本当の仲直り
『ねぇ……“陽菜”?』
陽菜「~~っ! アンタは……っ!!」
梨央のその言葉を聞いた瞬間、携帯に向かって言葉にならない怒りを発しながら家を飛び出す。
このままじゃダメだ。
ちゃんと謝らないと。
どう考えても、悪かったのは私だ。
態度も、行動も。
その私は許されなくても、謝らなくちゃいけない。
そんな風に、家で考えていた矢先だった。
突然梨央からの着信。
電話に出ても、梨央から返答はない。
そんな中、聞こえてきた梨央と遼のやり取り。
私が悪いのは分かってる。
それでも、怒りを抑えきれない。
その怒りを原動力に、私は公園に向かって走る。
梨央と……遼のいる、あの公園に向かって――
………
…………
……………
梨央「ふぅ……。そ・れ・で? いつから覗いてたのかな~?」
ベンチに座った私は、2人に聞こえない様に小声で後ろの草むらに話しかける。
少しだけ棘のある言い方なのは仕方がないと思う。
一輝「うげっ!?」
さくら「ば、ばれてたんだ……?」
梨央「あれだけ騒いでれば、ね。まぁ遼くんは私を気にしてくれてたから気付いてなかったけど」
深雪「うっ……」
思い当たる節があるのか、深雪ちゃんが小さく呻き声を上げる。
自業自得だ。
勿論、あんな公の場で誘ったからついて来る可能性があるのは分かってた。
もしもついて来たら、2人が仲直りする所を見せて証人に、とかも考えてはいたけど。
それでもこうやって、ちょっと怒ってる風に言ってる私は、ちょっと意地悪なのかも知れない。
それにしても、まさか全員揃ってるとは思わなかった。
梨央「3人共、貸しにしとくからね?」
一輝「……はい……」
さくら「……ごめんなさい……」
深雪「……うぅ……」
草むらで3人はすっかりうなだれていた。
………
…………
……………
梨央への怒りで、ここまで来た。
その梨央に言い負け、言いくるめられ、遼と相対する。
怒りだけだったせいか、何も考えていなかった私はいざ遼を目の前にすると頭が真っ白になってしまう。
謝らなきゃ……
何て謝るの?
何か言わなきゃ……
何かって何?
頭の中で思考が堂々巡りする。
それでも、前みたいに逃げる訳にはいかない。
梨央に、そして自分自身にも負けるような気がして、それだけは出来なかった。
格好悪くてもいい。
ちゃんと伝わらなくてもいい。
言わなきゃ。
それだけを思い、私は口を開いた。
………
…………
……………
公園のちょうど中心に当たる位置、街灯の照らす中。
先程まで梨央がいた場所には、今は陽菜が立っている。
表情は苛立っているが、俺と目が合った瞬間どうすればいいのかわからない。
そんな狼狽したような表情に一変した。
陽菜「………」
遼「久しぶり、かな?」
だから、俺から声を掛ける。
この状況、俺が望んだ事ではなく、また陽菜が望んだ事でもない。
いや、こうして話す状況は望んでいたが……
これは俺達の意志ではなく、梨央の計らいだ。
小学校卒業式の日、あの時からすれ違ったままの俺達を引き合わせてくれたのは、梨央だ。
梨央の決意と行動を、無駄にする訳にはいかない。
陽菜「……っ、その……」
陽菜はしきりに視線を変え、手のひらを自分の前で合わせたり、忙しなく握ったり離したりと落ち着かない様子を見せている。
それを見て、陽菜が俺の事を完全に嫌っていた訳じゃない。
そう思えて、少しだけほっとした。
遼「……うん」
陽菜は今、何かを言おうとしている。
伝えようとしてくれている。
だから、まずはそれを聞いてから。
俺の考えや気持ちを伝えるのは、それから。
そう決め、陽菜が話し出すのを待つ。
陽菜「その、私! 遼に謝らなきゃって……。嫌いとかじゃなくて……その……」
焦っているのか、しどろもどろの陽菜。
遼「陽菜、おち着いて。ゆっくりでいいから……」
陽菜「あ、うん……ごめん。えっと、その……4年前はごめん、なさい……。私、あの時の遼の考えもわかってたはずなのに……頭の中真っ白になっちゃって、その、あんなこと言って……。見送りにも行かないでさ、あんな態度取られたら誰だって嫌なの分かってるのに……」
