始まりの朝
ジリリリリリッ――
カチンッ!!
遼「ふぁ~……」
けたたましく鳴り響く目覚まし時計のボタンを押して黙らせ、大きな欠伸をかく。
ベッドから起き上がり、洗面所で顔を洗って身支度を整える。
外は清々しい程に晴れ渡り、今日が休みなら絶好の行楽日和となるだろう。
もちろん休みではないが。
そんな事を考えながら自分1人分の朝食を用意する。
メニューはご飯に昨夜の味噌汁を温めなおし、卵焼きを作った。
食卓は1人暮らしだから、少しだけ寂しい朝食になる。
それでもこの後すぐに会う友達との時間を思えば、そんなに気にもならなかった。
遼「ごちそうさま、っと。よし……今日も1日頑張るか!」
―ピンポーン―
使った食器を洗い終わり、自分自身に気合いをいれた瞬間、チャイムが鳴る。
遼「誰だ? こんな朝早く……。はーい、今出まーす!!」
昨日までとは一味違う、そんな1日が始まろうとしていた……
………
…………
……………
陽菜「……お、おはよ、遼……」
梨央「おっはよ~、今日もいい天気だね~♪」
玄関の扉を開けた瞬間、対照的なテンションで挨拶してくる幼なじみ2人の姿があった。
まだ少し緊張しているのか顔を赤くしている陽菜に、隣に陽菜がいるこの状況が嬉しくて仕方ない、といった感じに満面の笑顔をしている梨央。
そんな俺自身も、この状況を懐かしい、と感じてつい微笑んでしまっていた。
遼「おはよ、陽菜、梨央。……何だか、懐かしいな……」
陽菜「懐かしい……?」
俺の独り言が聞こえたのか、緊張しながらも陽菜が首を傾げた。
遼「あ~……ほら、小学校の頃は陽菜が毎朝迎えに来てくれてたなぁ、って思い出したら懐かしくなってさ……」
少し照れくさくなって視線をそらす。
小学校時代は毎朝、それも欠かさず陽菜が朝迎えに来てくれていた。
別に、俺自身朝が弱いわけでもない。
遅刻した事もない。
が、あの頃の俺達は一緒にいる事が“当たり前”だった。
その事を疑いもしなかったし、男友達に何を言われても何とも思わなかった。
きっと喧嘩していたからだろう、何となく照れてしまうのは。
そんな風に結論づけながら目の前にいる2人を見ると、対照的な表情をしていた。
陽菜「あ、うん。そ、そうね……」
恥ずかしいのか、少し赤くなりながら視線を逸らしている。
梨央「……なーんか2人の世界~?」
そして、梨央は少しジト目気味というか、何か楽しくなさそうにしている。
遼「いや、そんな事はないけど……。梨央まで迎えに来るなんて珍しいね?」
実際、梨央の家は学校方向……俺の家に来ると、逆方向になってしまう。
だから小学校時代も滅多に来る事はなかった。
梨央「え? あぁ、昨日は陽菜の家に泊まったから。ちなみに提案したのは私だからね」
遼「そうなんだ? ありがとね、梨央」
梨央「いーえ、どういたしまして♪ ……んー、何かはぐらかされた?」
遼「そんな事ないない。気のせいでしょ」
梨央「本当に極まれに、遼くん意地悪になるよね~……むー……」
唸りながらもどこか不満気な梨央をよそに、何気ない話しをしながら歩いていた。
一輝「お~い! ちょい待ってくれよ!!」
後ろから声が聞こえ、振り返るとそこには一輝が走り寄ってくる姿があった。
遼「あ、一輝。おはよ」
陽菜「お、おはよ……」
梨央「かずくん、おはよ~♪」
一輝「お~っす。何かこの4人で歩くのって久しぶりだな~……」
追いついてきた一輝が開口一番、しみじみとそう言った。
遼「確かに、こっち帰ってきてから初めてだしね。……にしても一輝、驚かないんだね?」
一輝「………」
一輝の態度に少しだけ違和感を感じ、突っ込んでみる。
その瞬間、一輝の表情は「やべっ」と言ってるも同然に焦りを浮かべた。
一輝「……な、何がかな?」
遼「いやいや、陽菜と仲直りした事。まだ報告してなかったよな?」
陽菜「そういえば……。いつもなら、『お~!! 仲直りしたんだな!! これでやっと全員集合だな!!!』とか騒ぎそうだけど……」
梨央「ほ~んと、変だよね~。何でだろうね~?」
一輝「うぐっ……」
俺と陽菜が不思議そうに意見を言う中、梨央だけが何かを知っているような素振りを見せた。
一輝「あ、いや、なんだ。その……こ、細かい事は気にすんな! 仲直り出来たんならそれでよしだっ!!」
そんな風に無理矢理話しを終わらせようとしながら早足で先を急ぎだした。
そこで、一つの可能性が浮かび上がる。
さては……
遼「……一輝、尾けてたな……?」
早足で一輝に追いつき、陽菜と梨央に聞こえないよう、小声で喋りかける。
一輝「ナンノコトカシラ?」
遼「片言で話したって誤魔化されないぞ……ってこら、ちょい待て!!」
話している途中で一輝が一目散に走り出す。
後ろを向きながら、
一輝「待てと言われて待つか!!」
と在り来たりな台詞を吐きながら。
そんな背中を、本気では走らないが俺は追いかけた。
………
…………
……………
梨央「朝から元気だねぇ……」
陽菜「ほんとだね。……ありがとね、梨央」
そんな2人を呆れた表情で見送りながら、陽菜は柔らかい笑顔を浮かべた。
それは、数年前までは日常的に見せていた笑顔。
遼が居なくなったあの日、ふさぎ込んだ陽菜がいつしか、無意識に見せなくなっていた本物の笑顔。
漸く、本当の意味で幼なじみが揃った。
梨央はそう感じずにはいられなかった。
陽菜「昨日は頭に血がのぼって、喧嘩腰になっちゃったけどさ。梨央のおかげで、楽しかったあの頃みたいに戻れるかもしれない。まだ抵抗はあるし、私自身考えなきゃいけない事ってあるけど……それでも、ちゃんと一歩進めた。そんな気がする。だから、きっと少しずつでも進める……よね?」
どこか不安げに陽菜はそう言った。
どうするのが正解なんて、きっと誰にもわからない。
後悔しながらも時間はどんどん過ぎていくし、止まってはくれない。
だから、進むしかない。
自分の信じた答えを……道を。
だから、梨央はとびっきりの笑顔で返した。
梨央「もちろん! きっと、どんどん楽しくなるよ!! ううん、私達で楽しくしよ? 陽菜が間違ったら、また私がガツンと言ってあげるから♪」
陽菜「……うん、よろしくね」
梨央「あははっ、任せて♪」
そう言って2人は笑い合う。
その笑顔はやっぱり、紛れもなく本物だった。
陽菜「……そろそろ追いかけよっか? このままじゃ、遼達分かれ道通り越しちゃう」
梨央「そうだねぇ……。全く、女の子2人放置して何男同士で追いかけっこしてるんだか」
陽菜「子供なんだよ」
梨央「ほんとにねぇ……全く」
2人で笑い合いながら、遼達を追って走り出す。
遼、一輝、陽菜、梨央。
4人の幼なじみの時はまた動き出した。
同じ時を、過ごす為に。
今日が、4人にとっての始まりの朝だった。