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57.失って、得たもの

 


 いつもなら、行き交う人々の活気ある声で賑わっている王都の中央広場。

 この日ばかりは王宮に勤める騎士、魔術師がこの広場内外の警備にあたり、時折不審な人や物が発見されたと声がかかっては、数人が慌ただしく行き交っている。


 豪華な刺繍が施された天幕、広場を縦断するように広げられた赤絨毯。

 一段高い位置に用意されたきらびやかな肘掛け椅子が二つ。

 一般市民の立ち入りが完全に制限された中、正装に身を包んだお偉方が続々と馬車から下りてくる。



 南国ミーシャ王国が突如謎の病に襲われ、その危機をこの国の者達がまさしく命がけで救った。

 そのことに対する褒章を与えるため、このような式典が執り行われることになったのだが……本来は城の謁見の間にて行うべきものを、わざわざ城下の広場に会場を設ける理由は二つある。

 ひとつは、この場においてミーシャ王国との正式な友好条約提携が成されるため。

 もうひとつは、ヴィラージュ王国の至宝と一部で呼ばれていた光と闇の精霊王の加護持ち二人のお披露目も兼ねているため。


 この二つ目に関して、当人やその周囲は酷く抵抗を示した。

 しかし例の作戦の立役者でありこの式典での叙勲対象者でもある王太子レナートが、


『お前達、結局婚姻式がまだだろう。せっかくだ、王家はもとより名だたる名家やミーシャ王国からの国賓も交えて、大々的にお披露目してしまえ』


 などと言い出して、しまいには『王太子命令』まで持ち出す始末。

 驚いたのは、真っ先にこれに従ったのが娘最愛を掲げる親バカ公爵フェルディナンドだったことだ。


『王家が自ら、精霊王の加護持ちをお披露目するんだ。当然王家に対する信頼度は上がるし、加護持ち二人がいることを示すことで他国に対する牽制にもなる。加護持ちを狙ってくる者も出てくるだろうが、王家が後援についているのだと広めることで、何かあればこの国を敵に回すのだと示す。目立ちたくない二人には酷かもしれないが……いずれ公爵家を継ぐ者として、そろそろ矢面に立つことに慣れた方がいいだろう』




 ミーシャ王国は、徐々にではあるが復興の兆しを見せつつあるらしい。

 病に倒れた時期が遅かった国の重鎮達は早い時期に目を覚まし、女王と共に四方八方に手をつくして未だ床から出られない国民のために、免税であったり支援計画だったり慌ただしく立ち回っているそうだ。

 例の計画の黒幕だった王兄ライスリールは…………命だけは助かったものの、闇の精霊王の力によって安息の術をかけられて以降、眠りから覚める気配がないのだとか。


 その復興途中のミーシャ王国から、この日は女王陛下が同行者を一人連れてこの国を訪れている。


「にしても、ちょっと驚いたなぁ……あれだけ騒ぎ起こした女王陛下がまさかまさかの既婚者だったなんて」

「王族は複数婚が認められていたりしますけど、まぁお兄さんとの経緯をご存知だったから頑なに一夫一婦制を守るおつもりだったそうですし。過去はともかく、今は夫婦仲も良好みたいで良かったじゃないですか」


 そう、女王陛下の同行者とは『王配閣下』である。

 元々の身分は侯爵令息、女王に婿入りしてからは公爵位を賜り、影に日向に女王を補佐して忙しく働いている彼も、他ならぬあの病に倒れて以降ずっと王宮内の医局で床についていたのだそうだ。

 だがどうやらそれも今は回復し、こうして王配として女王の外交に同行できるまでになったらしい。

 その代わりと言っては何だが、女王の側近としてあれこれ叩き込まれているリューが今回は留守番となり、半泣きになりながら重鎮達と毎日討論を繰り返しているのだと、非公式に顔を合わせた時に女王はそう語って笑っていた。


