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49.一難去ってまた一難

新章、開始です。

といっても今回はちょっと短めの予定。

早速「嫌な予感」からスタートします。


 


 今でも、夢に見る。


 貴方なんて消えてしまえばいい、そう呪いの言葉を吐いたフィオーラを。

 満足しきったように微笑んで己の首を掻っ切った、テオドールを。


 純白のドレスに聖女の証であるサークレット、緩やかに膨らみはじめたお腹を撫でながら嬉しそうに笑っていたフィオーラ。

 八年間側で騙し続けた主を剣で刺し、『穢らわしいヒキガエルが』と罵ったテオドール。

 忌み子(エリカ)を害して幸せを手に入れたはずの彼らはしかし、幸せな結末を迎えることはできなかった。

 だからこそ、やり直しの生を与えられたと知ったフィオーラは歓喜しただろう。

 そして、意のままに動かない己の周囲に不満をつのらせていき、全てを消してしまえと暴走してしまったのだろう。


 同じように生をやり直したエリカは、やり直し前の記憶があったからこそ『今度こそは』と足掻くことができた。

 そのことで光の精霊王ルクレツィアに興味を持たれ、加護を受けて重度の魔力飽和を完治させるに至った。

 引きこもらなかったお陰で家族との関係性は良好だし、外に出たお陰でユリアという親友と出会うこともできた。

 ジェイドという側付きもいる、レナリアという厳しくも優しい友人もいる、何より愛する人がいる。


 幸せすぎて怖い、と感じたのは今に始まったことではない。

 いずれ裏切られるかもしれない、自分がいないところで蔑まれているかもしれない、お荷物になっているかもしれない、そう何度も思ったことがある。

『ヒキガエル』と蔑まれたかつての自分が、例え外見だけ改善されたとしても本気で人に愛されるのだろうか、求めてもらえるのだろうか、そう悩んだこともある。

 恋に恋してテオドールを側においていた自分が、他人を愛せるのかと自問自答したこともある。




「エリカ、おめでとう!うわあ、すっごく綺麗!」

「ありがとう。ユリアこそ、とても可愛いわ。侯爵夫人のお見立てはさすがね」

「あー、うん……公爵令嬢の婚姻式に出るんだから着飾りすぎないように、だけど品のある格好で、って母上様が張り切っちゃって。……ほんとに可愛い?変じゃない?」

「ちっとも。アマティ侯爵家の皆様に自慢したいくら可愛いわ」

「ちょ、なんっ、べ、別に、ダニエル様に言わなくったって、」


 頬どころか顔を真っ赤に染めて「あの」「そんなつもりじゃ」と言い訳を並べようとするユリアは、親友の欲目を差し引いても文句なく可愛らしい。


 始まりはダニエルの興味本位でのアプローチ、その気持ちが本気に変わった時からダニエルはそれこそ必死で、自分と同じ想いを抱いているだろう弟に先を越されまいと押して引いてを繰り返し、恥じらいは見せるものの中々付け込ませてくれないユリアを得るべく、父侯爵とユリアの父であるマクラーレン侯爵をも巻き込んで、正式に婚約を申し込んだ。

 最初は戸惑って「あたしなんかが」と珍しく弱気になっていたユリアだったが、そもそもダニエルはアマティ侯爵家を継がないこと、いずれはラスティネルのように分家を立ち上げること、分家であればさほど格式張ったものではないため礼儀作法も厳しくはないことを語り、


『だから安心して、俺に落ちてきて』


 その、彼女(ユリア)が小さい頃から憧れてきた王子様的なセリフで、最終的に同意を得たのだそうだ。


 ちなみに失恋した形になったニコラスはというと、兄が猛攻に出た辺りから敵わないことがわかっていたようで、今度は小姑のように「兄上に恥をかかせるんじゃないぞ」と事あるごとに注意を促しているらしい。


『まぁ、ニコル兄様はご存知なかったようですけれど、実は内々にティターニエル公爵家との縁組が決まっておりますの。先方のご令嬢はわたくし達の二歳下ですから、年が離れすぎということもございませんし』


