は全く嫌っていないのだが。
一輝「まぁ、確かに普段大人しい奴がキレると怖いって言うからなぁ。梨央の心配だってするに越した事はないだろ。……そういえばさ、俺と遼とで、本気のケンカってした事ないよな」
遼「そうだっけ?」
梨央「かずくんはともかく、遼くんがケンカってイメージできないな~」
一輝「俺は不良扱いか……?」
遼「ん~、俺でも怒ったら手は出るよ?」
梨央「あははっ! うっそだ~!」
重い空気が流れかけていたが、一輝が上手く話題を変えてくれたので便乗する。
心配してくれる人がいる。
それは、どれだけ有り難い事だろうか。
大切だと思える友達がいる。
それは、どれだけ得難いものだろうか。
子供ながらに絶望を知った、あの時から4年。
急に帰ってきた俺に、昔と変わらず接してくれる2人。
その存在が嬉しくて……
だけどその嬉しさに比例して悲しみが募る。
それはきっと、この場に1人足りないから。
小さい頃、何をするにもずっと一緒だった4人。
今ここにいて、笑いながら話しているのは、3人。
だから、寂しい。
しみじみと思う。
俺はどんな事があろうと、一輝に梨央、陽菜を入れたこの幼なじみ達が大好きなんだなぁ、と。
今、陽菜とはこんな状況にあるけど、それでも仲直りできるって疑っていないんだな、と。
仲直りできる保証なんてどこにもない。
それでも信じられる。
どんな事があっても、必ず……
梨央「あはははっ、あー、おかしい……喉渇いちゃった」
もはや梨央専用と言っても過言じゃない、オレンジジュースのペットボトルをコップに注ごうとする。
が、ペットボトルを傾けてもコップにジュースが満たされる事はなかった。
梨央「あれ?」
それもそのはず。
中身はからっぽだった。
まだ、飲み食いを始めてから15分も経っていない。
遼「梨央……まさか、もう1人で飲みほしたの……?」
一輝「………」
梨央「………」
3人で梨央の手元にあるペットボトルを凝視する。
一輝「ぷっ……あーはっはっはっ!!」
梨央「あぅ……! か、かずくん!! 笑いすぎっ!!」
堪えきれなくなった一輝が、腹を抱えて笑いだす事で沈黙は破られた。
大爆笑する一輝に、梨央は顔を真っ赤にしながら怒っている。
遼「ははっ……やっぱり、こうでなきゃな」
2人を見ながら、俺は思う。
きっと、そう遠くないうちに。
陽菜を入れた4人で、こんな風に笑い合える日がくる。
どんなに大変だろうと、手にしてみせる。
幼なじみ達は、俺にとって何にも変えられない、大切な宝物。
俺が原因で始まった事だから……
どんな事があろうと、取り返してみせる。
俺は心の中で、静かにそう誓った。