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 四万人。

 小さな市に匹敵するような人間が、帝都ドームへと集結していた。

 その四万の人間が一つのことに注目しているとなれば、歓声も躍動も感情も熱量も文字通り桁が違って来る。観客達の「玲ちゃーん!」「玲様!」と言う叫びが空を振わせ、微妙にタイミングが揃っていない手拍子がドームを揺らす。並々ならぬ情熱が渦巻き、九月の気温が逃げ出すような熱気に、誰もが汗を流している。

 その中心地ともなれば尚更だ。

 すり鉢状の観客席に並ぶ観衆の耳目を集めるのは、ドームの中心に設置された五〇メートル四方の金属製のリング。如何にも頑丈そうな冷たい光沢を放つ金属塊で造られた武骨で洗練されていないそれは、特殊な硬化硝子で覆われ、観客席から完全に隔離されている。雰囲気は物々しく剣呑で、閉塞感はないが強固な檻のように見えなくもない。

「『さあ! 待ちに待った九月最初の日曜日! 今年もこの瞬間がやってまいりました! 今年! 新たに『日本アルターエゴ競技協会公認選手』に選ばれた八人の新人達! 新たなるDランカーの中から、最強が決まるこの瞬間がっ!』」

 そんなリングの上で、春日天は二メートル程の距離を挟んで一人の女と向き合っている。

「『赤コーナー! アマチュアの女王が遂にランカーとして舞台に立つときが来た! 新人達の紅一点! 猪突猛進! 破壊放題! 火力だけならCランクにも届き得る!? 大山津駅前商店街が生んだ紅竜姫べにりゅうひめシレーネの主! 商店街の為に今日も戦う! 中谷なかやれい!』」

 中谷玲。武骨極まりない鉄のステージに立つには、華のある女性だった。短く切り揃えられた明るめの茶髪が良く似合い、少々低い身長のせいか今年の十一月で二十一歳だと言うが若干幼く見える。身体のシルエットが際立つブラックのスーツは、地元の商店街のスーツ職人に作って貰ったオーダーメイドの逸品だとアナウンスされる。彼女の為に計算し尽くされたスーツは高級さを感じさせながらも厭味ではなく、女性的な美しさを際立たせることに成功している。

「『対するは青コーナー! 一体お前は誰なんだ! 若干一八歳! アマチュア経歴なし! 一四年振りのプロテスト初回一発合格! 未成年に限定すれば史上初! ダークホースにも程がある! 鐡の騎士が使える正体不明の主君! 県立瑞帆ずいほ高等学校三年B組所属! 春日天!』」

 対して、天の格好は貧相だ。三年の学園生活で着続けた紺色のブレザーは、明らかにくたびれていた。一九〇を超える長身まで成長することを想定していなかったのか、丈は足りておらずに若干窮屈そうでもある。本人にも洒落っ気は微塵もなく、短く刈られた黒髪と、意志の強そうな太い眉毛、そして長身に相応しい筋肉量とひたすらに暑苦しい。

「『互いに六戦六勝! 負けずにここまでやって来た! しかしそれもこの時まで! 雌雄を決める時が来た! 最後まで立っていた奴が七戦七勝! さあ! 白黒つけようじゃあないか! 秋の風物詩! 新人杯最終日最終戦の開幕は目前だっ!』」

 アナウンサーの言葉が終わるや否や、ドームが吠え、揺れた。観客達は一応、放送にも耳を傾けているようだった。興奮を抑えきれないとコールが起こる。

「『雌雄を決める』って、私はおんなで、天才君はおとこよね?」

 そんな放送はしっかりとリング上にも届いているようで、玲がアナウンサーの実況に難癖をつけた。雌雄を決めると言う慣用句に本気で文句を言っているわけではなく、試合前のちょっとしたコミュニケーションだろう。

「天才君ってのは、俺のことか?」

 同意を誘う様なニュアンスのその呟きに、天は面倒臭そうに相槌を打った。身長差もあることながら、その年季の入った仏頂面はとてもではないが玲よりも年下には見えない雰囲気を醸し出している。

「ええ。最年少Dランカー。それもアマチュア経験なし。おまけにテストから全戦全勝。これを天才と呼ばずして、なんて呼べば言い訳? それとも、才能じゃあなくて、努力の賜物って言いたいわけ?」

 十八歳と二十一歳。ランカーの平均年齢が三十二歳であることを考えると、二人とも圧倒的に若いと言える。その実録と天賦の才は誰もが認めることであるだろうが、それにしても十八と言うのは異常だ。

