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59.仁義なき夜会【番外編】

サブタイトルが物騒ですが、内容は物騒ではありません(多分)

少々長いです。

でもってちょっとだけざまぁがありますが、ちょっとだけです。

これ誰?と思われた方は学園編をもう一度どうぞ。

 


 王太子夫妻の間に生まれた第一王子が、5歳の誕生日を迎えた。

 その祝いと称して王宮にて開かれた夜会には、普段滅多に王宮に顔を出さない辺境の下位貴族から高位貴族まで、余程()()()()()家柄でない限りは招待状が送られ、膨大な人数の貴族達が次々と王宮へとやってきていた。


 さてここに、一組のカップルがいる。

 見た目20代前半といった外見の青年は、眩い銀髪を緩く後ろに流し、切れ長のブルーグレーの双眸をメタルフレームの眼鏡で覆っている。

 身長は高すぎず、低すぎず。

 タキシードの胸元にあしらったブロンズ色のブローチと同色のイヤーカフは、彼が正式に婚約を結んだ際に婚約者から贈られたプレゼントだ。


 そんな彼の腕に手袋を嵌めた手を軽く添え、チャコールグレイの長い髪をハーフアップにしたブロンズの瞳の女性……こちらは年の頃10代半ばか後半といったところか。

 夜会ということもあってオフショルダーのドレスを身に纏っており、その肩にはブルーグレーのショールがかけられている。

 婚約記念にと隣の男性から贈られたピアスとネックレスはどちらもプラチナ台にダイヤモンドをあしらった品のあるデザインで、今日のターコイズブルーのドレスによく似合っていた。



「……はぁ。帰りたい」

「それはわたくしも同感ですわ。ですけど、仮にも王太子殿下の夜会で、顔も出さずに帰るわけにもいきませんでしょう?」

「わかってる。だから、顔を出して、適当に挨拶したら帰ろう。帰って研究の続きがしたい」

「…………わたくしは構いませんけれど」


 でも果たして、周囲が彼を帰してくれるのか。

 滅多に社交界に顔を出さないと有名な彼のことだ、顔を出した途端に知り合いやら知らない顔やらが寄ってたかって話しかけてくるに違いない。

 それは勿論、最近ようやく社交を覚え始めた彼女に対しても同じことが言えるのだが。


 二人は図らずとも顔を見合わせ


「…………」

「…………」


 揃って、憂いの溜息をついた。



 男は、ラスティネル・ローゼンリヒト侯爵。

 女は、レナリア・アマティ侯爵令嬢。

 二人は男の妹であるエリカ・ローゼンリヒトを通じて知り合い、主にエリカのことに関して意気投合し、まるで同志や友人のような関係性をしばらく保っていた。

 だが互いに婚約者がおらず、しかもラスティネルは学園卒業後に分家を立ち上げて侯爵位を継承するとあって、婚約者を探さなければと頭を抱えていたところに『アマティ侯爵令嬢』との縁組の話が持ち上がった。

 正確には、婚約者候補の一人としてその名が挙げられたのだが、この時点で彼は彼女にコンタクトを取って婚約の意思を確認し、互いに利害の一致をみたところで正式に婚約ということになった。


 利害の一致とは要するに、ラスティネルにとっては『研究第一。領地の経営に関しては協力してやっていきたいが、社交はできるだけ避けたい。可能なら本家の妹夫婦を支援する形で関わっていきたい』というもので、レナリアがそれに全面的に応じたというものだ。

 彼女も基本的に社交が好きではなく、だからこそ分家に嫁ぐことにしたのだと主張していたほどだったから、話は驚くほど簡単にまとまってしまった。



 二人が大広間の扉をくぐると、中には既に多くの貴族達が集まって談笑していた。

 入場時に特に紹介がされないため誰が入ってきても注目されることはない、はずなのだがやはり目ざとい者もいるようで、会場のあちこちからジロジロと検分するような視線が二人に向けられている。


「居心地が悪いな……それに、香水臭い」


 この明け透けな物言いに、レナリアは扇で顔を覆いながら苦笑する。

 香水の香りには好き嫌いがあるし、つける者はいい香りだと自負してそれを身にまとうのだが、余りつけすぎるとそれはただの香害(こうがい)にしかならず、異性を惹きつけるつもりでも自然と遠ざけてしまいかねない。

