乙女の力
一輝「ふぁぁぁぁぁ……っ!!」
遼「……一輝。欠伸をするなとは言わないけどさ、少しは手で隠しなよ。みっともないから」
梨央「ほ~んと、そんなんじゃモテないよ?」
さくら「昨日、あれから夜更かししたの……?」
一輝「うっせ、余計なお世話だ! でるもんはでるんだからしょうがないだろ。昨日はゲームしててあんま寝てないんだよ」
大きな欠伸をしている一輝を話題に俺達は歩いている。
カフェ~Wings to flap~で、皆で食事をしたのが昨晩の事。
今日は平日、もちろん学生である俺達は制服を着て学校に向かう。
そんな、ありふれた朝の登校風景。
……に、なるはずだった。
俺の右腕に恋人のように腕を組んで離れない、1人の女の子を除けば。
?「遼お兄さん、好きな食べ物はなんですか?」
遼「……カレー」
?「ふむふむ。ならなら、好きなアーティスト!」
遼「近藤奈々……」
?「あ、あたしも好きですよ!」
遼「そうなんだ……。それでさ、咲島高校に通っている深雪ちゃんが、何で俺と腕を組んでいるのかな……?」
深雪「あたしだけ仲間ハズレですか!? そんなのひどいですよ~……」
遼「いやいや……仲間ハズレも何も、誰も腕組んでないし。それに仲間ハズレにしてもないよ」
泣きマネまで始めたのは、昨日再会したばかりの女の子、水城 深雪ちゃんその人である。
さくら「りょ……ッ!! み、水崎くん、ごめんね……?」
梨央「……ん……?」
最初は説得して、離れさせようとしていたが、今となっては諦めてしまったさくらちゃんが申し訳なさそうに謝ってくる。
遼「いや、そんな謝る程でも……」
一輝「……梨央、結局の所、なんでこんな事になってるんだ?」
梨央「ん? ん~、多分深雪ちゃんがすんご~く積極的な女の子なんだよ」
一輝「ほぅ……。遼の虜になった女の子がまた1人増えたわけか」
梨央「幼なじみとしては、鼻高々だね~♪」
遼「……お前らなぁ……」
隠すつもりもないのか、わざと聞こえるくらいの声量で話す梨央と一輝に少しだけ睨みつける。
遼「はぁ……」
自然とため息がこぼれる。
このままだと学校まで付いて来かねない。
目の前には、咲島高校と姫浦高校への別れ道がある。
そこで何としても深雪ちゃんを咲島に向かわせなくてはならない。
遼「はい、深雪ちゃんはこっち!」
素早く腕を振りほどき、深雪ちゃんの肩を掴んで咲島高校への道に身体を向かせた。
深雪「あ……! むぅ~、こんな事ならもっと頑張って姫浦に行けばよかったなぁ~……」
遼「……それじゃ、ちゃんと勉強するようにね」
深雪「はぁ~い。なんであたしは姫浦じゃないのかなぁ……」
渋々と言った感じで、深雪ちゃんは咲島高校への道を進んでいく。
少し進んだ所で女の子と合流したのを見て、ようやく目を離した。
さくら「お疲れ様です……。ごめんね、ほんとは私がちゃんと言って聞かせないといけないんだけど……」
梨央「まぁまぁ、しょうがないよ。深雪ちゃん暴走気味みたいだし……あれはさくらちゃんじゃなくても止まらないって」
未だに申し訳なさそうにしているさくらちゃんに、梨央がフォローを入れる。
一輝「そういうこった。いつもと少しテンション違ったしなぁ。それにしても、“姫浦に行けばよかった”なんてまるでどっかの誰かさんみたいだな」
遼「どっかの誰かさん?」
一輝「あぁ、陽菜のやつもな……。時々言うんだよ」
遼「……ッ! そ、そうなんだ……? 陽菜が……」
一輝の口から出た名前に、少しだけ動揺してしまった。
表情に出ていたのか、目が合った梨央が一輝を睨みつける。
梨央「この、バカっ!」
一輝「な……ごふぉっ!?」
その刹那、横にいた梨央が重心の乗った肘鉄を一輝の脇腹へと打ち込んでいた。
一輝の口から呻き声が聞こえたかと思うと、そのままその場にしゃがみこんだ。
もちろん、脇腹を抑えている。
さくら「い、痛そう……大丈夫……?」
梨央「放っといていいんだよ、さくらちゃん。さ~て、おバカなかずくんは置いて学校行こ~♪」
遼「……ご愁傷様……」
一輝「ちょ、ま……」
肘鉄で喋れない一輝は、何か呻きながら腕を伸ばしている。
そんな一輝に、手を合わせて祈る事しかできない俺だった……
………
…………
……………
そして何事もなく時間は流れ、放課後。
遼「さって、とりあえず帰るか」
HRも終わり、この後は自由が約束された放課だ。
特に予定もないが、学校にいてもしょうがないと鞄に教科書を入れていく。
