43.終わりの始まり
ちょっと間が空きました。すみません。
ガーデンパーティ当日。
アマティ侯爵家から王城までさほど距離がないとはいえ、先日のような事故があっては困るとのことで、参加者達は二台の馬車に分かれて早々に邸を出発した。
一台にはリシャール、エリカ、ダニエル、ユリアの四人。もう一台にはレナリアとニコラス、そしてパーティ会場には入れないが周囲を警戒するための騎士が二人。
結局、ギリギリまで行く行かないでモメた挙句、ダニエルはユリアのパートナーとして参加することが決まった。
元々ユリアは同じく招待を受けているジェイドにパートナーを頼むつもりだったのだが、彼女の隣にいる限りダニエルはすこぶる調子がいいとあって、それならと彼の参加が決まったのだ。
ちなみに、ジェイドには決まった時点で通信具で連絡を入れてあり、彼は姉にパートナーを頼んだから大丈夫だとの返事だった。
「王城までさほど時間もかからないはずだが……いくつか忠告しておく。まず、誰に誘われてもパートナーから離れることはしないように。特にダニエルはユリア嬢と一定以上離れると体調が悪くなってしまう。魔力を調整する魔術具は、いらぬ疑いを避けるために今日はつけていないからな。ユリア嬢、頼んだ」
「わ、わかりました……」
「それと、仮成人が参加対象とあって今回は第三王子と第二王女も参加する。どうやら王太子殿下はこのパーティにて、内々に決まっているこの二人の婚約相手を発表するつもりらしいな」
「まぁ、第二妃が無期謹慎中だからな。大々的なパーティは控えようってことになったんだろ。……というのが建前で、その実参加者の中に紛れ込む過激な第二妃派を動揺させようって魂胆だろう」
(ということは、その婚約者の家は正妃派もしくは中立ということね。それとも、奇をてらって国外の貴族かしら?)
第三王子ルーファスと第二王女アリエッタは双子で、今年12歳。
仮成人を済ませたばかりの彼らは、来年の学園入学に向けて基礎教育の仕上げの真っ最中だろう。
そんな彼らの婚約……本来なら母親である第二妃主導のもとで披露パーティを催すところだが、第二妃は現在第一線を退いて離宮へと移り住んでおり、最低限の公務以外は露出を控えている。
そこで、王太子妃主催のパーティにて婚約を発表し、後々第二妃が戻ってきた際には正式にお披露目式をやることに決まったらしい。
第一王女が北の国アルファードに嫁いでいることもあり、第二王女は国内の貴族に嫁ぐ方向で話が進んでいるようだったが、今はそこまで関係を深めなければならない家もないようで、嫁ぎ先にはやはり国外をという声もあるとのこと。
第三王子は王太子のスペアだ、もしレナートに何かあれば彼が王位を継がなければならないため、国外に出ることはできない。
が、公爵位を賜って臣下に下り国外の貴族令嬢を娶った例なら、これまでにも多くある。
色々と考えているうちに、馬車が王城に着いた。
王城の入り口からパーティ会場である中庭までは直接馬車では向かえず、王太子宮の手前で降りなければならない。
護衛によって開け放たれた扉、そこからまずは男性二人が降り、次いで降りる女性二人に手が差し伸べられる。
「さ、ユリア嬢。お手をどうぞ」
「だっ、大丈夫です!あたし、一人でも降りられますから!」
「そうはいかない。エスコートするのは紳士の嗜みだ。そして、上手にエスコートされるのは淑女の嗜みだよ。…………大事なお友達に恥をかかせたくないだろ?」
「う、っ」
「さあ、お手を」
ダニエルの紳士然とした実に胡散臭い笑みに、ユリアは盛大に引きながらも渋々その手を取る。
そう、彼女は王太子妃に招かれたマクラーレン侯爵家のご令嬢なのだ。
ここで普段のようなお転婆を発揮してしまえば、笑われるのは実家だけでなく行儀見習という名目で滞在しているローゼンリヒト公爵家も嘲られる。
幸い鬼畜仕様でビシビシマナーを仕込んでくれたスージーのお陰で、淑女マナーはほぼ完璧に近い。
淡い水色のドレスを身に纏い、首にはターコイズブルーのネックレス。
珍しい薄紅色の髪はハーフアップにして、レースの手袋を嵌めた手を隣に立つチャコールグレーの髪の整った顔立ちの青年に預けて進む。
マナーとして薄く化粧をしていることもあり、普段の彼女とは比べ物にならないほど大人びていて美しい。
「マクラーレン侯爵令嬢ユリア様、お着きー!」
パーティ会場入り口で騎士がそう叫ぶと、ユリアは緊張のあまりビクリと身をすくませた。
「心配いらない。このようなパーティでは主催者、参加者共に入り乱れるからな。ああして誰が到着したのか叫んで、主催者に知らせるんだ」
「で、でもあれじゃ注目を浴びるじゃないですか」
「そうだな。特に君は落ち人で、俺は病持ちの半引きこもり……さぞや注目の的だろうなぁ」
「ちょ、脅かさないでくださいよー」
「ははっ、すまん。だが脅したわけじゃないぞ?」