「まぁ、何はともあれこれで大団円、かな?」

「ユリアさん、その言葉はちょっと」

「あーうん、わかってるんだけど……でも、ね。あんまり湿っぽいのは、()()()も喜ばない気がして」

「それは…………そう、ですけど」


 二人の視線の先には、礼服を着込んだリシャールに寄り添って入室してきたエリカの姿。

 次期公爵夫妻としてのお披露目も兼ねているとあって、深いブルーのグラデーションが美しいプリンセスラインのドレスに、夫の瞳の色に合わせた真紅のネックレスとピアス、きっちりと結い上げた髪はベルベットのリボンで飾られている。


 そのリボンは、今はもういない彼女の大事なパートナーのもの。

 色は漆黒、と華やかな式典には似つかわしくないものだが、それが嫌味にならないようにむしろアッシュブロンドのアクセントとして見えるのは、ヘアメイクを担当した専属メイドの腕がいいからだろう。


「さて、それじゃ…………行きましょうか。ジェイド、いいところでセリフ忘れたりしないでよ?」

「ユリアさんこそ、ドレスの裾踏んだりしないでくださいね?」

「あっはっはー、言うようになったじゃない。上等よ、精々おしとやかな美少女演じて周囲を魅了してやるんだからねっ」


 いやそれはやめた方が、とつっこみかけたジェイドの声に、式典開始を告げる高らかなファンファーレが重なった。




「リシャール・ローゼンリヒト、並びにその妻エリカ」

「はい」


 一人ひとり名を呼ばれ……といってもエリカ達の場合はあえてワンセットとして呼ばれたが、そうして国王夫妻の前へ立って一礼し、静かに膝を折る。

 あの辛い計画に参加した全員がその場に並んだのを見ると、国王からのねぎらいの言葉がかけられた。

 とはいえねぎらいの言葉なら事前に直接、しかも非公式に全員に対してかけられているので、これは公の場でのパフォーマンスに他ならないのだが。


「では、その功績を讃え褒章を授ける」


 一人で成したことではないとはいえ、一国を救ったことに対する報奨は大きい。

 例えば騎士や魔術師であれば地位の向上や手当の上乗せ、平民であれば爵位の授与などだろうか。

 勲章を授けられる、というのは形式上のことだが、この勲章を所持しているというだけで誉れとなることは間違いなく、こうして大々的に国王自らがねぎらいの言葉とともに授けたということで、参加者の知名度や権力的な価値も高まる、というわけだ。

 下世話な話をするなら、もし独り身であるなら翌日から途端に求婚の話がひっきりなしに舞い込むだろう、というエリカやその友人たちにはいらぬおまけまでついている。


 勲章はまず、計画を立案指揮した(ことになっている)王太子レナートが恭しく頂いた。

 本当は行き当たりばったりの、もしかすると他国の女王による拉致誘拐事件になっていたかもしれないのだが、そんなことを馬鹿正直に明かすよりも華々しい冒険譚に仕立てる方が有益だから、と関係者全員が了承した上でのことだ。


