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53.精霊王の助言

 


『嫌じゃ』


 愛し子の願いでその場に姿を表した光の精霊王は、開口一番そう告げてむっつりと黙り込んだ。

 余程不機嫌らしい、というのは見ればわかる。

 その不機嫌が恐らく愛し子を貶されたということからきているのもわかる。


「精霊姫様、ことは一国の存亡に関わるのです。どうかお力をお貸しいただけませんか?」

『…………』


 無視。

 ツン、と顎をそらして視線を他所に向けているということは、応じる気は全くないという意味だろう。

 ここには、これまで場をとりなしてくれたキールはいない。

 いつもならオロオロと間に入ってくれるウィリアムも、力を使いすぎないようにとまだ呼び出していない。

 つまりここはエリカ一人でどうにかしなければならない、ということだ。


 少し考えてから、エリカは話題を変えてみることにした。


「ルクレツィア様は、『灰色の闇』というのが何なのかご存ですか?」

『知らぬ』

「小国とはいえ、国全体を覆うほどの何か……しかも魔術師にしか見えないということは、何かの魔術でしょうか?」

『興味ない』


 全く取り付く島もない、がまだ言葉で応じてくれるようになっただけマシ、ということだろうか。



「何かの魔術だったとして……人を病にする魔術なんてあるのかしら……病を治すのが治癒魔術であるなら、その反対……やっぱりお兄様にも来ていただけば良かったかも」


 ラスティネルも来たがっていたのだが、彼まで来てしまうといざという時の連絡係がいなくなる。

 さすがに身分も何もない騎士や魔術師をその場に残したところで、何かあった時にウィスタリア公国の上層部に繋ぎを取って、ヴィラージュ王国まで連絡を入れるのは難しい。

 そのため、成り立てであっても侯爵位にある兄を連絡役として残したのだ。


『…………治癒魔術の逆、じゃと?』


 ふむ、とルクレツィアが顔を上げた気配がした。

 エリカが彷徨わせていた視線を戻すと、彼女は船室のベッドに腰掛けたままゆったりと足を組み替え、その膝に肘をついて何事か考え込んでいるようだ。


『エリカ、その国には治癒魔術を使える医師が多いと言っておったな』

「はい。王太子殿下からもそのように伺っております」


 治癒魔術の使い手は貴重だ。

 その貴重な使い手である治癒術師が、小国ミーシャにはそこそこの人数いるという。

 それは単なる特性の問題だけではなく、ミーシャは伝染病などが多い国であるから、病を研究する者が多くこの国に渡っている、ということにも起因する。

 そういった国であるから、流行病かと疑われた時はまず治癒術師を中心として結成した医師団が、発生元へと向かって調査を行う。

 今回はその医師団が真っ先に病に倒れたことで、これまでのような伝染病ではないのではないか?と王宮お抱えの魔術師達が調査を引き継いだのだと聞いている。


『ふぅむ……』


 ルクレツィアはその金色の瞳を閉じた。

 まだ遠くにある不穏な気配を探ろうとするように。




『 ────── 空気が淀んでおる。その病とやらに、何かしら人的な意図が絡んでいるのは間違いなさそうじゃの』


 それだけ告げて、ルクレツィアは『しばし休む』と姿を消した。

 詳しいことは聞けなかったが、嘘のつけない精霊の王たる存在が告げたその言葉に間違いはないだろう。


(誰かが、意図的に灰色のなにかを発生させた?それが治癒術師の力を反転させるような、呪詛のようなものだったのだとしたら?)


