料理
さくら「皆で、お弁当を作って行くっていうのはどうかな?」
カフェ~Wings to flap~で海浜公園へ遊びに行く事を決めた、その翌日。
空は気持ちの良いくらい快晴、そんな中俺と一輝、梨央にさくらちゃんの4人で昼食を取ろうと屋上に来ていた。
流れる雲が時折、陽の光を遮る。
その時に吹く風がまた何とも気持ちよかった。
そんな中、さくらちゃんが突然提案してきたのだ。
一輝「ま、まさか俺と遼もか……?」
遼「別に俺は構わないが?」
妙に不安げな表情で一輝が聞き返すが、同じく名を呼ばれた俺はすかさずツッコミを入れておく。
料理は好きだし、簡単な物ならそんなに難しい事でもないと、俺は思っている。
さくら「ううん、私と梨央ちゃん、陽菜ちゃんに深雪。私はそう考えてるけど……」
梨央「ふむ。私は賛成だね♪」
一輝「ぶふっ!? ごほっごほっ!」
梨央がそう言った瞬間、一輝がむせて食べていたパンを吹き出しそうになる。
遼「うわっ!?」
さくら「きゃっ、一輝くん……」
俺とさくらちゃんは非難の視線を向ける。
そんな視線も気づかない程、動揺した一輝は脂汗を垂らしながら梨央を見つめていた。
一輝「り、梨央も……料理する、のか……?」
梨央「……何よ、かずくん。私が料理したらいけないっていうの?」
そんな一輝に、梨央は持っていた箸を指代わりに差しながら文句を言う。
遼「梨央、行儀悪いぞ。でも何の問題があるんだ?」
一輝「問題も何も大問題だ……。遼、電話で言ったろ? 梨央の料理はなぁ……」
遼「電話……あ。」
“電話”というキーワードで思い出した。
あれは確か、2年くらい前……
………
…………
……………
一輝『よ、よう……久しぶり……』
いつもの、決まった日の決まった時間。
交代で連絡をくれる一輝と梨央。
その日は一輝の日だったのだが、妙に苦しそうで、くぐもった声が電話越しに聞こえた。
遼「久しぶり……って、どうした? 何か体調悪そうだけど……」
一輝『あ、あぁ……ちょっと毒物をな……』
手に口で覆っているのか、妙に聞き取りづらい。
遼「毒物? 何食ったんだよ……ちゃんと賞味期限見ないとダメだろ」
大方、賞味期限切れの物でも食べたんだろう、と思い呆れながらそう言い放つ。
そんな俺に、一輝は嗚咽を混ぜながら反論した。
一輝『何言ってんだ……! おぇっ……梨央が何でか料理始めたんだよ……』
遼「梨央が料理を? 良い事じゃないか」
話しの流れがいまいちわからなかった。
梨央が料理=毒物。
あの梨央に限ってそんな事もないだろう。
梨央は何事もそつなつこなしていたし。
それに今現在、ドイツにいる俺は梨央の料理の腕はわからない。
上手いかどうかは別にしても、俺は料理をしようという考えは良い事だと常々思っていた。
俺自身、日常的に料理をしているくらいだから。
一輝『腕が伴えば、な……遼、いつかお前も俺側に来るさ……梨央の料理に怯える、俺側にな……』
そんな不気味な事を言いながら黒く笑う一輝に、俺はこの時苦笑するしかなかったが、そこまでちゃんと聞いていなかった。
久しぶりの電話がこれかよ、と思っていたくらいだった。
………
…………
……………
遼「あぁ……思い出した」
昔の電話の内容を思い出して、俺はあの時のようにまた苦笑した。
というより、苦笑いする事しか出来なかった。
梨央「あ、何? かずくん、遼くんに何言ったの!?」
そんな俺を見て、梨央が頬を膨らませながら一輝に詰め寄った。
さくら「もう、ご飯食べてる時に暴れちゃだめだよ~……」
遼「全くだ」
埃が舞いそうになるが、俺とさくらちゃんは自分の弁当箱を持って中心から離した。
俺達の事を気にせず、梨央は更に一輝を問い詰める。
梨央「大体、かずくんは男の子のくせに昔の事を……」
遼「あ~……ほら、昔の事なんだろ?」
一輝「っ!(ナイスだっ遼!)」
長くなりそうだったので、間髪入れずに割って入る。
普段言わない分、梨央はこうなったら話しが長いから。
決して、隠れてサムズアップしている一輝の為ではない。
何だか腹立つぞ。
梨央「え? まぁ、うん……」
遼「梨央の事だから、練習はしてるんだろ? 楽しみにしてるよ」
梨央「ぅ……! ま、任せて! 遼くんはやっぱかずくんとは一味違うよね~」
膨らませていた頬を戻し、満面の笑顔になると、梨央は自分の弁当を食べる事に戻った。