 競技の場に参加できる資格を与えられる年齢が十八歳であり、そこから四五年のアマチュア時代を過ごした後に、ランカーへと挑戦するのが常識的なランカーへの道である。

 玲の三年ですら稀なことであり、実際、彼女に続くのは二十六歳の青年である。通常、天の十八と言う年齢は、素人と呼んで然るべき年齢であるのだ。

 純粋な驚愕、そして僅かな嫉妬の籠った玲の声に、

「そんもの、どちらでも同じことだ」

 天は吐き捨てるように応えた。

「天才だとか、才能があるとか、天賦だとか、努力したとか、何の価値があるんだ? 最後まで立っていた方が勝者になる。それがこの舞台の全てだろ? その為に、お姉さんも此処まで来た。言葉尻捕まえてうだうだ言いやがって、国語の先生か? あんた」

「うわ。面倒臭っ!」

 邪悪に眉間を歪める天の言葉に、玲は可愛らしい顔を呆れに染める。

「安心しろ、決着はわかりやすい」

「そうでしょうね。君は這いつくばって私を見上げることになるんだから」

「それはそれは。楽しみだ」

 二人はその言葉を最後に、互いに背を向けて歩き出す。大股になるでも早歩きになるでもなく自然に足が運ばれていく。まず、脚の長い天が白いペンキで描かれた線の上でその歩みを止め、やや遅れて玲が同じように立ち止まる。彼我の距離は丁度リングの中央を挟んで二〇メートルと言った所だろうか。

「『最後の言葉を交わした二人が位置に付きました! いよいよ! いよいよ! 緊張の一瞬がやってきました! 果たして勝つのは女王操る紅き鱗の竜の姫か! それとも漆黒の騎士が使える若き王か! 一〇! 九! 八! 七!』」

 会場全体がカウントダウンを叫ぶ。リングを覆う硬化硝子が観衆の声に僅かに震え、ドームの巨大ディスプレイには黒字に白い漢数字が浮んでは消え、徐々にその数を減少させていく。

 カウントは五を刻む。

「生意気なガキに世間の厳しさを教えてあげなさい! シレーネ!」

 玲が右手を横に振り抜き、小さな唇を動かして叫びを上げる。


▼中谷玲はアルターエゴ【紅竜姫べにりゅうきシレーネ】を現世に呼び出した!


 と、玲の目の前に何かが現われた。それは二本の脚で立つ人型をしていたが、しかし確実に人ではありえない物であった。身長は玲よりも少し小柄な一五〇センチ程。しかし女性らしい膨らみと柔らかさを備えたそれの身体を覆うのは衣類ではなく深紅の鱗。みっちりと美しく並べられた鱗は照明を受けて、まるで燃えるように輝いている。真っ赤な長い髪と共に枝分かれした角をこめかみから生やし、挑発的な瞳は琥珀。口には鋭い牙が、四肢の先は猛禽を思わせる爪が、腰からは身長程の長く太い尾が、彼女が人間でないことを証明している。

「おっけー! 優勝するのは僕たちだって教えてあげよう!」

 虚空から現れた少女シレーネは愉快そうに笑い、その尻尾で地面を二度打つ。

 残り三。

「ガーランド。出番だ」

 同時、天が静かにその名を呼ぶと、


▼春日天はアルターエゴ【黒鐡騎くろてっきガーランド】を現世に呼び出した!


 その正面に巨大な西洋風の鎧が出現した。長身な天と比較しても更にそれは巨大。三メートルを確実に上回るその鎧は、何処か肉食獣染みた下卑た鋭角的なデザインをしており、そのヘルムも、ラッパーも、ポールドロンも、ガルドブレイスも、カノンも、クーターも、ガントレットも、ブレストプレイトも、フォールドも、タセットも、グリーブも、マントも、巨大過ぎるタワーシールドも、戦慄するようなランスも、その全てが漆黒に染められており、そしてその中身は空っぽだった。

我が主(マイロード)御命令オーダーを!」

 空洞の騎士が金属質な音を発する。あまりに無機質で感情は窺えず、聴き取りづらいことこの上ないが、それが鎧のガーランドの声なのだろう。

 カウントは遂に一だ。

「闘争を。一心不乱の闘争を」

「Yes, Your Majesty!」

 忠義と勇ましさを併せ持ったガーランドの声と共に、ヘルムの内部に暗黒に青い光が浮ぶ。

 ディスプレイの表示は零になり、黒字の画面は一転して刺激的な赤と黄色で『GO!』の文字が躍る。

「『決勝戦の開幕です!』」

 歓声がドームに渦巻き、破壊的な熱狂が産まれた。

「さあ、踊りましょう? 裸の王様」

「踊るのはあんただけさ、中谷玲」

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