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五月雨の彼女

作者: 千石ヴァッカ

初投稿です。

五月に入ってから雨の降る日が増えてきた。道行く人は嫌そうな顔をして傘を差して歩いている。雨好きの僕にはそんな人々の心情は分からないが。


五月に入ってからというもの、何をする訳でもなく、ただ雨を浴びる為に僕は毎日のように外に出ていた。冷たい雨の感触、肌に染み渡る感覚、この心地良さを感じる事が唯一の楽しみだった。


そんなある日、僕にはもう一つ、楽しみが出来たのだ。


それは昨日の事だった。いつもの様に傘も持たずに雨を浴びていた僕の元に、彼女はやって来た。彼女は身長が高く、整った顔立ちで、雨の様に透き通った肌だった。


『君、傘も差さずに大丈夫?』


と、僕の楽しみを知らない彼女は案の定そう言ってきたのだった。(まあ、そんな事言われても仕方ないよな)なんて事を考えていると、彼女は僕に傘を持ってきてくれた。


一瞬、身体の中をビビビッと電気が走った様な感覚がした。そう、僕は彼女に恋をしてしまった。


その日からというもの、彼女に会う事が僕の楽しみになっていた。


雨の降る日の朝、彼女は決まって公園にやってくる。僕も同じだ。どうやら彼女も雨が好きなようで、雨の中楽しそうに話していた。


『私はね、この時期に降る雨がとっても好きなんだ。葉っぱが緑色に色付いてきて、紫陽花が綺麗に咲いていて。』


そんなことを、彼女はにっこり笑って僕に言ってきた。


『君も雨好きなの?いつも傘も差さずにいるけど。』


彼女は僕の事を何でも知っているかのように言ってきた。少し驚いてしまって変な声で返事をしてしまったが、そんな事は気にせず彼女は言った。


『そっかー、君もやっぱり雨好きなんだね。私たち気が合うね!』


彼女はそう言って笑っていたが、どこか寂しそうな顔をしていた。


次の日もいつもの様に彼女は公園にやってきた。だが、いつもは笑顔の彼女がどうにも浮かない表情をしていた。


『私ね、この町を離れるの。』


突然そんな事を言われた僕は、言葉を返す事が出来なかった。続けて彼女はこう言った。


『明日にはもう出るんだ。だから今日はね、最後に町を観て回ってるんだ。』


僕の中から大切な欠片が零れ落ちていく気がした。喪失感や、倦怠感に苛まれ、返事をする気力さえ無くなった。


『また明日君に会いに行くね。』


そう言って彼女は公園を後にした。彼女が居なくなった公園はとても静かで雨の音だけが聴こえていた。一日がとても長く感じられ、まるで時間が止まっている様だった。


翌朝、遠くから大きなリュックを背負った彼女がやってきた。


『君に会うのも今日で最後かー。今まで話し聞いてくれてありがとね。』


僕の方こそお礼を言わなければいけない、初めて会ったあの日から、沢山の思い出をくれた。感謝の気持ちでいっぱいだ。それに君に言いたい事がある。


『じゃあ、私行くね。元気でね。』


笑顔で手を振る彼女。言いたい事を言えないままで終わりたくない。だから僕は最後に大きく息を吸ってこう言った。









「ゲコゲコ」


と。

拝読ありがとうございました。

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