一輝「……遼、責任持てよ……?」
遼「何言ってんだ、情けない……」
さくら「一輝くん、頑張れ男の子! だよ?」
一輝「……俺はトラウマで頑張れん……」
顔を青ざめながら言う一輝に、何があったかわからないが。
ただ、梨央の性格を考えれば、一輝に毒物とまで言われて、黙っているとは思えない。
逆に期待してもいいんじゃないか、とさえ思っていた。
さくら「それじゃ、前日に私の家に集まって作ろう。お店の厨房、借りれるようにお願いしておくから……」
梨央「ん、りょーかいっ! 見てなさいよ……!」
一輝「……不安だ……」
梨央の目はリベンジに燃えているようだった。
………
…………
……………
そして瞬く間に日は過ぎ――
海浜公園へ遊びに行く前日。
約束通り、カフェ~Wings to flap~の厨房に、4人の料理人が勢揃いしていた。
龍「皆で海浜公園に遊びに行くから弁当か……。そういう事ならどんどん使えばいいさ。どれどれ、俺が手伝って……」
菜月「はいはい、私達は仕事ですっ! それじゃ皆、頑張ってね♪」
と、店主達は快く厨房を貸してくれた。
背中を押され、渋々仕事に戻る父・水城 龍を見て、梨央と陽菜は苦笑いを浮かべるのだった。
梨央「よ~し、かずくんに前言撤回させないと! 遼くんにも初御披露目なわけだしね!」
気合十分といった感じで、梨央は袖を捲った。
髪を後ろでまとめ、ピンクの可愛いエプロンをつけた様子からは、料理が出来ない様子は全くない。
陽菜「料理か~、そんなに得意なわけじゃないんだよね……」
深雪「あたしとお姉ちゃんは家の手伝いとかで慣れてますからね……ここで実力発揮しないと!」
陽菜は青いエプロン、深雪は水色のエプロンを身につけながら準備を進める。
さくら「遼くん、に……」
真っ白なエプロンをつけたさくらは1人、小さな声で遼の名を呟いて、顔を赤らめた。
転校生であり、今学校では話題の人、水崎 遼にお弁当を。
間違いなく、羨ましがられる状況だった。
自然と気合も入るというもの。
それはさくらだけではなく、深雪も同様だった。
さくら「っ……そ、それじゃ役割分担しようか?」
陽菜「同じ物作ってもしょうがないし、それがいいかもね」
赤くなった顔を冷ますように振ってから提案すると、陽菜が応じてくれた。
梨央「それじゃ、頑張ってこーっ!」
深雪「おーっ!!」
やる気十分な2人のかけ声で、料理は始まった。
まずは2人ずつに分かれ、メインとなる料理を作り、その後は各自好きな物。
得意な物を作ろう、という事になった。
梨央、さくらの2人はウインナーやからあげ等のおかずを。
陽菜と深雪はまずおにぎりを握る事に。
深雪「陽菜先輩、ひとつ質問してもいいですか?」
おにぎりに梅干をつめて皿に起くと、深雪は少し小さめな声で陽菜に話しかけた。
陽菜「どうかしたの?」
同じ様に、おにぎりに高菜をつめていた陽菜も、深雪に合わせて声を抑えて応ずる。
と言っても、厨房はなかなかに広い。
よっぽど大きな声で話さない限り、揚げ物をしている2人に声は届かないだろうが。
深雪「陽菜先輩は、遼お兄さんと……どういう関係だったんですか……?」
陽菜「なぁっ!? 何よいきなり……別に、ただの幼馴染よ?」
突然の質問に、陽菜は声を上げてしまう。
勿論、その声は梨央達にも届いていて……
梨央「どうかしたの?」
陽菜「な、なんでもない! ちょっと具を落としちゃって……」
さくら「あはは、陽菜ちゃん気をつけてね?」
陽菜の咄嗟の言い訳に、2人は調理に戻る。
小さく息を吐くと、陽菜は深雪に視線を向けた。
陽菜「ふぅ。もう、いきなりどうしたのよ?」
深雪「だって……。この間の公園で覗いてた時の感じが、昔別れた2人の事を梨央さんが仲介して、仲直りした。そう考えた方がしっくりくるんですもん……」
陽菜「あぁ……言いたい事はわかるけど、大丈夫。私と遼は、そんな良い関係じゃないから。私が傷つけただけだから。」
最後のほうは小さくなりながらも、はっきりと否定してみせる。
焦った気持ちはなくなり、自戒へと変わっていった。
深雪「……陽菜先輩?」
陽菜「ううん、なんでもない。ほら、料理がんばろ!」
そう、雰囲気を変えて有無を言わさず調理に陽菜は戻る。
どこか納得はしていない感じの深雪だったが、相手は先輩。
深く突っ込むことは、出来そうになかった。