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45.突然の幕引き

 


 逃げ惑う招待客。

 彼らを避難させなさい、とエルシア妃が命じる声。

 殿下方もどうぞ避難を、と声を上げる近衛騎士。

 城内にいた他の騎士も駆けつけ、その中には青の制服を身に纏った魔術師達の姿もある。

 彼らは荒れ狂う風を抑えるべく会場内に結界を張り、反対属性である地属性の魔術を使って所々に土の壁を作り、そこを通路として皆が逃げられるように騎士のサポートを務めているようだ。


 こんな騒動が起きてしまっては第二妃派も行動を起こせないと悟ったのか、参加者もそのパートナー達も我先にと会場の外へと逃げ出して行っている、そんな中。

 エリカは、意を決したように「ウィリアム、来て!」と使い魔を呼び出した。

 そして、戸惑ったような視線を向けてくるリシャールに、決意のこもった眼差しを向ける。


「リシャール様、どうかお手伝いをお願いできますか?」

「…………わかった。力を貸そう」

「ありがとうございます。……ウィル」


 いらっしゃい、と小さな使い魔を抱き寄せたエリカは、そっとその耳元で囁く。

 ウィリアムがためらいがちに頷いたのを見ると、彼女は毅然とした表情で前を向いた。



「光の精霊王ルクレツィア様、どうかこの場に清浄なる光を。悪戯な風をも消し去り、すべてを浄化する輝かしい力をお与えください」

「せーれーきさま、おいでくださいですー!!」


 エリカの祈りとウィリアムの叫び。

 これに応えるように、パーティ会場のほぼ中央……今風が最も荒れ狂っている場所に、光の柱が立ち上った。

 柱は徐々に人の形になり、豪奢な金の髪と同色の瞳を持つ人外の美女を形作る。


『妾を呼び出したからには、もはや後戻りはできぬぞ愛し子よ』

「はい。覚悟はしております」

『ふむ、良い目をするようになったの。……良かろう。そなたは光の精霊王ルクレツィアの愛し子、妾の加護を受けし子の願いは聞き届けねばな』


 言いながら彼女は、まだ抵抗するかのように襲いかかってくる竜巻を一瞥し、つまらなそうにフンと鼻を鳴らしてその手を一振りした。


『いつまで悪あがきしておる。貴様のオイタは二度目じゃ、容赦はせぬ』


 甲高い断末魔の悲鳴を聞き取ったのは、精霊姫ルクレツィアとウィリアムの二人……そして『オイタ』の報いを受けた精霊が加護を与える者のみ。

 何が起こったのか他の者にはわからなかったが、魔術師数人がかりでも抑えきれなかった暴風がピタリと収まったことから考えて、それを成していた精霊に何かがあったことは理解できる。



