55.意外な落とし穴
リューの作戦に同行することになったのは、闇の精霊王の加護持ちであるリシャール、光の精霊王と繋がりがある使い魔ウィリアム、行き先が水源ということもあって水属性を持つジェイド、風属性を持つ魔術師一人と、護衛として騎士二人、これで全員だ。
彼らはリューの案内で地下水源への入り口近くまで行って合図があるまで待機し、何らかの手段で敵を焦らせたところで一気に突入。
呪詛の素である何かを無力化し、犯人を確保して作戦終了となる。
水源の入り口はちょうど三日月型の凹んだ部分にあるため、三日月の先端にある王城からはそれなりに距離がある。
馬車でガラガラと向かっても数日かかるし、いつどこで犯人が襲ってくるかもしれないという時に馬車で移動するのも緊迫感がなさすぎる、ということで風の属性も使えるという魔術師の提案により『追い風と共に去りぬ作戦(リュー命名)』がとられることとなった。
何をするのかというと、つまりは旋風のような風を起こしてそれと共に高速移動する、ということらしい。
いってきます!と意気揚々と手をあげて挨拶するリューやウィリアム、明らかに顔がこわばっているジェイド、いつもどおりの無表情に見えて緊迫した空気をまとったリシャール、その他緊張してガチガチな魔術師や騎士達を見送るエリカは、今高い塔の上にいる。
あえて、言葉は交わさなかった。
これが最後というわけではないのだし、最後にするつもりもないのだから。
(それにきっと、泣くのが我慢できなくなりそうだったもの)
作戦を実行しに行く彼らの前で涙を見せるのは、帰ってこられないと言っているようなものだ。
だけど笑顔で見送る自信もなかった彼女は、これからこちらの作戦を実行する国で一番高い塔へと上り、そこから旋風に巻かれる彼らを見送った。
「っはー、すっごいねぇあの風。あれでひとっ飛びできるなら、この国縦断することくらい簡単にできそう」
くるくると渦を巻く旋風。
その中で風の膜に守られるようにしながら、男達はこの国のちょうど中央に位置する地下水源の入り口へと向かう。
勿論ユリアの言うように『ひとっ飛び』で行ければあっという間なのだろうが、そこで力を使い果たしてしまっては貴重な戦力である魔術師が一名戦線離脱してしまう。
なので何度か休憩をはさみつつ、エリカの合図を待って突入できるように調整するのだとか。
突入の判断は現場がすることになるが、状況を把握するためにも連絡係がいる。
ウィリアムが向こうに同行したのには、そういう理由もあった。
彼ならエリカとつながっているため、必要に応じて連絡を取り合うこともできるのだ。
「さて、準備を始めましょう」
犯人は、水源のすぐ近くにいる。
それが作戦に関わる全員の統一見解だ。
呪詛がそこにある限り、犯人はそれを発見されないように、万が一にも無力化されないように、見張れる場所に潜んでいるはず。
それなら、その犯人を慌てさせるためにはある程度大きな騒ぎを起こす必要がでてくる。
地下に潜んでいるのだとしたら、例え空が晴れてきたとしても直接見えないかもしれないからだ。
「でもエリカ、加減を間違ったら危ないよ?」
「ええ。だから本当に小規模なものを起こすつもりなの。水源の位置さえ特定できれば、その真上で爆発を起こせばきっと気づくわ。そしてその部分だけ光で照らせば、相手は焦るのではないかしら?」
「…………エリカってさぁ、時々すっごい大胆だよね……」
火の魔術をぶつけて、爆発を起こした。
ヒントになったのはリューのそんな言葉だった。
さほど大きな被害なかったそうだが、それでも空中で小さな爆発が起こった……爆発が起こるのは、『水』と『火』が反発するから。あの灰色のものが小さな水の塊だというなら、そこに火をぶつければ爆発が起こる。
それを限りなく小さな規模のものに留め、更に地下水源のほぼ真上だけで行うという難易度の高い作戦だが、これは一発勝負で失敗することなど許されない。
「必ず成功するわ。だってここには、ヴィラージュ王国王太子殿下の信を受けた実力者が揃っているんですもの」
「…………あのー、エリカさん?あたしには、それが自分を奮いたたせる言葉だってわかってるんだけどね?そのイイ笑顔、めちゃめちゃプレッシャーだから。騎士さん達も魔術師さん達も、悲壮な顔になってるからやめたげて」
ただでさえ国の代表という重圧がかかっているというのに、作戦直前で【聖女】に期待の目で見られてさらなる重圧が彼らを襲う。
そんな状況に今更気づいたエリカは困ったように謝罪し、それを他人事のように見ていた女王陛下は「緊張感が足りなさすぎるのではなくて?」と痛む額をぐっと押さえた。
どうにか場の空気が持ち直したところで、『マスター、準備できたです!』とウィリアムから通信が入った。
「準備はよろしいですか?」
「はい、いつでも」
「では…………女王陛下」
ここはミーシャという他の国の土地。
作戦実行するのは主にヴィラージュ王国からの支援者達だが、その決行の指揮を執るのはこの国の代表でなくてはならない。
いくらいい作戦であっても、国の王が号令をかけなければ他国の民である彼らは動くことができないのだ。
──── むしろ、そうでなくてはならない。
一国の王が立ってそこにいるのだから、その場で最も強い決裁権を有するのは彼女であるべきだ。
打ち合わせなどはしていなかったが、女王は己が為すべきことをわかっていたのだろう。
一つ頷くと、彼女は準備万端で号令を待つ他国からの使者に向かって手をゆっくりと掲げ、肩の高さに上げたその手を勢い良く水源のある方向へと振り抜いた。
