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「終れ! 黒鐵騎!」

「来い! 紅竜姫!」


▼シレーネの龍の咆哮が轟き闘気を練り上げる!【紅竜姫】

▼シレーネは燃え上がる肉体で戦場を駆け抜け敵へと迫る!【アーツ:しんそく】

▼シレーネが纏う闘気が火炎と共に弾けて迸る!【紅竜姫の覇気】


 先に仕掛けたのはやはり、シレーネだった。ガーランドの戦法が防御に重きを置いた“後の先”である以上、迂闊に攻めるのは悪手だと言える。実際、玲は攻めを焦った結果に見事なカウンターを決められ敗北を喫する寸前であった。

 が、今回は先程までとは状況が違う。

 一〇メートルを越える劫火の竜と化したシレーネにとって、三メートルちょっとのガーランドはもう巨体とは呼べない。巨大であることがガーランドの強さの全てではないが、しかし圧倒的な優位アドバンテージが逆転した以上、結果だけが変わらないと言うことは有り得ないだろう。

 竜のアギトを大きく広げながら振り上げたシレーネの左腕と、ガーランドの黒盾ロータスが激突する。と、鈍い音が響き渡って黒鐡騎の身体が僅かに揺らいだ。盾だけでは受け止めきなかいほどの衝撃。それは今までのシレーネの力ではありえなかったことだ。

「まだまだぁ!」

 そして、更にそこからの追撃。長大な身体をしなやかにしならせ、鋭い爪を持つ腕や、燃え盛る鱗を纏った胴、そしてフリルのように広がる紅い尾鰭がついた尻尾、と攻撃は続く。身体が大きくなった分、彼女の攻撃もより広範囲を巻き込むパワフルなものへと変貌しており、一撃一撃が人の姿の時よりも更に激しい。

「その程度か!」

 しかしガーランドと天も負けじと竜の攻撃に素早い順応を見せる。黒い槍が竜の身体を牽制し、盾が猛攻を正面から防ぎ、鈍重そうな身体にも関わらず紙一重で直撃を回避する。鐵の肉体の表面は氷のように僅かに溶け出しているが、致命傷には程遠い。

 勝敗は未だに大きく揺れているようだ。

 しかし決着は遠くないだろう。

 天の観察眼はシレーネの文字通りの火力に舌を巻きながらも、紅蓮の竜の劫火が少しずつ小さくなっていることに気が付いていた。無論、黒鐵騎ガーランドの体力も無尽蔵ではなく、激しく燃える蝋燭の様な消耗はお互い様ではある。

 しかしそれでもこのまま戦況が膠着すれば、最後まで立っているのはガーランドだろうと言う確信があった。現時点では、僅かにガーランドの能力が総合的に上回っている。奇策を打つ必要もなく、順当に勝つことができるはずだ。

 それは間違いない事実だろう。

「だが、眼はまだ諦めていない」

 しかし高速でぶつかり合うアルターエゴ越しに視線がかち合う玲の瞳は、まだ勝負を諦めてはいなかった。キャリアで大きく上回る彼女が、ここまで来て地力の差に気が付いていないと考えるのは楽観が過ぎる。

 逆転の一手がある事実を示していると考えるのが自然だろう。

 燃える鱗を持った竜の姫、シレーネ。接近戦至上主義とでも言うべき彼女の切り札とは?

「いい加減! 鬱陶しい!」

 と、幾度目かの攻防の終わり、ガーランドが突き出した槍をシレーネが回避すると同時、竜がその琥珀の瞳に闘志を燃やして叫んだ。

「終われ! 鐡の騎士!」

「来るか!」

 恐らくは先程の【アーツ:火行咆爪】と同等の必殺。ガーランドと天はその烈火の攻撃に備えようとするが――


▼シレーネは宙を泳ぎ距離を取った。【紅竜姫の飛翔】


 ――その想像に反し、竜は大きくその場から距離を取った。爪や牙はおろか、尾すら届かないほど遠くに。

 何故? 再び突進からの猛攻? と思う間もなく、天はその意味を悟った。

 竜の姫は大きく口を開けると、一気に空気を吸い込み、燃え盛る身体を膨らませたのだ。人型の時からずっとその身体一つで戦っていたために忘れがちだが、彼女は竜だ。変身してからそれは更に顕著に外見に現れており、その攻撃は真っ先に悟るべきものだったのかもしれない。

