怒りと悲しみの狭間で
青く晴れ渡っていた空が紅く霞み始めた。
沈んでいく夕陽が、今日の終わりが近づいている事を伝える。
コウ「リョウにいちゃん、またな~!」
ユキ「ばいば~い!!」
助け鬼や警泥等、色々な遊びをしながらはしゃいでいた俺達だったが、子供達が帰らなきゃと言い出したので自然と解散する事になった。
遼「またな~! 気をつけて帰るんだぞ!」
手を振り返すと、4人はさらに大きく振り返しながら歩いていく。
あの小さな身体のどこにあれだけの体力があるのだろうか。
さすがに疲れた俺は、最初座っていたベンチに戻ると、ようやく一息ついた。
久しぶりにここまで身体を動かしたが、意外と楽しかった。
汗をかいたおかげか、何だかすっきりした気もする。
そう思った時、日本に戻ってきてから数日間、何だかんだ思い詰めていたのかも知れないな、と思った。
遼「はぁ……家帰って夕飯作らなきゃなー……あ、一番星……」
ベンチにもたれかかりながら呟いた独り言は、若干暗くなり始めた空へと消えていった。
ザッ――
一際輝き、存在を主張する一番星を見上げていた、その時。
近くで足音がした。
遼「……ん?」
誰だろう?
何となくそう思った俺は、足音のほうを見てみる。
そこには、1人の女の子が立っていた。
まるで、俺の事を亡霊でも見たかのような表情をしている。
「……りょ……う……?」
遼「っ!?」
その女の子は、確かに俺の名前を呼んだ。
俺が通う事になった学校とは違う制服を身に纏った、セミロングの黒髪を風になびかせている女の子。
記憶の中にある、1人の女の子と重なる。
遼「……陽菜、か……?」
大切な幼なじみの名を呼ぶ。
4年前にケンカ別れをしてしまった、一輝と梨央を合わせた、俺にとってこの世に3人だけの幼なじみだ。
ずっと頭の中にある、4年前の事が脳裏をよぎった。
あの時、怒って走り去ってしまった陽菜。
そして結局、お互い連絡を取る事もなかった。
気にはしながらも、怖かったから。
電話をしたとして、話してくれるだろうか。
手紙を出したとして、読んでくれるだろうか。
そう思うと、どうしても連絡が取れなかった。
そんな思いに縛られながらの、4年ぶりの再会。
一輝や梨央と再会した時とは違う。
正直、何を言えばいいのか……どうすればいいのかがわからなかった。
それでも、黙っているわけにはいかない。
明日には会いに行くつもりだったんだ。
今日も明日も、変わらない。
そう、自分に言い聞かせる。
遼「えっと、その……。昨日、こっちに帰ってきたんだ……」
陽菜「………」
いつの間にか俯いてしまった陽菜の表情を伺う事はできない。
どうする事もできず、名前を呼ぶ。
遼「陽菜……?」
俯いたままの陽菜は、待っていても喋る気配はない。
その俯いた表情にあるのは、怒りなのだろうか?
それとも……悲しみなのだろか。
現時点でわかるのは……
“喜び”という感情は、ない。
それだけはわかってしまう。
寂しいし、悲しいけど……
きっと俺は、歓迎されていないだろう。
陽菜「……っ!」
遼「あっ、陽菜っ!!」
結局、言葉を交わす事なく陽菜は踵を返し走り出す。
一瞬見えた陽菜の表情は……
悲しみと、深い後悔。
何故だかそう感じた俺は、名前を呼びながら伸ばした手で空を切る以外、できる事はなかった。
………
…………
……………
学校帰り、梨央や一輝と会った後……
私は家への道程で近道するために、あの公園を通り抜けようとした。
梨央と一輝から、遼が帰って来た事は遊びながら聞いた。
当たり前ながら驚いた。
同時に、私……華鍬 陽菜はどうしたいのか。
ずっと心の奥底に押し込めてきた、後悔の記憶。
どう向き合うべきか、歩きながらずっと考えていた。
そんな時に、まさか公園で偶然会うとは思わなかった。
4年前から変わらない雰囲気のせいか、一目でわかってしまった。
だから……
私は、逃げ出した――
陽菜「はぁっ、はぁっ……げほっ、っ!!」
どれだけ走っただろうか。
公園から、少しでも離れたい。
私はただただ、それの気持ちだけで走り続けていた。
荒くなった呼吸を何とか整えようと、立ち止まって空気を思い切り吸い込む。
せき込みながらも新鮮な空気を肺が欲していた。
公園にいたのは、私の幼なじみ。
そして……昔、我侭な私が傷つけた人。
あの時……遼がドイツに行ってしまったあの日から。
私はずっと、心に決めていたはずだった。
ちゃんと謝るんだ、と。
電話や手紙じゃ、私の気持ちが収まらなかい。
だから、遼がドイツから帰って来たら、ちゃんと目を見て、頭を下げて。
あの時、遼の気持ちも考えずにあんな態度とって……
見送りにも行かなくて、ごめんなさい、と。
ずっと、決めていたはずだったのに……
心の準備をする間もなく、予想だにしない再会をしてしまった私は……
遼の目どころか、ちゃんと顔を見ることもできず。
謝る事も、おかえりという一言さえも言うことができずに。
私は逃げ出してしまった。
脇目も振らず、家から遠ざかる事も気にしないくらい、一心不乱に。
陽菜「……ははっ……あははは!」
私は、自分が心に決めてきた……4年越しの決意があまりにも軽すぎて、自嘲の笑い声をあげてしまう。
こんな自分がどうしようもなく嫌だった。
私はあの時、どうしてあんな態度を取ったのか。
それはどうしようもなく悲しく、どうしようもないくらい悔しかったからだ。
遼が私達のいる島を離れる事も、引っ越す事をギリギリまで教えてくれなかった事も。
きっとあの頃の私は、遼の事を……
遼が帰って来た事を聞いた時も、驚きながらも嬉しいと思った私がいた。
遼が帰って来て、謝ればきっと……
また昔みたいに、バカみたいな事や、何でもない事で言い合いながら笑う、そんな心地いい関係に戻れる。
そう……思っていた。
でも、現実は違った。
いざ、遼を目の前にした私に恐怖感が襲ってきた。
謝って許してくれるだろうか?
いや、遼は優しいから許してくれる。
そんな遼の優しさに甘えていいの?
私が取ったあの時の態度は……
そんなに軽いもの?
そう考えてしまった私には、もう遼と一緒にいる資格がないんじゃないか。
そう感じた。
陽菜「……私……こんなに意地っ張りで、怖がりだったんだ……」
笑い声はいつの間にか止まり、自分自身に対して小さな呟きを放つ。
意地っ張りで、怖がりで……
そんな私は、まだ遼に会うわけにはいかない。
私の心の整理と、勇気を奮い立たせなければ。
私が私自身を許せないと、謝ってもそれは上辺だけのものになってしまう気がするから。
だから今は……
ごめんね、遼……
また謝る事が増えたね……
ちゃんと、謝るから……
だから、今は待って。
私は、届かない想いと葛藤を胸に秘め……
公園と、昔の水崎家を避け、遠回りをしながら我が家へと帰途についた。