一輝「遼、商店街寄っていかないか?」
遼「あぁ、いいよ。夕飯の材料買わなきゃだし。梨央は?」
梨央「もちろん行くよ~、あったり前じゃん♪ さくらちゃんもね!」
さくら「……少しだけなら大丈夫かな。お店の手伝いがあるから途中で抜けちゃうかもだけど……」
バイトもしてないし、結局部活にも入っていない。
仲の良い友達と過ごすのは、当然の流れだった。
いざ、教室を出ようとしたその時だった。
小山「あ~、悪いが水崎と平峰。ちょっと手伝ってくれないか?」
俺と一輝が、担任の小山先生に捕まったのは。
一輝「うげっ、放課後にそりゃないっすよ~……」
小山「すまんすまん、すぐ済むから頼むよ」
遼「……わかりました。そういう事だから、少し待ってて」
梨央「ん、わかった。小山センセ、早めに解放してくださいね?」
小山「樋沢に頼まれたら断れないな。すまんが借りていくぞ」
自分の机に鞄を置き、小山先生の手伝いとやらをする為に俺と一輝は教室を後にした。
………
…………
……………
――ガラガラッ。
教室の扉が閉まる。
生徒は皆帰ってしまったから、教室にいるのは私とさくらちゃんだけ。
1人でなければ、退屈な時間にはならないだろうから、2人で喋っていればすぐ戻ってくるだろう。
梨央「さ~て、遼くん達が帰ってくるまで、お喋りでもしてよっか。2人の席借りよ?」
さくら「うん、そうだね……」
優しい笑顔を見せてくれるさくらちゃんに、私はずっと気になっていた事を聞こうかなと考えた。
ここ最近、何となくそうかな? と思っていた事だ。
昔程、さくらちゃんは人見知りではなくなっているんじゃないだろうか。
そして――
梨央「ねぇねぇ、さくらちゃん?」
さくら「……どうしたの? 何だかすごく楽しそうだけど……」
私が遼の席に、さくらちゃんがかずくんの席に座る。
さくら「ふっふっふ、遼くんとかずくんの2人は聞き逃しても、私はそうはいかない! 遼くんの事、名前で呼ぼうとしてたでしょ?」
さくら「ッ! え、えぇっ!? き、聞こえてたの!?」
梨央「ばっちり♪」
さくら「あぅ……」
顔を真っ赤にして俯くさくらちゃん。
初々しくて、かなり可愛いなぁと思ってしまう。
同じ女の子の私から見ても。
梨央「だいたいの予想としては、深雪ちゃんと話したってとこかな? 遼くんは昨日から名前で呼ぶようにしてるんだから、お姉ちゃんも名前で呼ばなきゃ! みたいな?」
さくら「す、すごいね……。まるでその場にいたみたい……」
梨央「名探偵みたいでしょ? 朝、頑張ろうとしてたけど慌てて言い直してたから気になってたんだよね~♪」
さくら「はぁ……。お見逸れしました」
わざとらしく小さなため息を吐いたさくらちゃんと顔を見合わせて笑い合う。
女の子同士ならではの意志の疎通ができた気がした。
梨央「で、呼ばないの?」
さくら「うぅ~、だって恥ずかしいし……」
梨央「遼くんの事だから、喜ぶと思うけど? まぁさくらちゃん次第だから頑張ってとしか言えないんだけどさ」
さくら「うん……。が、頑張る!」
自分を奮い立たせるように握りこぶしを作りながら決意を新たにしている。
そういえば、私が遼くんって呼ぶようになったのっていつからかな~、とか考えた。
小さな頃はりょーちゃんとか呼んでた事を思い出すと、我ながら小さい頃は可愛いなぁと思えて笑えた。
――ガラガラッ!
突然、教室の扉が開く。
そこには先程出ていった2人の姿があった。
遼くんを見た瞬間、隣でさくらちゃんが顔を真っ赤にして俯いたのを見て心の中で微笑んでしまう。
梨央「おかえり~♪」
さくら「お、おかえりなさい……」
一輝「疲れた……小山の野郎、あんな重いもん運ばせやがって……」
遼「2人共ごめんね、待たせて。行こうか?」
梨央「いえいえ、それじゃ行きますか!」
2人が机に置いてあった鞄を持つのと同時に私とさくらちゃんも立ち上がる。
商店街に行って、何をしよう。
まずはクレープ食べて……あ、プリクラも撮りたいかも。
男の子はプリクラ苦手って人多いし、遼くんはどうかな?
かずくんは割と平気だったけど。
遼くんの夕飯の買い出しもあるだろうから、一緒にメニュー考えて~……
何をするかを考えると、どんどん楽しくなってくる。
「……りょ……~ん!」
梨央「あれ……何か聞こえない?」
いざ、教室を出ようとしたその時だった。
どこからか声が聞こえてきたのは。
――ダダダダダダダッ!
