プロローグ
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読み直すと恥ずかしいので編集していません()
「……ほんと、なのか?」
6年間通った、小学校の卒業式の日。
卒業式を終え、近所の公園に幼なじみ4人で集まっていた。
傍から見れば、1人と3人が対峙している形で、話しを聞いてもらっている。
「うん。俺、引っ越すんだ……」
悲しみを堪え、少し俯きながら、そう告げる。
「…………」
「そんな……」
女の子2人は、驚きのせいか、何も言えないでいる。
引っ越しする事を告げている俺の名前は、水崎 遼。
目の前にいるこの3人とは、小さい頃からいつも一緒だった幼なじみ。
小学校で周りの女の子と男の子が別れて遊ぶようになっていく中、俺たちだけはいつも一緒だった。
――いつも一緒“だった”。
そう、そんな関係は今崩れようとしている。
この俺の、引っ越しという言葉によって……
一輝「ちょ、ちょっと待てよ……引っ越すってどこにだよ……?」
他の2人とは違い、なんとか思考が止めずに、それでも動揺した視線を向けながら、少年、平峰 一輝が聞いてくる。
遼「………」
梨央「えと、引っ越すって言ってもそんなに遠いところじゃ……ないんでしょ?」
少し落ち着いてきたのか、樋沢 梨央も口を開き、俺に真意を問う。
そんな梨央に、俺は現実を突きつけなければならない。
遼「ドイツ、なんだ……」
視線を合わせられなかった。
皆が今どんな表情をしているか、見たらきっと……
俺は、先を続けられなくなってしまう気がしたから。
一輝「なっ……」
梨央「ドイツ……?」
絶句し、呆然とする一輝と梨央。
遠いどころではないからこそ、中々言えなかった。
国を……生まれ育った大好きなこの島を、離れるのだから……
陽菜「引っ越すって、浩介おじさんの仕事の事情でしょ……?」
その時、ずっと黙っていた少女、華鍬 陽菜が口を開いた。
俺とバカみたいなことで笑い合っている幼なじみが、俺の父さんの名前を出す。
遼「……そうだよ。父さんの仕事の関係だよ」
陽菜「だったら、私の家に来ればいいじゃない!! 私から頼んであげるから」
いつもの陽菜なら、きっと言わないような言葉。
だけど、陽菜は真剣な表情で、そう口にした。
その言葉に……
その真剣な表情に……
どんな想いがあるのか。
それがわかるからこそ、嬉しくて……
その嬉しさの分だけ、辛くもあった。
遼「………」
だけど、俺はその想いに答える事ができないからこそ、頷く事ができずに俯いた。
陽菜「何とか言いなさいよ……! 遼は私たちと一緒にいたくないわけ……? 離れても平気なわけ!?」
そんな黙っている俺に、陽菜は声を荒げて怒る。
離れても平気?
そんなわけない。
ずっと一緒だったのに、そんな風に思えるわけがなかった。
だけど、どうしても行かなきゃいけない理由があった俺は――
遼「……ごめん」
ただ、謝ることしかできなくて。
そんな俺を、鋭い視線で睨みつけた陽菜は――
陽菜「そう、よくわかったわよ……。あんたが私達といるよりも、ドイツを……外国の生活を望んでるってことが!! もういいっ!! 好きにすればいいじゃないっ!! バカッ!!」
感情を高ぶらせ、俺にかなりの怒気を向けながら……誤解の言葉を吐き捨て、走り去っていった。
遼「……陽菜……」
梨央「あっ……陽菜っ!!」
すごい勢いで走り去っていく陽菜を、俺は追いかける事もできず、届かないとわかりきった小さな声で名前を呼び……
そんな俺に悲しそうな視線を向けた後、梨央は陽菜を追いかけていった。
そんな中、1人残った一輝が歩みよってくる。
一輝「……引っ越すのはいつなんだよ?」
遼「……明後日。少し前から決まってたんだけど……。言い出せなくて……ごめん……」
尻すぼみになっていく声の後に、ギリッと歯を噛み締める音が聞こえた。
一輝「……そうか。じゃぁ、歯ぁ食いしばれッ!!」
バキッ!!