 故に、レナリアは香水を滅多につけない。

 パートナーを不快にさせないための気遣い……と言えば美談に聞こえるのだが、単に彼女が強い香りを好まないだけの話である。


 どうにか表情には出さないようにしているらしいラスティネルを軽く見上げ、レナリアは気分の紛れるような話題を振ってみた。


「それより、この場にも精霊はいるのですか?いるとすれば、一体どんなお話をしているのか、興味がありますわ」

「いるにはいるみたいだ。声も聞こえる。だけど……皆、わりと好き勝手に飛び交っては騒いでいるからね。楽しそうだったり、退屈そうだったり、聞いていて楽しいというより少し疲れるかな」

「あら、そうでしたの。なら、無理に聞かせてしまって申し訳ありませんでしたわ」

「いや、いいよ。少なくとも、気は紛れたから」


 意図したことはわかった、というラスティネルの笑みにレナリアもにっこりと微笑み返した。



 そうこうしているうちに、主役である王太子殿下が正装した小さな子供の手を引いて会場に現れた。

 そのすぐ後に、まだ幼子である第一王女を抱っこしたエルシア妃が続く。


「皆、今夜は我が息子セオドアの五歳の誕生祝いに集まってくれたこと、心より感謝する。ユリエルがまだ幼いため妃は途中で退席させてもらうが、皆はどうか心ゆくまで楽しんで行って欲しい。……ほら、セオドア、皆に挨拶を」

「みなさま、セオドア・フォン・ヴィラージュともうします。ほんじつは、わたくしのせいたんいわいにおこしくださり、ありがとうございます。どうぞ、たのしんでいってください」


 ピンと伸びた背筋に、恐らく王太子似の整った顔立ち。

 緊張しきった表情までも可愛らしい、明らかに作られた文章を読んで丸暗記してきただけの挨拶だったが、参加者達は盛大な拍手をもってこの第一王子の初めての社交を祝福した。


 主催の挨拶が終わったところでオーケストラが曲を奏で始める。

 この夜会は舞踏会ではないためダンス用の曲ではなく、あくまで歓談のバックにゆったりと流れる曲調のものだ。

 それを機に、貴族達は我先にと王太子夫妻の前に列をなす。

 王太子妃が途中退席するとあって、その前に挨拶を済ませて顔を覚えてもらおうと考える者が多いのだろう。

 とはいえこういった王族主催の場では高位貴族が優先で、後は爵位順にどうぞどうぞと順番を譲り合っていく。


 ラスティネルとレナリアは侯爵クラスであり、更に少し前にあったとある事件以降王太子夫妻と親交もあるため、わりと早いうちに順番が回ってきた。

 お久しゅうございます、本日はおめでとうございます、ありがとう、良かったらまた妃の茶会に出席してやってくれ、という実にむず痒い上辺だけの会話が飛び交い、揃って一礼してようやくひと仕事終わる。


 ため息を付きたいのをぐっと堪え、適当に抜け出すかと視線を見交わしたところで


「あら?レナリアさんじゃないですか。お久しぶりですね!」


 ()()()()()()()甲高い声に名指しされたレナリアは、堪えていた溜息をついつい吐き出して「どちら様ですの?」と振り返った。



 振り向いた先に立っていたのは、深いブルーのグラデーションドレスに、ネックレスは大きな真紅のルビー、癖のある赤毛をきっちりと結い上げたその留め金を隠すようにあしらわれたベルベットのリボン。

 そんな、いつかどこかで誰かが着ていた服装をそのまま真似したような格好の、どこか幼さの残る顔立ちの女性……年齢はレナリアと同じくらいか少し下、女性というより少女と呼ぶ方が合っているような人物だった。