少しずつ大きくなっていく足音。
間違いなくこの教室に向かってきている。
「遼お兄さ~ん!!!」
次ははっきりと聞き取れた、聞き慣れた名前。
当の本人は横で驚いている。
一輝「遼、ご指名らしいが……これは何だ?」
遼「……俺が聞きたいね」
妙に落ち着いて話している2人をよそに、私は思考を巡らせる。
どことなく聞き覚えのある声に、ここ数日の私達を取り巻く現状。
それから予想すると……
何となく、1人の名前が浮かび上がった。
――バンッ!!!!
深雪「遼お兄さん!!!」
梨央「やっぱり……」
勢いよく開け放たれた扉から顔を出したのは、咲島高校に行っているはずの深雪ちゃんだった。
さくら「み、深雪!? 何で!?」
深雪「えへへ~、ダメ元で来ちゃった♪」
さくら「来ちゃったって……」
私の隣にいるさくらちゃんが、呆れたように頭を抱えている。
確かに、姉としては頭の痛くなる事態かも知れない。
遼くんとかずくんが小山先生に捕まってなければ今頃商店街にいるはずなのだから。
深雪「いないかなー、とは思ったんだけどね~……でもいたし、あたし勝ち組ですよね?」
遼「えーっと……」
さくら「はぁ……」
笑顔で言われた遼くんが、珍しく言葉を失っている。
さくらちゃんはさくらちゃんで、お手上げのようであからさまにため息を吐いていた。
こんな2人、中々見れないな~なんてどこか他人事のように考えていると、かずくんが小声で話しかけてきた。
一輝「咲島からここまで、結構距離あるよなぁ?」
梨央「恋する女の子に、そんな距離はきっと些細な問題なんじゃないかな……」
深雪ちゃんの事は前から知っているけど、ここまで変わるとは思ってもなかった。
私も女の子だけど、恋をするともっと強くなるのかな。
遼「そ、それでどうしてここに……?」
深雪「皆と一緒に帰りたいな、と思いまして!」
一輝「あー……なら一緒に連れて行けばいいんじゃないか?」
遼「うん、俺は構わないよ」
梨央「だね~、右に同じ♪」
深雪ちゃんと一緒にいる事に、不平も不満もない。
きっと楽しくなるだろう。
深雪「やった! それじゃ、行きましょ~♪」
遼「え? ちょ、深雪ちゃん!?」
深雪ちゃんが、何処に行くかも聞かぬまま遼くんの腕に自分の腕を絡める。
狼狽しながらも振り払えない遼くんは、引きずられていく。
大胆だな~、なんて思いながら見てると、さくらちゃんが顔を真っ赤にしながら2人に近づいていった。
さくら「……もうっ! 深雪、離れなさい!!」
深雪「あぁっ!!」
引き剥がされた深雪ちゃんが悲痛な声を上げる。
さくら「ごめんね、落ち着かせる為に捕まえて歩くから……梨央ちゃん、一輝くん、み……りょ、遼くん……っ!!」
深雪「あぁ~……」
梨央「おぉ!」
深雪ちゃんを引きずりながら教室を出たさくらちゃんを見送りながら、私はつい声をあげてしまった。
頑張る。
そう言ったのは、ほんの数分前。
深雪ちゃんに触発された感じとはいえ、それでも驚きだった。
出会った時は、とても人見知りする子だった。
かずくんが話しかけても、中々話せないような女の子。
遼くんが帰ってきた事ではっきりした。
さくらちゃんも出会った頃から成長しているんだ。
遼「………」
一輝「羨ましいなぁ、おい?」
梨央「あはは、かずくんはすご~く苦労したもんねぇ?」
無言で見送る遼くんを、かずくんと2人で両脇に並びながら笑いかける。
一輝「ほんとだぞ、マジで。あのあからさまな恐怖の視線は今思い出すだけでも……」
遼「ははっ……。まぁまぁ、一輝。落ち着いて」
梨央「……ほら、行くよ~!」
遼「ちょ、梨央! 引っ張ったら危ないって!」
一輝「……諦めろ、遼……」
遼くんとかずくんの間に入り、2人の腕を取って歩き出す。
水城姉妹、姉であるさくらちゃんの見せた勇気。
妹の深雪ちゃんが見せた、純粋さと真っ直ぐさ。
そんな、2人を見たら何だか嬉しくなった。
乙女の強さって、こういうのを言うんだろうなって思った。
……だからこそ、はっきりさせたい事がある。
2人に勇気をもらいながら、私の中である決意を固めて。
遼くん達2人を引き連れて、さくらちゃん達を追った。
商店街では、5人で楽しく放課後を過ごした。
ちなみに、プリクラを撮る時に遼くんは少し恥ずかしがりながら写っていて、皆で笑いながら分けたのは、良い思い出になった。
また、皆で遊びたいな……そう思えた1日だった。