自己紹介
一輝から言われた、予想外の謝罪の後、俺達は少しだけ照れくさくはあるものの、梨央が戻ってくるまでの間に色々な事を話していた。
一輝「へぇ~……ならドイツ語とかペラペラか?」
遼「まぁ少しくらいなら……でも、こっちじゃ使う機会もないけどね」
一輝「確かにな。あ、将来皆でドイツ旅行なんてどうだ? そしたら遼のドイツ語かなり役立つぞ」
遼「それはそれで楽しそうだね。でも何年先の話ししてるのさ」
一輝「んー……7~8年後くらい?」
遼「なら一輝がちゃんと覚えといて、企画してよね」
一輝「それはそれで面倒くさいなぁ」
そんな、他愛ない会話に花を咲かせていた。
そこには気を遣わないでいい、居心地のいい空間があった。
梨央「おっまたせ~♪」
さくら「あぅ……」
そこに、妙にハイテンションな梨央と、対照的にしょんぼりとした表情の女の子が入って……いや、引きずられてきた。
緊張してるのか、そわそわして目を泳がせている。
遼「おかえり、梨央。えっと……その人は?」
梨央「ふっふ~ん♪ 遼くんが帰ってきた以上、ちゃんと紹介しないといけないからねー。ほら、さくらちゃん自己紹介♪」
さくら「うぅ……水城 さくら、です……」
顔を真っ赤にしながら名を名乗ると、すぐに梨央の後ろに隠れてしまった。
緊張しているというよりは、恥ずかしがり屋という方がしっくりくる。
遼「えっと、水崎 遼。梨央や一輝の幼馴染で、知っての通り転校生だ。よろしくね」
簡単に自己紹介を終え、笑顔を向ける。
すると、一輝は苦笑しながら俺の首に腕を回した。
一輝「水城は極度の人見知りだからな……慣れてもらえるまで時間かかるぞ?」
遼「性格だししょうがないよ。俺なりのやり方で、ゆっくり友達になれるように頑張るさ」
さくら「……ごめんなさい……」
遼「いいよ、気にしないで」
梨央「ふふっ……遼くん、かわってないねー。そういうとこ」
俺の答えを聞いて、梨央が嬉しそうに微笑む。
そんなに変わってないかなぁ、と内心で苦笑した。
遼「そうかな? これでも、少しは変わったと思うんだけど……ほら、身長とかさ」
梨央「それ! 身長!! 昔は私と同じくらいだったのにさ~……遼くんもかずくんもいつの間にか伸びてるんだもん!」
不満げに梨央がずんずん近づいてきて、俺との身長差をアピールする。
水城さんがその場に取り残されてあたふたしていた。
遼「成長期ですから」
一輝「だな。まぁ諦めろ」
梨央「むぅ~……」
悔しそうに唸る梨央に、俺と一輝は笑った。
ふと、一輝から笑顔が消えた。
一輝「なぁ、遼。この後はどうする……? 俺らは、陽菜と合流することになってるけどよ……」
遼「……陽菜と会うんだ……今日は遠慮しとくよ。あいつには心の準備必要だろうからさ……梨央、俺が帰ってきてるって伝えてもらえるかな? 明日にでも会いに行くからって」
そう言って、鞄を持ち上げる。
陽菜とは……4年前のあの日以来、連絡も取っていない。
いきなり会うと、取り乱すだろう。
そうすると話しもややこしくなる。
そんな風に言い訳を並べているが……もしかしたら、俺も怖いのかも知れない。
何故かそう思った。
梨央「あ、うん……わかった」
さくら「……そっか、一輝くんや梨央ちゃんと幼馴染って事は、陽菜ちゃんとも……(じゃぁ、昔陽菜ちゃんが言ってた幼馴染って……)」
遼「あ、うん。陽菜とも幼馴染だよ。陽菜の事も知ってるんだね」
さくら「あっ……は、はい……」
無意識の内に声に出していたのか、話しかけると急に顔を真っ赤にして俯いてしまった。
何か気になる事でもあるんだろうか、と思いもしたが、人見知りなら今無理に聞くのは悪い気がした。
遼「一輝と梨央と仲が良いなら、陽菜とも仲良くても不思議じゃないもんね。……それじゃ、俺は先に帰るよ。家の片付けも終わってないし」
無難に自己完結させ、帰るべく教室の出入り口へと向かって歩いていく。
そんな俺に、一輝が声をかけてきた。
一輝「……遼っ! お前今どこに住んでるんだ?」
遼「ん? あぁ、昔住んでた家にいるよ。親父が手放してなかったし、あそこには大切な思い出もあるしな」
一輝の問いに、立ち止まって振り向きながら答える。
すると、一輝の横で梨央が何か言いたげな顔をしているのが見えた。
梨央「遼くん……わかってると思うけど、陽菜もきっと喜ぶと……」
遼「わかってる」
そんな梨央の言葉を途中で遮る。
梨央が目を見開いて驚いていた。
梨央「遼くん……」
遼「わかってるから大丈夫だよ、梨央。あの時の事も、きっとすぐに笑い話にできる。また昔みたいに、どうでもいいような事で笑って、言い合って……そんな時が来るって、俺はそう信じてるから……だから、大丈夫。一輝、梨央、水城さん。また明日ね」
俺はそう言って笑うと、教室を出た。
少しだけ痛んだ気がした、心の痛みに気づかない振りをして……
………
…………
……………
一輝「本当に変わってないなぁ、あいつは……」
遼が出て行った後、教室に残ったままの俺達。
見えなくなった背中を思い浮かべながらそう呟いた。
梨央「んー、根っこの部分は変わってないけど……容姿とか優しさとかは昔以上な感じしたなぁ、私は。あれじゃ、周りがほっとかないだろーねぇ……」
あはは、と苦笑しながら梨央も優しげに微笑んだ。
その優しい目には、きっと昔の情景が浮かんでいるはずだ。
今の俺と同じように。
さくら「何だか優しそうな人だったね……私は結局殆ど喋れなかったけど……」
一輝「水城、優しそうな人じゃない。感じた通り、優しいんだよ。バカがつくくらいにな」
梨央「一緒にいて、すごい居心地がいいんだよね、遼くんは。中々できないよね、普通の事って。人に優しく、だとかさ。人助けとか、さらっとやっちゃうのが遼くんだよ? おばあちゃんの荷物持ってあげたりとか。だからさくらちゃんもすぐ喋れるようになるよ」
さくら「そう、かな……?」
遼の事を話しながら、誇らしげに笑いながら梨央はそう言った。
確かに水城も相手が遼ならすぐに打ち解けられるだろう。
一輝「とりあえず、陽菜に連絡するか」
梨央「陽菜か~……これから大変だね~……」
一輝「やっぱり、簡単にはいかないだろうなぁ」
さくら「………」
事情を知っている俺と梨央としては、頭の痛い所だ。
陽菜はずっと悩み続けていたからこそ、きっと長引くだろう。
一輝「はぁ……まぁ、できるだけ俺達も頑張るか」
梨央「そうだね……さくらちゃんも、よろしくね?」
さくら「あぅ……私なんかに何か手伝えるかなぁ……」
一輝「ははっ……そんなに難しく考えなくていいだろ。水城はまず喋れるようになってからだろ?」
梨央「だね~。まぁ、帰ろっか?」
さくら「あぅ……」
仲直りして、また皆で遊べたら……
昔のような時間を過ごせたなら、どれだけ楽しいだろうか。
そんな未来を夢見ながら、俺達は帰途についた。