再開
桜の花びらが舞う季節、今日は始業式。
胸を期待に膨らませ、やる気に満ち溢れた奴や、今日からまた始まる学校に憂鬱な気分を隠さず歩いている奴など、道行く人の表情は様々だ。
一輝「あぁ~、だっりぃ……」
俺、平峰 一輝は間違いなく後者にあたる。
梨央「え~? 今日からやっと学校始まるのに、もうそんなこと言ってるの?」
陽菜「いいのよ、放っておけば。一輝の面倒くさがりは年中なんだから」
俺に対し、苦笑を向けるのは、樋沢 梨央。
茶髪の髪を背中まで伸ばしたストレートヘアーが印象的な少女だ。
そして呆れたように肩を竦めたのは華鍬 陽菜。
肩辺りで揃えた黒髪のボブカットから、活発そうな印象を持たせている。
2人共、俺の幼なじみだ。
一輝「よく言うぜ。昨日まで休み終わるのイヤだとか一番騒いでたくせに……」
昨日の出来事を思い出した俺は、あからさまにため息をついて嫌味を返す。
陽菜「うぅ……だって~……」
自分でもわかっているのか、陽菜は言い返す事なく情けない声をあげた。
ちなみに、昨日は長期休暇な俺達に先生方からのプレゼント(という名の課題)をギリギリまで放置した俺と陽菜の為に、梨央が某ファーストフード店にて勉強会を開いてくれた。
その時にストレスからか、暴走しかけたイベントが起きたりしている。
梨央「私としては2人が無事進級してくれて嬉しい限りだよ♪」
一輝「おっしゃる通りで……」
陽菜「ほんとにありがとね、梨央……」
今向かってるのは当たり前のように学校なわけだが……
俺と梨央は島の東側にある姫浦高校に。
陽菜は姫浦の反対側、西側に建つ姉妹高校でもある咲島高校に通っている。
俺と陽菜は、梨央の下で第一志望・姫浦に行く為に猛勉強した。
咲島を滑り止めにし、毎日のように勉強漬けの日々だったのだが……
残念な事に、陽菜だけが落ちてしまったのだ。
陽菜「あ~ぁ、私も姫浦にいきたかったな~……」
ふてくされた表情を浮かべ、この一年聞き続けた不満を陽菜が言った。
もう聞き飽きてしまったし、今更言ってもしょうがない。
そして聞き続けてきたからこそ、こういう時は適当に話しを流すに限る事も経験則でわかっていた。
一輝「はいはい、しょうがないだろ? もう一年通ってんだからそっちでがんばれよ。始業式終わったら連絡すっから、また放課後な??」
そう言って立ち止まり、目の前の分かれ道の片方、咲島高校へ続く道を指差した。
陽菜「か、一輝のくせに……覚えてなさいよっ!」
悔しそうに悪役の捨て台詞のような言葉を吐き捨てて、陽菜は肩を落としながら歩いていった。
そんな背中を見送りながら、俺と梨央は顔を見合わせて苦笑した。
梨央「あはは、よっぽど悔しかったんだろうね~……」
一輝「だろうな。中学まではずっと一緒だっただけに、な」
陽菜が向かった道とは逆の道に、梨央と一緒に歩き出す。
そんな俺達の後ろから、小走りで駆け寄ってくる姿があった。
「おはよ、梨央ちゃんと一輝くん」
梨央「あ、さくらちゃん♪ おはよ!」
大人しめな声で挨拶をしてきたこの少女。
名前を水城 さくらという。
歩きながら振り返り、横に並んだ水城と一緒に歩き出す。
首裏まで伸ばした髪を紐で結っていて、大人しい雰囲気が見てとれる。
中学時代、陽菜が仲良くなった事をきっかけに俺や梨央とも友達になり、一緒にいる事が多くなった。
そんな陽菜1人が、学校かわってしまったんだが……
一輝「うっす、水城」
さくら「うん、おはよう。今日のクラス替え、またみんな一緒になれるといいね?」
一輝「そうだな……その方が俺も助かる。特に勉強面で」
さくら「ふふっ……でも、まずは自分でやってみないとダメだよ?」
一輝「わ、わかってるよ」
今でこそ笑いながら会話する事もあるが、最初は酷かった。