竜の息吹(ドラゴンブレス)かっ!」


▼シレーネの龍の咆哮が轟き闘気を練り上げる!【紅竜姫】

▼シレーネは深く吸い込んだ息を火焔として解き放った!【アーツ:りゅうのほのお】

▼シレーネが纏う闘気が火炎と共に弾けて迸る!【紅竜姫の覇気】


 大きく開かれた竜のあぎとの中を埋め尽くすのは、閃光。最早、炎や劫火と言った言葉すら生温い程に高められた高温の一息が、光の帯となってガーランドへと解放された。

「っ! 我が主(マイロード)! 後ろへ!」

「これがお前の切り札か! 中谷玲!」


▼ガーランドは天の指示に従い奮起した! 【戦意高揚:特防】


 刹那。

 極太の閃熱がリングを埋め尽くした。瞼を透過する凄まじい閃光は、アルターエゴが産み出した特殊な金属製のリングの表面を融解させ、その熱波は飲み込む息に熱さを感じさせるほどに会場を焦がす。

 原始の炬火が如きシレーネの息吹は――

我が主(マイロード)! ご無事ですか!?」

「すまん。慢心があった。いや。中谷玲を見縊っていたと言うべきか」

――しかしガーランドの無尽蔵な体力を完全に削り切るには至らない。ドロドロとマグマのように赤熱するリング上で、ガーランドと天は二本の足で確かに立っていた。

と、言っても流石のガーランドも満身創痍。自慢の盾と槍は不思議な程に漆黒を保っているが、肝心の鎧はその所々を痛々しい赤色に変色させ、左右対称だったデザインは歪に歪んでいる。立っていることが一つの奇跡に思えた。

 後ろに控える天にしても、息吹の直撃を受けずともその熱波に煽られ、肌が焼け、苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。アルターエゴの所持者ホルダーはそのアルターエゴがある限り外的要因でほぼ傷つくことはない。その天がここまで消耗しているということは、彼のアルターエゴであるガーランドの損害が重篤なものであることを示している。

 独自の意志を持つアルターエゴであるが、所持者ホルダーの意識がなければ行動することは叶わず、天の疲労は致命的なものだろう。

 だが、苦しそうに顔を歪め、しかし瞳を獣のようにぎらつかせ、白い歯を剝き出しにした天の表情は笑っているようにしか見えない。この瞬間こそが至福だと言わんばかりに、楽しそうに苦痛を味わっている姿に、会場は一瞬静まり返り、

「新人杯で使う気はなかったが、出し惜しみは愉快じゃあないな」

 ニイっと、犬歯を見せて肉食獣のように哂う天の声で再び時は動き出す。

「ガーランド、許可・・する。塗り潰せ!」


▼ガーランドは天の指示に従い奮起した! 【戦意高揚:特攻】


「Yes, Your Majesty!」

 そして、主の命に従い、ガーランドが槍を掲げる。じわり。じわり。と、槍の穂先が示す空間から、粘度の高い液体のような得体の知れないクロイロの何かが溢れ出す。


▼ガーランドは自らの闇を解放し、暗黒の領域として展開した! 【必殺】


「させないよ!」

「そのまま沈みなさい!」

 本能的に恐怖を思い起こさせるその闇が何かするよりも早く、劫火の竜姫がトドメを刺さんと動いた。


▼シレーネの龍の咆哮が轟き闘気を練り上げる!【紅竜姫】

▼シレーネは深く吸い込んだ息を嵐として解き放った!【アーツ:りゅうのあらし】

▼シレーネが纏う闘気が火炎と共に弾けて迸る!【紅竜姫の覇気】


 竜姫の口から再び放たれた息吹は紅蓮ではなく旋風。圧縮された空気が倶風となって吹き荒び、千の刃が無慈悲にリングを切り刻む。疾風による斬撃は、本来であればガーランドには無意味な攻撃の一つだ。現代科学の常識を超越した、かのアルターエゴの鎧はあらゆる物理攻撃に高い耐性を持ち、生半な攻撃をシャットダウンしてしまう。

 が、何事にも例外はある。

 赤熱する程に融解した金属に高圧の酸素を吹き付けることによって、その運動エネルギーと酸化反応を利用して金属を切断する『溶断』と呼ばれる技法が世の中には存在する。どこの町にでもあるような工場で金属を加工する際に使われるありふれた技術である。

 シレーネの【りゅうのいぶき】によって限界まで熱せられたガーランドの鎧は、竜の肺活量によって吐き出された【りゅうのあらし】を前には、溶断される鉄屑その物だろう。

 それを証明せんと、吹き荒ぶ暴風の刃は、赤熱したガーランドの槍を掲げた右腕に襲いかかる。


▼会 心 の 一 撃 !