 だと仮定するなら、先程『兄に来て貰えばよかった』と考えた彼女は思い切り見当違いだったということになる。

 むしろ兄を置いてきて正解だった……もしこの仮定が正しいなら、真っ先に倒れるのは兄なのだから。


 いてもたってもいられず、エリカは船室をそっと抜け出した。

 半日足らずで着くだろうからそれまで体を休めておくように、そう言われて各々船室を与えられてはいたのだが、今の話を聞いたことでとても休んでなどいられなくなってしまった。

 少しだけ迷ってから、リシャールが休んでいるはずの船室へと足を向ける。


(リシャール様のことだから、きっと眠ってはおられないと思うけど……)


 もし休んでいるようなら、無理に起こさず部屋に戻ろう。

 そう決めて彼の船室の手前まで来たところで、扉が薄く開いていることに気づいた。

 用心深い彼のことだ、きっと中にいるのは招かれざる客人で、扉をロックされてしまわないようにあえて開けているのだろう。

 それがわかった彼女は、ふと足を止めて少しだけ迷う。

 リシャールなら構わないと言ってくれるかもしれないが、他の者が休んでいるような時間にあえて彼の部屋を訪ねてくる者なら、エリカの訪れをむしろ邪魔だと思うかもしれない。

 そうすることでリシャールとその相手との関係性を悪くしてしまわないか……そう思った時点で、中にいるのが誰なのかエリカにも無意識にわかっていたのかもしれない。


「わたくしは、本気よ」

「…………」

「わたくしは女王。国を守るためならこの生命、惜しくないわ。もしこの生命を差し出すことで精霊王の怒りを鎮められるなら、喜んで身を捧げ」

「それは駄目です」


 否定してはいけないことはわかっていた。

 彼女は国の王、何より優先すべきは国なのだ。

 このまま手をこまねいて国を滅亡させてしまっては、命を捧げる対象を彼女は失ってしまう。

 だけど、国を守るためだとはいえ精霊王に命を捧げるなどと言ってしまえば、嘘を嫌う精霊王は本当に彼女の命を代償として求めてしまうはず。

 そして ──── エリカの知る光の精霊王であれば、そうして捧げられた命に何の興味も持たないだろうことはわかりきっている。

 彼女(ルクレツィア)は何より、魂の持つ輝きこそ好むのだから。




 割り込んでしまったことを、エリカはまず詫びた。

 そのことに、さすがの女王も苦笑いで応える。


「わたくしが貴方の旦那様に迫っている、とは思わなかったの?もしかしたら、真面目な話をしているふりをして二人で抱き合っていたかもしれないわよ?」

「申し訳ありません、その可能性は全く考えておりませんでした。が、もしそうだったなら…………わたくし、絶望のあまりこの船を沈めてしまったかもしれませんわ」

「…………っ、は」

「そうできるだけの力を、わたくしは有しておりますの。ですから女王陛下、わたくしの大切なものを奪おうとなさるおつもりなら、どうぞお気をつけあそばして」


 ニコリ、と微笑むその顔はこれまで通り儚げで。

 対してカサンドラは、笑い飛ばそうとして途中で凍りついてしまった間抜けな表情で、言葉を失ったかと思うと


「ふふっ……はははははっ。いいわ、貴方。見た目通りの気弱なお嬢様じゃないってことね。面白いじゃない。その方が断然いいわ」


 声を上げて笑いだした。

 そしてふと、表情を正す。


「そうね、誤解を解いておきましょう。わたくしがここを訪れたのは、精霊王が力をお貸しくださらない可能性について確認しておきたかったから。あちらに着いても、もし精霊王の協力を拒まれてしまった場合、今度は貴方がたまで危険が及んでしまうもの。いくらなんでも、他国からの支援者を犠牲にするなんてことはできないわ」

「……だから、あのようなことを?」

「ええ。精霊王がわたくしに憤っておられるというなら、この生命」

「いいえ。それは精霊王がお望みになりません」


 言わせるものか、とエリカは再び女王の言葉を遮った。

 これを宣言させてしまえば、彼女は本当に命を捧げねばならなくなってしまう。

 だから、不敬と知りつつも宣言を成せないように遮るしかなかったのだ。


 エリカは簡単に説明した。

 光の精霊王は何より魂の輝きに心惹かれる、だから命を賭けるような宣言は彼女の機嫌を直すには逆効果なのだ、と。


「わたくしは幼い頃に一度、死にかけたことがあります。その時に、何より『死にたくない、何としても生きたい』と強く願ったのです。その願いが届いて、光の精霊王はわたくしに加護を与えてくださいました。ですから女王陛下も、どんなに辛くても生き残るのだと覚悟をお示しください。きっとその心が、精霊姫様のお心に届くはずです」