 当然ながら、自分の名も名乗らないうちから高位貴族であるレナリアを『さん』付けで呼ぶような親しい間柄の中に、目の前の少女は含まれていない。

 簡単に言うと、『誰かしら、この失礼な人は』状態である。


 こういう場合、無視をしてもマナー違反には当たらない。

 だが、レナリアが思い出せないと内心首をひねっている間に、パートナーの方はどうやらこれが誰なのか思い出したようだ。

 彼は相手に聞こえないように……傍から見ると恋人同士の睦み合いに見えるように顔を寄せ、レナリアが手に持つ扇に隠れるようにして、その思い出した名を囁いてやる。

 その名を聞いた瞬間、レナリアのブロンズの瞳にまるで猛禽類のような鋭い光が宿ったことに、幸か不幸か目の前の相手は気づかなかった。

 気づいて逃げていれば、まだ避けられたものを。


「まぁ。……もしかして、学園でご挨拶差し上げたどなたかだったかしら?」

「えぇと、基礎学習の時にエリカ様に手を差し伸べていただいた……ジュリア・ノーツです。あ、今はノーツではないんですが」

「あら、そうでしたの。ごめんなさいね、何分たくさんの方にご挨拶したものだから」


 忘れてしまっていて、という部分は声に出さずにおくが相手には伝わっていたようだ。

 明らかに傷つきました、とでも言いたげな顔になった少女……ジュリア・ノーツは視線を少し下げて悲しそうに微笑み、いいんです、と震える声で応じた。


「そうですよね、私って影が薄いですからあまり覚えてもらえないんです。それに、レナリアさんみたいに美人でもないですし。ユリアさんみたいに、身体能力が高いわけでもないですし。気が弱くて体も弱いから、皆さんについていけなくて。エリカ様みたいな高貴な人の側に寄ろうとしても、駄目だって邪魔にされて当たり前なんです。高位貴族でもないですし、たいした能力もないですし、美人でも……ない、ですから。頭も良くないから、学園も結局辞めちゃいましたし。あれからお見合いして結婚もしましたけど…………今日も旦那様は、……私なんて、相手にもしてくれてませんし」


 ここにユリアがいたなら、声に出してこう言っていただろう。

『相変わらず、被害妄想乙。嫌なら声かけずにさっさと帰ればいいじゃないの』と。



 ジュリアはその視線を、遠くの方でわいわいと女性男性入り乱れて歓談している数人の方へと向け、どうやらそこに紛れているらしい『旦那様』を見て瞳を潤ませている。

 どうせ私なんて、という呟きが聞こえたところで我慢の限界を越えたレナリアが一言物申そうとした、その時


「レナ、行こう」


 黙って隣に立っていたラスティネルが、婚約者の肩を親しげに引き寄せてジュリアとは反対の方向へ誘導しようと歩き出した。

 そのいつにない強引さに、レナリアは驚きを隠せずに目をパチクリさせて彼を見上げてしまう。


「さっきあちらに、シュヴァルツ男爵がおられたんだ。まだ帰られてはいないはずだが、今のうちにご挨拶しておかないと。レナ、君もまだお会いしたことがなかっただろう?」

「え、えぇ……ジェイドさんのお父様でしたわね。夜会に参加されるなんて、確かに珍しいことですわ」

「男爵はじきに引退されるから、最後の夜会をと自ら希望されたらしい。それじゃ、行こうか」

「あ、あのっ!!」


(せっかくラス様が今の失言を不問にしてくださいましたのに……愚かな子ですわね)


『エリカ様の側に寄ろうとして邪魔にされた』

 その言葉が妹溺愛のラスティネルを怒らせたというのに、せっかくこの祝いの場を乱すまいとさりげなくその場を去ろうとした彼に対し、大声を上げて呼び止めるというマナー違反を犯したジュリア。