いつも陽菜の後ろに隠れて、目が合うと「ひぃっ……!」と悲鳴をあげられて無性に傷ついた覚えがある。
さくら「そういえば2人共知ってる? なんかね、転校生が来るって噂があるの」
梨央「何? 情報ソースは先生か誰かから?」
水城は見ての通り、大人しい性格の上に品行方正、成績優秀だ。
だからか、先生からの評判が良い。
そして梨央も持ち前の明るさと成績優秀な為、評判はすこぶる良い。
さくら「うん。お前らの驚く姿が目に浮かぶ、って言って笑ってたけど……」
一輝「驚くねぇ。むっさい男じゃなければいいけどなぁ……」
道の先に校門が見えてくる。
校門から校舎までの道は桜の並木道になっている。
姫浦は、日本にありふれた高校となんら遜色ない程普通と言える。
頭が特別良いわけでもなく、悪いわけでもない。
部活動が活発なわけでもない。
だが、俺達が3年間の大半の時間を過ごす特別な場所だ。
校門をくぐると、校舎に入る前の広場に人だかりが見える。
今年一年、自分の過ごすクラスとその仲間達を確認する為、皆思い思いの掲示板の前で騒いでいた。
さくら「あぅ……人多すぎだよ……」
前の方で見ている奴らは中々退く気配がない。
まるで昼時の学食みたいな人ごみに、さくらは全く前に進めずにいる。
梨央「こういう時こそ、君の出番でしょ♪」
梨央が俺の肩をぽん、と叩く。
普段から昼時の学食で闘ってる俺に白羽の矢があたるのもわかるが。
どっちにしろ、梨央が笑顔の時に俺に拒否権はなかったりする。
昔から。
一輝「へいへい……」
小さくため息をついて、気合いを入れる。
一輝「悪ぃ、ちょっと通るぞ~」
謝りながらも、力を加え突っ込んでいく。
もちろん、後ろから付いてくる2人の為に道を作る事は忘れない。
梨央「さっすが、頼りになるね男の子♪」
さくら「ありがと、一輝くん」
一輝「いえいえ、どういたしまして」
2人のお礼を力に、俺は掲示板の前へとたどり着く。
梨央と水城はすぐに自分の名前を探し出した。
2年のクラスは全部で5つ。
アルファベット記号でAからEクラスに分けられる。
A……なし。
B……にもない。
C……お、あった。
2‐Cの欄に名前を見つけ、男のクラスメイトは他に誰がいるかを確認する。
安達、木暮、酒井……
見覚えある名前から知らない名前までいくつかある。
少しずつ視線を下げていく中……
ある箇所で俺の思考はフリーズした。
梨央「私は……あった、Cだ!」
さくら「私もCだよ、梨央ちゃん……よかったぁ」
梨央に伝え、安堵の表情を浮かべる水城。
だけど、今の俺は何の反応も返す事ができない。
梨央「かずくん? かずくんもCだった??」
梨央が訝しげに俺の袖を引っ張るが、それでも俺は、クラス表に釘付けになっていた。
一輝「……嘘だろ……? おい、梨央っ! あれ……!」
ザワッ!!
梨央にその名前を確かめさせようとした瞬間、辺りがざわついた。
「だ、誰あれ……? あの人よくない?」
「私好みかも……!」
「あ、あれが噂の転校生だと!?」
「……俺の青春に仇なす者か……!」
コツッコツッ――
歩いてくる足音と、大きくなるざわめき。
身長が低いせいで見えないのか、横で「何何?」と背伸びをする梨央。
だが今は騒ぎよりも大切な事がある。
一輝「おい、それよりも梨央……!」
梨央「ん? 何……」
もう一度梨央にクラス表を見せようと梨央の肩に手を置いた瞬間――
「……一輝、梨央」
後ろから名前を呼ばれる。
ざわつく中でも耳に届く、優しくて通る声。
振り返ると、そこには俺より少し身長は低いだろうか……
整った顔立ちに、周りの女の子は皆視線を向けている。
少し長めの黒髪も整えられていて不潔感はない。
「久しぶり、だね」
一輝「りょ、遼!?」
梨央「……嘘……!?」
そいつ……
4年前にドイツへと引っ越したもう1人の幼なじみ。
水崎 遼は、そう言って微笑んだ。