俯き、話しの終わりが尻すぼみし小さくなっていく。
大丈夫だと言おうか迷った瞬間、陽菜は顔を上げた。
陽菜「遼が! ……帰って来てて、突然公園で出くわして……いきなりだったから何が何だかわかんなくなっちゃって……。謝らなきゃってずっと思ってたの。遼が帰ってきたら、ちゃんと謝ろう。許してもらえないかも知れないけど、それでも謝らなきゃって思ってたのにさ……私逃げちゃって……。そんな自分自身が許せなくて、尚更遼に会いに行けなくなっちゃって……」
それでも、少しずつ言いたい事、伝えたい事を言ってくれる。
4年前は、陽菜のこんな様子は見た事がなかった。
だからこそ伝わる。
この事をどれだけ考え、真剣に想っているかが。
陽菜「だから、その、ね……ごめ」
遼「……陽菜」
陽菜「……何……?」
もう一度謝ろうとした陽菜の声を遮る。
十分伝わったから、何度も謝らせたくはなかった。
遼「俺からも2つ、言いたい事あるんだ。聞いてくれる?」
陽菜「っ……う、うん……」
一瞬びくりと体を震わせた後、陽菜は頷いた。
俺の目に映るのは、陽菜の不安そうな瞳と、奥のほうに座る梨央の姿。
そして、その後ろには真っ暗な夜空に映える、綺麗な満月。
その満月を見た瞬間、見惚れた。
俺達を照らす月の淡い光。
こんな状況なのに、妙に幻想的に見えて、心を落ち着かせてくれた。
俺は満月からゆっくりと陽菜に視線を戻し、想いを……
伝えたい事を口にした。
遼「……あの時の俺も、言葉が足りなかったと思うんだ。ちゃんと考えを言えばよかったんだけど……子供だったからかな。それは陽菜だけじゃなくて、一輝や梨央にも謝らないといけない事だって思ってる」
そう言って、もう一度空を見上げる。
次は満月だけではなく、雲一つない夜空には星も良く見える。
やっと……
俺も、伝える事が出来る。
そう思うと嬉しいような、切ないようなそんな気分になった。
遼「……だから、俺も。ごめんな……。これが、俺の言いたい事の1つ。後もう1つは……」
陽菜「もう1つ、は……?」
夜空を見上げていた視線を、陽菜に向ける。
陽菜は少しだけ涙ぐんでいる様にも見える。
それは張り詰めていた緊張が解けかかっているのか、それは分からない。
それでも、俺はもう1つの言わなきゃいけない事を言おう。
大切な幼馴染に、あの言葉を。
右手を差し出し、
遼「陽菜、ただいま。また、よろしく……!」
陽菜「っ……うん、おかえり……! それと、ありがと……。う、う……うぇ……ひんっ……」
差し出した右手を握り、握手をした後。
その場で陽菜は泣き出してしまった。
ベンチに座っていた梨央が、歩み寄って陽菜の肩を抱いた。
少し呆れた様に俺と陽菜を交互に見ながら、
梨央「ほんとに素直じゃないんだからさ、2人共……。でも、これでまた一緒だよね?」
遼「あぁ、そうだな。また一緒だ!」
そう言って梨央と笑う。
その横で陽菜は小さく頷いた。
この日、ようやく俺達は本当の意味で、仲直りをする事が出来たのだった。
………
…………
……………
一輝「はぁ……。何か少し自己嫌悪だな……遼、あんな風に考えてたのか……」
草むらに隠れたまま、俺達3人は遼達に背を向ける。
深雪「何だか恥ずかしいです……騒ぎすぎたかな……」
いつもの元気な様子とは裏腹に、深雪ちゃんは落ち込んでいる。
実際、深雪ちゃんだけじゃなく俺と水城も落ち込んでいた。
さすがにあれを覗くのはやりすぎだったと思う。
さくら「ほんとに……」
一輝「でも、遼の気持ち聞けて嬉しかったな。陽菜とも仲直り出来たみたいだし……。また明日から、楽しくなりそうだな」
先程の遼と同じ様に夜空を見上げる。
この暗闇が明け、太陽が顔を出し、その太陽を見上げて立った時。
今まで以上に楽しい日々が絶対始まる。
昔の様な楽しい時間が戻って来る。
そう思うとつい微笑んでしまう。
声に出さない様に気をつけながら、静かに草むらを抜ける。
遼達に気づかれない様に気をつけながら俺は水城と深雪ちゃんを連れて公園を後にした。