 結果。破壊の旋風がガーランドの右腕を肘の関節から上を吹き飛ばし、プレートに深々と荒々しい傷跡を刻み込む。

「良し!」

 それは誰が見ても勝負を決定付けるであり、玲が拳を握り込んで快哉を叫び、獣染みた笑みを浮かべる天は、己がアルターエゴの勝利を確信していた。


▼ガーランドの煌めく闇の支配が、世界を久遠の姿に塗り潰す! 【アーツ:久遠のやみ


 肉体から切り離されたガーランドの右腕がリングに落ち、変に済んだ金属音が響く。その音に共振するように、槍の穂先と言わず、黒鐵騎の傷口の全てから闇が溢れ出した。生理的嫌悪を催すドロドロとしたその漆黒は、ガーランドの欠損を覆うように蠢き、形を変える。

 闇は二つに分かれてそれぞれ形をとった。

 一つは呆れる程に頼りない細腕。ガーランドの吹き飛んだ右腕の代わりには余りにも貧弱な腕が、壊れた鎧を補うように闇によって産み出されていた。

 そしてもう一つは――強いて言うならば剣だ。闇で作られたガーランドの義手に握られたそれは、シレーネの全長を超える程に長大で分厚く武骨で、武器と言うにはあまりにも粗野であった。が、グリップがあり、なんとなくガードがあり、闇で創られたブレードがあるのだから騎士剣と呼ぶのもギリギリ不可能ではないだろう。

 そもそも、名前なんて重要ではない。天の言葉を借りれば『別にどうでもいい』のだ。

 天とガーランドにとって相手に終焉を与える必殺の一撃であり、玲とシレーネにとって終焉を思わせる絶望の一撃であることが、この場で唯一価値のある情報だ。

 ガーランドの巨躯とすら釣り合わない【久遠の黒】が、振り上げられ――

「さらばだ、紅竜姫シレーネ」

 ――闇の騎士剣が空間を黒く塗り潰しながらシレーネへと迫る。槍捌きにも勝るとも劣らない剣戟が、勝利を確信していたシレーネの虚を突き、竜の焔も鱗も関係なしに一筋の闇を刻み込んだ。

 闇はシレーネの身体を蝕み、紅蓮が暗黒に染まる。この世の物とは思えない漆黒の火焔はガラスのように砕け散り、シレーネの口からごぼりと赤々とした血が噴き出す。

「っが!?」

 闇を境に紅の鱗が並ぶ美しい身体は両断され、二つに分かれた竜の身体が力なくリングの冷たい床の上に成す術なく落ちていく。

「ごめんなさい。玲……負けちゃった」

 琥珀に輝く瞳に涙を浮かべながら、シレーネは己の主に謝罪の言葉を告げ……


▼シレーネの肉体は限界を迎え、主の元へと戻っていった。


 ……まるで空気に溶けるようにその姿が消滅した。

「ううん。お疲れ様。次は、勝とうね」

 リングの上に残ったのは、アルターエゴを失い、胸に手を置いて決意を呟く中谷玲と、

「ご苦労だった、ガーランド。お前は最高の騎士だ」

 勝者らしく不遜に腕を組む天、

「恐悦至極」

 そして主の正面に恭しく跪くガーランドとなった。




 リング上からシレーネの姿が消えると同時、会場が爆発したかのように沸いた。

「『決ッ! 着ッ! 三日間に渡って行われた第五十五回新人杯の優勝を勝ち取ったのは! 春日天とその騎士ガーランドだッ! 若干十八歳! アマチュア戦績なし! 正体不明! 予測不能! 今大会最大のダークホースが! 誰もの予想を裏切り! 数多の激戦を潜り抜け! 優勝ッ! 前代未聞な! この若き天才の誕生に! 惜しみない拍手と賛美を! 春日天に祝福を!』」

 観客の激しい興奮に掻き消されないようにアナウンサーが勝者の名前を告げる。その言葉に、観客達は油を注がれたように更に声を上げて盛り上がり、ドームは熱狂の渦に巻き込まれて行く。

 その熱狂の中心であるリングの上を、天がガーランドを連れてゆっくりと進む。進行方向には中谷玲。一体、勝者が敗者に何の用だろうか? そういぶかしむ彼女に、天は手を差し伸ばす。

「何? この手」

「試合後の握手だ」

「…………あんたのキャラがわからん」

 天の意外な行動に、玲は目を白黒させながら、大きな掌と肉食獣染みた年下男子の顔を交互に見つめ、挑発的で好戦的な意志を隠さない獰猛な瞳に首を傾げる。

「別にどうでもいい。ただ、良い試合だったと思っただけだ。楽しかった」

「それは同感」

 玲は挑発的ににやりと笑い、差し出された右手を取ると、力の限りにそれを握り締める。

「でも、次は私達が勝つから」

 女子離れした握力に負けないように、天が手を力強く握り返す。

「次も、俺が勝つさ」

 新たに生まれた強力なプロ同士の握手に会場は更なる拍手を送るのだが、

「は? 一度勝ったくらいで調子に乗らないでよね?」

「負け犬は良く吠えるな」

「は?」

「あ?」

 二人の間で交わされる会話は、見た目ほど爽やかでも潔いものでもなかった。会場に二人の声が届くことがなかったのは幸いだろう。

 

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