『さて、この場を浄化する前にまずは混乱を収めねばな』

「心得ております」

『そうか、では任せよう』


 一歩前に進み出たのはリシャールだ。

 彼は左胸に手を当て、まるで騎士の誓いをするかのような姿勢で瞳を閉じ、「闇の精霊王よ、この場に安息と安らぎをもたらしたまえ」と声を上げた。

 それに応じてふわりと宙に現れた闇の塊が、黒髪との瞳を持つ年齢不詳の青年の姿を取る。

 その姿を見た瞬間、エリカは呆然としたように「キール」と呟いた。


『我が加護を与えし者よ、その願いを聞き届けよう。……闇よ、荒れ果てしこの場に安息を。乱れし心にやすらぎを与えよ』


 青年が手を宙にかざすと一瞬その場が暗くなり、それが晴れた時には皆不思議と穏やかな表情で立ちすくんでいた。

 血が流れた地面は跡形もなく、倒れ伏して動かない人影も表情だけは穏やかに、逃げ惑っていた人々も足を止め、怪我人のぱっくり裂けた傷口も癒えている。


『さ、これでいい。それじゃ後は頼んだよ、精霊姫』

『無論。……光よ、全てを浄化せよ』


 風が抉っていった大地は元通りに、刈り取られた花は再び咲き誇り、倒されて壊れたテーブルやベンチも元のまま、踏み潰されて見る影もなくなった料理は全て消され。

 あの暴風によって被害を受けたもの全て……といっても崩れた料理と奪われた人の命だけは戻らないが、それ以外は全て元通りになっていく。


「光の精霊王と闇の精霊王……」


 こんなことが、と魔術師の一人がそう呟く。

 精霊の加護を得た者というだけでも希少であるのに、『王』と名のつく最高位の精霊に加護を受けた者がこの場に二人。

 奇跡だ、と誰かが言う。

 これは夢だ、と誰かが呟く。

 そんなざわめきを背に受けながら、用がすんだとばかりに精霊王二人は瞬時に姿を消した。



「どうして」という声が、先程風が発生した辺りから聞こえた。


「どうして、上手くいかないの?わたくしは、グリューネ侯爵家の娘……いずれはルーファス様の婚約者となり、その後聖女に選ばれて聖騎士と結ばれる、そうでなくてはおかしいの。なのにどうして?どうして、わたくしは伯爵家に養子入りさせられたの?どうして、テオドールをお兄様と呼ばなくてはならないの?どうして、ルーファス様は他所の女と婚約しているの?どうして、テオドールはわたくしを見てはくれないの?」


 フィオーラは地にぺたりと座り込み、うわ言のようにどうしてどうしてと呟いている。

 他の者が聞いたならただの我侭かと呆れるだろうその言葉はしかし、エリカにとってだけは違う意味を持っていた。

『聖女に選ばれて聖騎士と結ばれる、そうでなくてはおかしい』……彼女のその言葉から、わかったことがひとつ。


(フィオーラも……かつての生の記憶があるんだわ。それなら、私に対して殺意を抱いた理由もわかるもの)


 どういう理由からか、エリカと同じようにかつての生の記憶を持っていたフィオーラ。

 かつての生においてそうだったように、今世でも彼女は皆に愛され、テオドールを側に置き、第三王子ルーファスと婚約した後に聖女へと選ばれ、そして愛する者と結ばれることを夢見ていたのだろう。

 しかしどういう理由からか、歯車が狂ってしまった。


 かつて、第一王子の婚約者はエルシア・グリューネではなかった。

 しかし今世ではエルシアが選ばれ、その煽りを食らってフィオーラと第三王子の婚約はなくなり、彼女はそれでも権力に執着する母によって伯爵家へと養女に出された。

 そこで、かつて愛し合ったはずのテオドールには冷ややかな目で見られ続け、どれだけアピールしても叶わない恋に自暴自棄になって荒れ、かつては社交界の華と憧れられた彼女が今は出入り禁止にされるまでに落ちぶれてしまった。

 当然そんな彼女が聖女に選ばれることなどない。


「わたくしは、聖女になるために生まれたの。そしてテオドールと()()幸せになるの。それが叶わないなら……そんな世界なんて、壊れてしまえばいいんだわ。そしてもう一度、やり直せばいい。だから、ねぇ…………みんな、死んでちょうだい?」


 フィオーラが、魔術を使おうと手を掲げる。

 だが力を貸すはずの精霊達は皆先程現れた精霊王二人の報復を恐れ、誰ひとりとして彼女に近寄ろうとはしない。

 それもそのはず、フィオーラに加護を与えていた中位の風の精霊が手の一振りで消されてしまったのだ、低位の精霊などひと睨みで消されてしまいかねないのだと、彼らにもわかっているのだろう。



 魔術が発動しないことで、フィオーラは呆然とした眼差しを彷徨わせ……視界にエリカの姿を認めると、眦を吊り上げた。


「そう、貴方の仕業なのね?また、わたくしの邪魔をするつもり?……そう、そうだわ、貴方が悪いのよ。どうして貴方が光の精霊王の加護を受けているの?その姿も、精霊王のお力で叶ったのでしょう?でなければヒキガエルの貴方がそんな綺麗になるはずないもの。ヒキガエルはヒキガエルらしく、沼地に沈んで泣いていればいいものを。そんなまやかしの姿で、第二王子を誑かしたんでしょう?そして第二王子の支援を受けたから、王太子殿下はあの冴えない義姉と婚約した。そしてわたくしは…………全て貴方の所為。テオドールが貴方なんかに惑ったのも、わたくしの婚約が叶わなかったのも、聖女になれなかったのも、全て。貴方の所為よ。貴方なんて、消えてなくなればいいんだわ。ええ、そう。消えてちょうだい。そこの邪魔な義姉も、用済みの第三王子も一緒にね」