 次に、リシャールとエリカの名が呼ばれ、二人は揃って一歩前に進み出る。

 勲章が乗った銀のトレイを捧げ持っているのは、国王付きの年若い侍従だ。


「二人共、このたびは大儀であった」

「はっ、ありがたきお言葉」


 差し出されたトレイから、まずはリシャールが勲章を受け取る。

 眼の前にいるのは彼の血縁上の父親だが、互いを見る目にそういった種類の愛情は見られない。

 かといって憎しみのような感情もない。

 リシャールにとって父というのはスタインウェイ公爵であり、ローゼンリヒト公爵、この二人でしかないのだから。



 エリカも同じように勲章を手にしたところで、国王は一度下がる。

 二人も一礼して下がろうかとしたその時、それを手で制して前に進み出てきたのはそれまで飾りのように座っていた王妃だった。

 予定にないことで進行役の文官も慌てた表情になったが、長い付き合いで意図を察したのか国王が一つ頷いて了承の意を示す。


 膝をつき直した夫婦二人の前に進み出た王妃は、まずはリシャールへと視線を向ける。


「健やかに過ごせていますか?」

「は。皆、変わりなく」


『皆』と言ったのは、臣籍降嫁した母を含めての意味だ。

 側妃は元は王妃の侍女だった、それ故に王妃の中にもわだかまりは勿論あるのだろうが、気遣える気持ちがあるのも事実だろう。

 次いで王妃はエリカに目を向けた。

 そして己の侍女に手で指示を出し、先程のトレイより小さなものを運ばせると、そこに乗せてあった小さな勲章を差し出した。


「ここにはいないもう一人の功労者へ、これを」


 ハッと顔を上げたエリカに、王妃は微笑んで応える。

 目の前に容易されたのは、もうひとりの功労者ウィリアムへの勲章。

 本来はどんなにいい働きをしていても所詮は使い魔……人ではない者へ勲章が授けられるなど、きっと前代未聞だろう。

 だからこそ王妃はそれを伏せ、誰に授けるのかを曖昧にした上であえて主であるエリカに受け取らせようとしている。


(この方は…………紛れもなく国母……女性の最高位におられる方なのだわ)


 本音がどうだかわからない、あえて本音など知らない方がいい。

 ただこういった公の場において、守るべき国民全てを平等に気遣う、例え貴族であろうと、例え使い魔という生み出された存在だろうと、こうして気遣って見せる度量を持っているからこその【国母】なのだ。

 ただ国王の妻として王子を産んだ、それだけで【国母】になどなれるはずもない。


「お心遣い、ありがたく頂戴いたします」


 涙が出そうになり、エリカは慌てて頭を下げた。




 それから、日々は賑やかしくも穏やかに過ぎていった。


「だーかーらー、あたしには婚約者がいるんだってば!追いかけ回しても無理無理ー!!」


 ごめんねー、とスカートの裾をヒラリと翻して駆け去っていく薄紅色の髪をした美少女。

 その後を、息を切らせながら追いかけていくのは、騎士科の生徒か。


「……なんだかユリアさん、日に日に野生化していきますね……」

「そうですわね……ダニーお兄様、ついていけるとよろしいのですけれど」

「心配なかろう。あの小猿……おっと、あの仔犬の躾は兄上にお任せすればいい」

「け、結局動物扱いなんですね……」


 まぁ仕方ないのかな、とジェイドは目を細めてグラウンドを駆け回るユリアとその求婚者達を見つめる。

 ユリアがいくら婚約者がいると言って断っても、彼らはそんなのは嘘だ、いても振り向かせてみせる、などと言って付きまとってくるのだそうだ。

 ()()へ来たばかりの彼女ならきっと、『逆ハーなんて夢みたい!もっと、もっと愛を囁いて!』と喜んだだろうが、今の彼女にとってみれば迷惑以外のなにものでもない。


「ほら、あちらにも違う意味で大人気な方がいらっしゃいますわ」


 お助けした方がよろしいかしら?とレナリアが示した先。

 職員棟の方から戻ってきたエリカが、ものすごい数の教師達に囲まれて困惑した表情を浮かべている。


「わわっ、エリカ様!」

「ちょっとー、エリカに近付かないでくださいよー!!」


 慌てたようにジェイドが駆け出し、グラウンドで追いかけっこしていたはずのユリアも、目ざとく気づいて駆け寄ってくる。

 ニコラスも駆け寄ろうとして、ふとニコニコ微笑んだままの妹を肩越しに振り返った。


「お前……未来の義姉として、見て見ぬふりはどうかと思うぞ」

「わかっておりますわ。真打ちは遅れてやってくる、と申しますでしょう?」

「何が真打ちだ、ほら行くぞ!」


 背を向ける兄のすぐ後を、レナリアもゆっくりと追いかけた。

 仕方がありませんわ、と悪戯っぽい笑みを浮かべたまま。



本編後一話。

後日談一話と番外編一話で完結します。

もう少しお付き合いください。


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