骨と骨がぶつかり合った、鈍い音が響く。
一輝に殴られた右頬が、熱くなり、俺に罪悪感と痛みを更に実感させてくれた。
一輝「っ……。謝らねぇからな……ッ! これは、黙ってた事に対しての俺の正直な気持ちだ……」
一輝とは殴り合いの喧嘩なんてした事がない。
そんな必要はなかったから。
だからだろうか……殴った一輝が、表情を歪めているのは。
一輝「見送りには行く……。でも、今日はもう帰るわ……」
そう言って、ポケットに手をつっこみ、肩を落としながら一輝が帰っていくのを見送る。
――痛かった。
殴られた右頬よりも、心が。
――痛かった。
子供ながらに、絶望の意味を知った。
それでも……子供な俺にはどうする事もできなくて。
夜になり、父さんが探しにくるまで……俺は、公園に1人残っていた……
…
……
………
あの公園で打ち明けた日から、時間は瞬く間に過ぎていき――
俺が日本を離れる日はすぐにやってきた。
遼「わざわざ、ありがとね」
家の前に止めた車の前で、見送りに来てくれた一輝と梨央にお礼を告げた。
もうすぐ、空港に出発しないといけない。
時間は刻一刻と過ぎていく。
車はエンジンがついて待機している。
中には父さん、水崎 浩介が運転席で待っている。
一輝「………」
梨央「遼くん……元気でね? ついたら……連絡ちょうだいね?」
泣きそうなのを我慢しながら、梨央は俺の目を見つめてくる。
俺も少し泣きそうだった。
目の前で泣かれたら、俺も堪えられなかったかもしれない。
浩介「遼、そろそろ時間だ」
車の窓が開き、父さんが顔を覗かせた。
それは、タイムリミットを伝える非情の言葉。
遼「……わかった。それじゃ、またね」
一輝「……あぁ」
梨央「もうっ……陽菜っ……」
梨央が、今はここにいない幼なじみ。
陽菜の名前を呼ぶ。
だけど、いつもの元気な返事は返ってこない。
姿が現れる気配は、遠くまで目を凝らして見てもなかった。
それでも、しょうがない。
一昨日のあのやり取りを思い出せば……来てくれるとは思えなかった。
遼「……梨央、一輝ほんとにありがとう。陽菜にもよろしく言っといてよ。それと……ごめん、って」
だから、今ここに来てくれた2人に精一杯の笑顔を向けた。
もしかしたら、あまり笑えていなかったかもしれない。
それでも……今できる精一杯の笑顔のまま、俺は車の助手席に乗り込んだ。
浩介「……出すぞ、遼。一輝君も梨央ちゃんも、本当にありがとうな」
そう言って、父さんは2人に微笑みかけてから、車のアクセルをゆっくり踏みこんだ。
車が走り出す。
そんな車に併走するように、一輝と梨央が走り出した。
一輝「遼っ!!待ってるからなっ!!」
梨央「そうだよ、私達、待ってるからねっ!!だから……!!」
声が届くのと同時に、父さんがアクセルを踏んでスピードをあげた。
俺は窓から身を乗り出す。
遼「絶対帰ってくるからっ!!」
どんどん遠ざかる2人に、大きな声で誓いながら、大きく手を振った。
吹き抜けていく風に、涙を飛ばしながら――
………
…………
……………
一輝「本当に、行っちまったな……」
梨央「……そうだね。陽菜、ちゃんと時間教えておいたのに……」
車が見えなくなるまで大きく振り返していた手を、寂しげに下ろした。
旅立ってしまった、いつも一緒にいた幼なじみ。
優しくて、一緒にいると心の安らぐ少年。
そんな彼との別れに、まだ実感が湧かない2人は立ち尽くしていた。
一輝「あのバカ……素直じゃないにもほどがあるだろっ……!」
梨央「ほんとだよ……遼くんに次会えるの、いつになるかもわからないのに……」
車が走り去っていった方向を見つめる。
その先には、普段と変わりない光景があった。
その時――
「はぁっ、はぁっ、はぁっ!!!」
後ろから、ザッ!という足音と共に荒い息遣いが聞こえた。
2人が振り向くと、そこには……
梨央「陽菜……」
幼なじみの、陽菜の姿があった。
膝に手をつき、肩で息をし、汗を流す様は走ってここまで来たのが目に見えてわかる。
陽菜「はぁっ、くっ……りょ、遼は!?」
一輝「もう、行っちまったよ……」
脱力してしまったのか、陽菜はペタン、とその場に座り込んでしまう。
一輝の見つめる方向に、無気力な視線を向けながら。
一輝「お前バカだよ……変な意地はって……」
声を震わせながら言った一輝の言葉は、今の陽菜に届いていない。
陽菜「わかってるわよ……私がバカだって事も……謝らなきゃいけなかった事もっ!……っ……ごめん、ごめんね……」
梨央「陽菜……」
その場で顔を俯かせ、静かに泣きながら小さな声で謝り続ける。
この“ごめん”が、誰に向けられたものなのか。
届かない謝罪は、青い空へと溶けていく。
そんな中、陽菜のすすり泣く声が悲しげに響いていた――
………
…………
……………
ドイツ行きの飛行機に乗り、指定された座席に座る。
目を閉じると、もう簡単には会えなくなった幼なじみ達の事が浮かんだ。
見送りに来てくれた梨央と一輝。
そして一昨日、公園で話して以来会う事ができなかった幼なじみ……
陽菜の事を心残りにしたまま……
俺を乗せた飛行機は、ドイツへと旅立っていった。
………
…………
……………
その日から、4年の歳月が過ぎ――
姫咲島に一番近い、さほど大きくない空港に1人の少年の姿があった。
170cmくらいはあるだろう、そこまで身長は高くない。
が、その少年には周りの視線を集めるだけの存在感があった。
顔立ちは整っていて、少し長めの黒髪。
容姿は良いと言える。
そして何より、雰囲気が同年代の少年とは違った。
それは、少年が帰国子女だからだろうか。
「……やっと、約束が守れるな……」
少年は小さな声でそう呟くと、足下に置いてある大きな鞄を持ちあげた。
そのまま、空港の出入り口へと進んでいく。
大切な幼なじみと、生まれ育った大好きな島に戻るために。
少年、水崎 遼は歩き出した――