「国のために犠牲になるのではなく、国のために生き残る……貴方を逃れさせた近衛は、そう願っていたはずです」


 性別も、年代も、背負ってきたものも違う、なのに側にいることが自然と様になっている夫婦二人に諭されて、カサンドラは「なんてお人好しなの、貴方達は」と呆れたように笑うしかなかった。





 着くまでに考えてみるわ、とカサンドラは自分の船室へと戻っていった。

 エリカもその場を後にしようとして、ふと何をしに来たのか思い出して足を止める。


「あの、先程精霊姫様と話していて気づいたことなのですが」


 彼女は、精霊姫がエリカがふと漏らした治癒魔術の逆という言葉を気にしていたこと、空気が淀んでいる、何か人為的なものが絡んでいると言っていたことなどを、リシャールに話した。

 もしかしたら、ミーシャという国に悪意を抱く誰かが呪詛のようなものを使い、治癒魔術を反転させるような仕掛けを作っているのかもしれない、という推測も加えて。


 彼は「そうか」と告げた後、ポンポンと己の隣を軽く叩いて座るように示す。

 エリカがそこに座ると、彼はその肩を引き寄せて自分にもたれかかるようにさせてから、髪を撫で始めた。


「……自然発生の可能性が低ければ、自ずと人為的なものだと想像がつく。だがその灰色の何かが晴れなければ、原因を究明しようにも動くに動けない」

「はい」

「だから女王は、精霊王の怒りをどうやったら鎮められるのかと私に聞いてきたんだ。同じ精霊王の加護を受ける者として、何か手がかりはないのか、と」

「……わかっています。誤解、してませんから」

「…………ならいいが」


 誤解されないように、リシャールは扉を閉めなかった。

 女王もまた、その意図に気づいただろうにそれを閉めようとはしなかった。

 その時点で二人が忍ぶ仲ではないことくらいわかる。


(正直、求婚されてたって話を聞いた時はショックだったけど)


 リシャールを信じる気持ちは十分にある、リシャールから愛されている自覚もある。

 だがやはり年齢差を埋められるわけではないし、今回のように彼につり合う大人の女性が現れると不安になってしまうのは事実だ。


「誤解は、してませんけど……」

「うん?」

「…………少し、寂しかったです」

「そうか、すまない」


 ぎゅっと温かい腕に抱き込まれ、頭に頬を擦り寄せられる。

 獣のマーキングのようなその行為に、ふとすると笑ってしまいそうになりながらエリカはそっと目を閉じた。




「リシャール様、島が見え、っ!?」


 バン、といつになく乱暴に扉を開けて駆け込んできたジェイドは、ベッドの上で寄り添うように横たわっている二つの人影を見つけ、ギョッと目を見開いて数秒固まったかと思うと首筋まで真っ赤になった。


「お、お、お、お邪魔して、その、すみっ、すみませ、っ!」

「構わない。うたた寝していただけだ、起こしてもらえて助かった。──── エリカ、起きられるか?」

「んっ、…………リシャール様……すみません、眠ってしまったみたいで」

「少しでも眠れたなら良かった」


 まだ覚醒していないのか掠れた声で夫の名を呼ぶエリカと、そんな彼女を愛しげに見下ろすリシャール。

 婚約者がいるとはいえ独り身の、しかも年頃の少年にはどうにも目の毒な光景すぎたのか、ジェイドは「そ、それじゃ、そういうことで!」と慌てて駆け去ってしまった。


「……えぇと?」

「島が見えたそうだ。そろそろ下船の準備をしなくてはな」

「そう、ですか」


 何かの影響を受けないように、一行を下ろした船はすぐにウィスタリアの港へと引き返す手筈となっている。


(この騒ぎが解決するまでは、もう戻れない)


 ぎゅっと握りしめた手のひら。

 その上からそっと包んでくれる温かく大きな手の存在に、エリカは泣きたくなるのをグッと堪えた。




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