 そうレナリアが笑顔で語っていたのだから、恐らく立ち直りは早いだろう。


 ティターニエル公爵家とは、先代の王弟が臣籍降下した際に賜った家名で、権力的にはローゼンリヒト公爵家よりも多少上に位置する。

 元々は王太子レナートの婚約者候補として名が挙がっていたのだが、娘が幼いこと、そして王家とは血が近いことを理由にして早々にそれを辞退してしまっている。

 今回の縁組は政略的な意味合いが強いが、それでも当人達の意思を完全無視して進められることだけはないだろう、というのがレナリアの見解だった。


(それに、ティターニエル公爵家はエルシア様の後見につかれたんですもの。これ以上、権力的な意味合いで上に立とうとはされないはずだわ)


 王太子妃エルシアの実家が不祥事を起こしたことで、後ろ盾のなくなった妃は排斥した方が良いという声が上がっていたようだが、それが表面化する前にティターニエル公爵家が妃の後見に名乗りを上げた。

 ローゼンリヒトと並ぶ一大権力者がバックについたことで王太子妃の地位についてあれこれ言う者は減り、レナートの支持体制も強固なものになったのだという。



「もう、エリカってば考え込んでてもお人形さんみたいで綺麗~!!このまま閉じ込めて、部屋に飾っときたい!」

「コラ。何を馬鹿なことを言ってるんだ」


 ゴスッ、と鈍い音がしてユリアの頭に拳が振り下ろされる。

 エリカに抱きつこうと一歩踏み出しかけていたユリアはその衝撃に蹲り、頭を押さえながら涙目で鉄拳制裁してきた()()を見上げた。


「酷いじゃないですかラス様ぁ。乙女の頭にゲンコツ振り下ろすなんて、紳士のやることじゃないですよぉ」

「煩い。閉じ込めるとか飾るとか危険な発言をした段階で、制裁決定だ。ほら、そろそろ式が始まる。見届人は先に礼拝堂で待つのが礼儀だろう」


 行って行って、と追い払うように手を振るラスティネルを恨みがましい目で見てから、ユリアは渋々控室を出ていった。


「…………全く。いつまで経っても代わり映えのしない。エリカ、少し甘やかしすぎたんじゃないか?」

「そうですか?……でもお兄様がいつも代わりに叱ってくださるから。まるで、もうひとりの妹ができたみたいに」

「まぁ…………そうだね。エリカのことは妹として勿論愛してるけど、ユリアも妹みたいなものだ。手のかかる子ほど可愛いと言うけど、あながち嘘ではないらしい」


 ただその『愛』が、男女のそれにはならなかった。ユリアも、きっとそうだろう。

 彼女には求めても得られなかった『兄』がいて、その『兄』からは冷たく拒絶されてしまったというトラウマを持っている。

 だから今度こそと最初こそはラスティネルにその『兄』を重ねて見たのだろうが、次第にそれはラスティネルに対する敬愛の感情へと変わっていったのだと、ユリアはそう教えてくれた。

 エリカを本当に大事にしている『兄』……そんな彼と接しているうちに、自分と『兄』の変えられなかった関係性を悔やむ気持ちも、『兄』への歪んだ愛情も、仲睦まじい兄妹を妬む気持ちも、溶けてしまったのだ、と。


「あら、でも……もう少ししたら、義理でも()になるのでは?」

「…………それを言ってくれるな。今から頭が痛い」


 学園を卒業した後、『ローゼンリヒト()()』となって本家から籍を外したラスティネルだったが、分家を立ち上げるためにはあれこれやることが多い上に父である公爵から今度は『分家の当主』としての教育まで受けねばならず、とてもじゃないが自身の結婚問題にまで手を出している余裕が彼にはまだなかった。

 正式に婚約者となったレナリアも、これまで社交が嫌いだからと滅多に茶会等に出ず引きこもっていただけに、今後は侯爵夫人となるべく改めて母から社交術について叩き込まれているのだという。