「作戦開始!!」
待ってましたとばかりに、まずは弓使いの騎士が矢をつがえて空に放つ。
そこにエリカが火の属性魔術のなかでも初期の初期、ロウソクに火を灯す程度の小さな火魔術を放って矢の先端部分に灯し、その火を消さないように気をつけながら魔術師二人が風の魔術でその矢を後押しする。
矢の位置は、索敵魔術という特殊能力を持ったもう一人の魔術師が探って逐一報告し、目的の水源の入り口付近にまで到達したと声がかかったところで、下から上に『雲』を突き抜けるように矢を急上昇させた。
途端、
「きゃぁっ!!」
「うわぁああ!」
「ひぃっ!?」
バァァンッ!!と大きな爆発音が鳴り響き、一瞬塔がグラリと反動で揺れた。
恐る恐る音のした方に目を向けると、予想以上に大きな灰色の煙がもくもくと空に向かって立ち上っている。
「…………」
「…………」
「規模、大きすぎない?」
「え、えぇ……」
ちょっと穴を開けるだけのつもりが、思わぬ大爆発。
完全に呆気にとられた一同を心底冷ややかな眼差しで射抜いた女王陛下は、とにかく説教は後回しだと言わんばかりに
「とにかく作戦を完遂させなさい!急いで!」
指揮官として、声を張り上げた。
「派手、でしたね……」
「でしたねぇ……」
黒煙ならぬ灰色の煙を上げる空を見上げながら、ジェイドとリューは呆れたようにそう呟く。
ウィリアムはあまりの轟音に耳をふさいでリシャールの足にしがみついており、しがみつかれた当人は無言で空を見上げている。
やがて、天から降り注ぐ眩い光がぽっかりと空いた空間から地上へと届き、空に漂っていた不気味な煙もその光にかき消されてしまう。
それはまるで、神の御使いが舞い降りたかのような神聖な光景。
真相を知らなければ誰もが見惚れるその光景こそが、決行の合図だった。
「行きましょう!」
頷いて、真っ先に駆け出したのは護衛の騎士だ。
まずは行く先の安全を確保する、そういう意味合いで次に続いたのがウィリアムを腕に抱えたリシャール、そしてジェイド、魔術師、リューが最後に続く。
リューは案内役であり、戦闘能力面では全く役に立てない。
ただ、【落ち人】ならではの特殊能力で周囲の悪意ある敵を察知できるとあって、それなら最後でと彼が自らそう言い出したのだ。
本当にすぐ近くに潜んでいただけあって、水源の入り口まではすぐそこだった。
地下へと続く螺旋の道を下り、水源が見え始めたところでリューは不意に足を止め、「そんな、まさか……」と驚愕に震える声を放った。
「どうして貴方がここにっ!?どうしてこの国に仇をなすことができるんです、王兄殿下っ!!」
「…………その名は捨てた。私を切り捨てたこの国に、復讐するためにな」
浅黒いを通り越してどす黒い肌、その肌の上にウネウネと這うように真っ赤な紋様が浮かび上がっており、ギラリとリューを睨みつけるその双眸は淡いブルー。
ずっと切りそろえていないのか伸ばしっぱなしの長い亜麻色の髪は水面に浮かび、がっちりとした体はその胸元までが水の中に浸かっている。
王兄、ライスリール……四年前の政変において王太子の座を追われ、行方不明となっていたカサンドラの血を分けた兄がそこにいた。
ライスリールは愛妾の子、カサンドラは王妃の子。
王位継承権は、男子でありなおかつ年長者であるライスリールの方が高く、彼は幼い頃から将来国を背負う者としての教育を受け続けてきた。
対してカサンドラは政略的に他国に嫁ぐのを前提として、将来の王妃となるべく教育を施されていたのだが、彼女は色々なことに興味津々で兄の学ぶ経営学や外交術なども学びたいと言い出した。
この時はまだ、幼い子供の我儘だと思われていただけだった。
だが成長するにつれ、ライスリールの成績は次第に伸び悩み、それに反してカサンドラの成績はぐんぐんと伸び、ついには兄を追い越すまでになっていった。
その頃から、周囲の貴族達の間には【ライスリール派】と【カサンドラ派】という二つの派閥が生まれ、どちらが王位を継承するのに相応しいかと議論されるようになったのだから大変だ。
ライスリールが王妃の子であったなら、何も問題はなかったのに。
王が気まぐれに手をつけた愛妾の子であるが故に、後ろ盾のない彼は徐々に【カサンドラ派】の貴族達に押され始めてしまった。
ライスリール殿下に王太子の座は重荷すぎる、ここは正式に即位される前にカサンドラ殿下と競っていただいてその結果から改めて国の後継を決めるのはどうか?
本来立太子した者がその地位を脅かされることはあってはならない、だが国王は最近の二人の成績を見比べた上でこの提案に許可を与えてしまった。
──── 結果については、言うまでもない。
カサンドラは女王となり、ライスリールは王兄殿下と呼ばれることを厭って王宮を出、何処かへと姿を消してしまった。
「これは、呪いだ。私を選ばなかった国、私を押しのけて王となったカサンドラ、私を切り捨ててカサンドラを支持した貴族、私を順番の上でしか王太子として見なかった父……母を助けてくれなかった、治癒術師。その全てを、私の身をもって呪う。呪いは、私自身。私が生きている限り、あの闇は晴れることはない。幾度払っても、また現れる。だが私が死ねば、呪いは永遠のものとなる。お前達にできることはない」
生かして捕らえたら、あの闇は晴れないまま。
命を断ってしまったら、呪いが完成してしまう。
「さあ、どうする?私を殺すか、生かすか……どちらにしても、お前達の……この国の、負けだ」
今日はあと一話更新できそうです。