 そんな彼女を、近くにいて成り行きを見ていた貴族達は早速小声で嘲り始めている。


 未だ何か、と肩越しに振り返ったラスティネルに、ジュリアはわざわざ正面まで回り込んで上目遣いに彼を見上げた。


「私、今は子爵夫人なんです!旦那様が子爵だったので!」

「……子爵夫人だから、我が家が懇意にしている男爵家の当主よりも優先されるべきだと?」

「そ、そんな!私、そんなつもりじゃ!ただ、レナリアさんに会えて嬉しくて、だから!」

「悪いが、レナは貴方のことを覚えていないと言っている。親しげに話しかけないでもらえないか」

「そ、そんな……酷いです……っ」


 グスグスとジュリアが泣き出したところで、ようやくこの騒ぎに気づいた『旦那様』が慌てて駆けつけてきた。

 己の妻が絡んだ相手が誰なのかすぐにわかったのだろう、先程まで女性に囲まれてデレデレと赤く染まっていた顔が、今は血の気が引いて真っ青だ。


「あぁ……えぇと、自己紹介を受けていないから名前は存じ上げませんが……子爵?」

「は、はいっ!?う、うちの愚妻が大変ご迷惑を」

「謝罪は結構」

「……は?」


 許してもらえるのか、と一瞬緩んだ頬が恐怖に引きつるのはその数秒後。


「そちらが誰なのかは存じ上げませんし興味もありません。今後は互いに不愉快な思いをしないよう、顔を見かけても近づかないように致しましょう。……そうそう、そちらの奥様が以前うちの妹に不愉快な思いをさせられたそうだから、妹にも近づかないようにと進言しておきますよ。では、失礼」





 まだ若輩とはいえ侯爵位にある者に絡んだ、そして間接的に【聖女】を貶めたとして、あの子爵夫人はあらゆる家から爪弾きにされて、いずれ孤立するだろう。

 そして子爵自身もそんな妻を放置していた責任を問われ、次第に茶会などに呼ばれなくなっていくに違いない。

 ラスティネルやレナリアが望んだことではないけれど、結果的にそうなってしまうことには何の感慨を持つことはない。


「ジュリア・ノーツ……すっかり忘れておりましたわ。結局彼女、退学していましたのね」

「あぁ、多分追試のやりすぎだろう。高位貴族に取り入ろうとする前に、勉強に励むべきだったな。……エリカの猿真似をしていたのはどういうワケだか、さして知りたくもないが」

「それでしたら恐らく、女性にだらしない夫君の気を引くためでは?ですがまぁ、全く似合っておりませんでしたから逆効果かもしれませんが」


 ジュリアの赤毛にあの濃い青のドレスは全く合っておらず、髪につけた黒のリボンも不釣り合いで悪目立ちしていた。

 それで可愛らしく上目遣いされたり甘えるように話されても、愛らしいと思う前に不快感が先立ってしまう。

 本人は恐らく、エリカを意識しすぎてなんでも真似すればいいと思いこんでしまったのだろうが。


「気が弱くて体も弱い……とは到底思えませんけれど。余程、エリカ様を意識してらっしゃるようですわね。劣等感の裏返し、ということかしら。それとも単に、気を惹きたい男性がエリカ様の信奉者であられるとか」


 とそこまで言ったところで、ふと何か思い出すことがあったらしいレナリアは口元に意地悪い笑みを浮かべた。


「そういえば彼女、学生時代は執拗に食事を一緒に摂りたがっておりましたの。今思えば、もしかするとラス様とお近づきになりたかったのかもしれませんわ」

「おいおい」

「ラス様の理想の女性はエリカ様でしょう?だからああやって猿真似したとは考えられませんこと?」

「…………えっ?」


 意表をつかれた、という顔でぽかんと見つめ返すラスティネルに、レナリアが更に何か畳み掛けようとしたその時


「違うぞ?」

「えっ」

「僕の理想がエリカだって、誰が言ったんだ?大体、妹が理想の女性だった場合、僕は永遠に理想の女性と巡り会えなくなる。妹は確かに可愛い、家族として愛してはいるが、理想とはちょっと違うな」

「…………そう、でしたの……」


 こちらも意表をつかれました、と言わんばかりに今度はレナリアが唖然とした顔で黙り込む。

 そのまま固まることしばし。


「では参考までにお聞きしますけれど、ラス様の理想のお相手ってどんな方ですの?」


 ようやく調子を取り戻した婚約者にストレートに尋ねられた若き侯爵は、少しだけ考えてから


「秘密」


 そう答え、不満そうに見上げてくる婚約者の肩をそっと引き寄せた。




次回、最終話。数年後の後日談です。

大団円にするつもりなので、またちょっと長くなるかもしれません。


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