 そうしてフィオーラの視線が、隣に立つ青年に向けられる。

 一体何人をその手にかけたのか……彼は未だ血に濡れた剣を手に持ち、返り血を浴びたタキシードを身に纏ってその場に立ち尽くしていた。


「テオドール、ねぇお願い。邪魔者を消して頂戴。うまくいかない原因はあの人達にあるの、だから彼らが消えればきっと幸せになれるわ」

「………………」


 フィオーラの願いを受けて、テオドールが一歩踏み出す。

 ハッと正気に戻った騎士達が彼を止めようと駆け寄るが、それより早く彼は手にした剣を振りかぶって ────── 袈裟懸けに振り下ろした。


「え、なに、きゃあああああっ!!」


 隣で彼を見上げていた、義妹の体の上に。

 そして義妹が地に倒れ伏すのを見届けると、今度は自分の首の上に。




 悪夢のような一時だった。

 せっかく安らぎの術をかけられ落ち着いていた参加者達は、この惨劇に再びパニックに陥る。

 逃げ出そうとして騎士に止められる者、その場にへたりこんで失神する者、失禁しながら泣き出す者、食べたもの全て嘔吐する者……修羅場にはある程度耐性がついているはずの騎士や魔術師でさえ顔色を失くし、エルシアや年若い王子・王女は失神寸前だ。


 間近でその惨劇を見届けたエリカも、気を失ってリシャールの腕の中。

 ユリアやレナリアも倒れはしないまでも真っ青だ。


「何があったっていうんだ、一体。……リシャール、お前説明できるか?」

「……推測で良ければ」

「それでいい。どうせ殿下には事情を聞かれるだろうが、その前に聞かせてくれ」


 リシャールは、華奢な妻の体を抱きかかえたまま、この惨劇の顛末について予測も交えて語った。


 フィオーラはどういう理由からか、自分はいずれ聖女になるのだという夢を持ち続け、その伴侶である聖騎士には愛する者……ユークレスト伯爵家のテオドールがなるのだと信じて疑わなかったらしい。

 聖女になるためには正神殿に出入りできるだけの身分が必要、だが義姉エルシアが第一王子の婚約者になったことで、フィオーラは決まりかけていた第三王子の婚約者候補から外され、正神殿へ出入りできる身分にはなれなかった。


「そりゃまぁ……夢見る乙女にとっちゃ悲劇かもしれないが、だがそれだけだろ?」

「王太子殿下がどうしてエルシア妃を選べたのか……政略的な意味合いの薄い婚約者を選べたのは、私が早々に兄上の支援に回ったからだ。そしてその背後には、婚約関係を結んだローゼンリヒト公爵家という後ろ盾まである。そのローゼンリヒトの所為で、ユークレスト伯爵家は没落寸前まで追い込まれた。何もかもがエルシア妃と私、そしてローゼンリヒト家の所為だと彼女はそう思い込んでしまったのだろう」

「おまけにその想い人はどうやらローゼンリヒトの掌中の珠を想っているらしい、とあれば尚更でしょう」

「そうか…………そりゃ随分と……って、単なる逆恨みだろうが」


 ふざけんな、と吐き捨てられた言葉はこの場には到底似つかわしくなかったが、それでもそれを聞き咎める者は誰もいない。

 皆、言葉の違いはあれど似たり寄ったりの気分なのだろう。



「それにしても」と今度はニコラスが口を挟んだ。


「最後の最後、どうしてユークレストは彼女を裏切ったのでしょうか?もし彼女の所業を咎めるのであれば、そもそもパーティになど連れて来なければ良かったものを」

「それは恐らく、何らかの薬を用いるなどして精神操作していた所為だろう。明らかに彼の目は正気ではなかった。違法の薬物だろうが、そのあたりは魔術師団か医局辺りで調べてくれるだろう」

「だったら、最後はどうして」

「…………これも推測だが。闇の精霊王の安らぎの術と、光の精霊王の浄化の術、これが薬の作用を消したのではないかと私はそう思っている」

「あぁ、なるほど……」


 最後の最後に精神操作が解け、正気に戻ったのだとしたら。

 彼はきっと己の成した所業を悔い、身勝手な理由を垂れ流す義妹を憎み、王家のパーティを血で穢した責任を取って元凶を討ち、己も自害したのだろうと思われる。

 だがきっと、テオドールが最後に何を思ってあの行動に出たのか、わかるのは彼自身のみ。

 残された者は周辺を調査し、推測を組み立てるしかできない。



 残された彼らが揃って陰鬱な表情になった時、遠くから駆けてくる王太子レナートの姿が見えて、男性三人は期せずして同時にため息をついた。


 面倒事はどうやらまだ終わってはくれないようだ、と。




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