 どちらかというと同志のような間柄、と二人が口を揃えて言うように、今後は二人で相談しあいながら問題ごとを乗り越えていくことになるのだろう。



「おっと、時間を取りすぎてしまったみたいだ。父上が扉の前で今か今かとお待ちかねだ。行こう」

「はい」


 差し出された兄の手に、エリカも手を乗せた。

 本来なら共にバージンロードを歩く父が迎えに来るはずだったのだが、兄がそれでは不公平だからと珍しく我儘を言い、双方譲らなかったため折衷案として兄が控室から礼拝堂まで、父がその後のバージンロードを、という役割分担が決まった。


(なんだか、不思議。かつての私なら、ドレスを着ることもバージンロードを歩くことも諦めたでしょうに)


 今彼女が着ているのは、パールホワイトのドレス。

 当初は純白にしようかという意見もあったのだが、それはあの悲劇を思い出すからとエリカとリシャールの二人が揃って意義を申し立て、それならと似た色合いでありながら真珠のような光沢のある生地でドレスを作ることに決まった。


 かつての彼女なら、例え寸前に魔力の調整をされていたとしても、途中で飽和が始まってしまうことを恐れてこんなドレスは絶対に着なかっただろうし、もし結婚することができていたとしても大勢の人の目にさらされる婚姻式など嫌がって、内々に書類を提出して終わりにしていただろう。

 そもそも、結婚することができていたかどうかも怪しいものだが。


 それが、15歳となった今……愛してくれた、そして自分も愛した人とこうして婚姻式に臨もうとしている。

 書類上の婚姻はもう成立しているので、今回は形式上のお披露目のみだ。

 この式が終われば、後は彼女の社交界デビューも兼ねた夜会で他の貴族達に公に披露し、リシャールはここで正式にローゼンリヒト次期公爵として発表される。

 といってもまだまだフェルディナンドが現役であるため、しばらくは次期公爵として領主の仕事を手伝いながら、王太子の補佐役の仕事もこなしていくことになるのだが。


(私ももう、公爵令嬢じゃない……リシャール様の妻として、そのお手伝いをしなければ)



「エリカ、浮かない顔だね?気分でも悪い?」

「え?……いえ、その、緊張してしまって」

「大丈夫。婚姻式の見届人は基本的に親しい者だけだから、見知った顔しかいないよ。その後の夜会は……まぁ、有象無象に絡まれるだろうけど」


 そこは仕方ないよ、と苦笑を浮かべる兄を見上げてエリカも小さく笑みを浮かべる。

 そろそろ父の待つ礼拝堂の入り口にたどり着こうとした、その時


「ラスティネル様、お待ちを」

「…………どうした、何かあったのか?」

「は。お耳を拝借」


 小走りで駆けてきたのは、この礼拝堂の警備を任されているローゼンリヒト領の有能な警備隊員の一人。

 彼は何事かラスティネルの耳元で告げ、そしてエリカに対して一礼すると身を翻して駆け戻っていった。

 その、慶事に似つかわしくない慌てた様子に、エリカの胸がざわめく。


「お兄様、一体何が?」

「……ごめん、エリカ。少し予定と違うことが起きたみたいで、今父上が自らそれに対応されているらしい。これ以上式を延期するわけにもいかないから、僕が行って父上と替わってくる。それまでここで…………あぁっと、一人で待たせるのは危険か。ウィリアムを呼んで、一緒にいてもらってくれ。いいね?」

「……わかりました。お兄様、どうかお気をつけて」

「ありがとう」


 行ってくる、と駆け出していった兄を見送ってから、エリカは「ウィル、来て」と使い魔を呼び出した。


「ウィル、外で何が起きているのか探れるかしら?」

「んーっとですねー…………なんか、派手なドレスを着た女の人が騒いでて、それを騎士の人達が止めてるです」

「…………ドレスの女の人?」


 今日この礼拝堂近くは人払いがされてあり、見届人と親族以外は近寄れないように警備が布かれている。

 その警備に詰め寄っている、ドレスを着た女性……嫌な予感しかしない。


「式なんてやってる場合じゃない、今すぐ主役の二人を連れてきなさい、って叫んでるですよ?」


 益々嫌な予感しかしない。

 が、父が、兄がその対処に向かってくれているというのなら、それに甘えているわけにもいかない。


「ウィル、このことをリシャール様に知らせて」

「マスターはどうするです?」

「私は ──── 私が、呼ばれているんだもの。話を聞いてくるわ」




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