前を見ろと促され、視線を正面に戻すとそこには彼ら二人を興味津々といった様子で眺める参加者達。
ユリアと同年代の少年少女がほとんどだが、兄姉や親らしき年上の大人の姿もちらほら見られる。
(あの中の、どれだけが敵なんだろう……)
流石に全員が敵ということはないだろうが、このパーティ自体が王太子に仕組まれたものならきっと、かなりの人数が参加者として名を連ねているはずだ。
その中から何人が刺客として送り込まれているのか……一体このパーティで何をしでかすつもりなのか、ダニエルもリシャールも「確定ではないから」とはっきり教えてはくれなかった。
ただ、馬車内でリシャールが言っていたように、今回は互いのパートナーの側を決して離れない、そのことが重要なのだと聞いている。
(だとするなら、今回あたしが守らなきゃいけないのはこの人だ)
チャコールグレーの髪に、ターコイズブルーの双眸。
ニコラスのような精悍さはないが、レナリアのような女性っぽさもない男らしい顔立ち。
タキシードは髪色に合わせた濃いグレーで、首元を飾るクロスタイのワンポイントとしてチェリーレッドのピンをつけている。
「…………ん?」
ユリアの視線に気づいたダニエルが、「もしかして俺に見惚れてた?」と茶化して笑う。
しかし彼女は照れも慌てもせず、
「必ず、守りますから。絶対に側を離れないでくださいね」
そう告げて、覚悟を決めたように頼もしく微笑んだ。
「…………それ、本当なら俺が言わなきゃいけないセリフなんだけど……なんつー男前……」
惚れるだろ、とどこか照れたように呟かれた言葉は、ダニエルの口の中だけで消えていった。
「ローゼンリヒト公爵令嬢エリカ様、お着きー!」
エリカも、ユリアと同じで王城のパーティに参加するのは初めてだが、貴族の家に招かれてのホームパーティ程度ならリシャールと一緒に何度か参加経験がある。
形だけであっても既婚者なのでアッシュブロンドは綺麗に結い上げ、顕になった首筋と耳元にはワインレッドの魔石を使ったアクセサリー。
ドレスは彼女の好きなサクラ色のスレンダーライン、昼間のパーティとあって刺繍も光の反射を最低限に抑える艶を消した銀色の糸を使っている。
隣に立つリシャールは黒に近い紺色のタキシードで、ピアスと首元のタイピンがラピスブルーだ。
二人は、パートナー同士でも親密な間柄の者がそうするように、腕に手を絡ませて寄り添うようにして入場した。
10歳違いで身長差もあるこの二人の登場に、事情を知る者も知らない者も興味津々な視線を向けてくる。
ここで慌てず騒がずニコリと微笑み返すだけの余裕を、エリカは最近になってようやく持つことができた。
それもこれも、全く表情を変えないクールな……と言えば聞こえは良いが、集う人々の色とりどりなオーラを見てしまってゲンナリする内心を綺麗に押し隠しているパートナーのお陰である。
向けられる視線に悪意があれば彼がすぐさま庇ってくれる、つまり彼が見た目クールに飄々としているのなら特に悪意はないということだからだ。
彼らは先を歩いていたダニエルとユリアの二人と合流し、四人揃って主催者であるエルシア妃の元へ向かう。
エルシア妃とリシャール、ダニエルは学園の同期生だ。
所属していた科こそ違うが、王太子レナートを間に挟んでの交流は多少ある。
それぞれが名乗り招待へのお礼を告げると、エルシアは親しげな笑みをリシャールとダニエルに向けた。
「リシャール様、ダニエル様、お久しぶりですわね。公の場には滅多に出られないお二人が揃って参加してくださるなんて、光栄ですわ。特にダニエル様、体調はよろしいんですの?」
「お気遣いありがとうございます。ここ数日体調がかなり良いもので、せっかくですから妃殿下に御挨拶をと思い参りました」
「まぁ、そうでしたの。それは何よりですわ。殿下がお知りになればさぞかし喜ばれることでしょう。……そうですわ、後で殿下も遅れてご参加くださるそうですの。もしお時間と体調が許すようでしたら、それまでいらしてくださいませ」
「そうですか。久しぶりに御挨拶申し上げたいですし、是非」
にこやかに微笑みながら交わされる会話を、ユリアは神妙な表情で、リシャールは無表情で、エリカは緊張した面持ちで聞いている。
(王太子殿下が来られる……それってつまり……)
初めてこんな大掛かりなパーティを主催する妃の労いに、という建前のもと王太子が顔を出す。
それは、彼の狙い通り第二妃を担いで甘い汁を吸おうとする第二妃派の中でも過激派と呼ばれる面々を、彼が断罪する時でもある。
ここに呼ばれている第二妃派の参加者のうち、一体何人が実際の行動に出るかはわからない。
まさか全員が揃って行動を起こすわけもないだろうから、きっとその代表格である数人が同時に同じ使命を帯びているだろう。
狙われるのは王太子妃、その犯人として槍玉に挙げられるのは恐らくローゼンリヒト家。
理由としては、元第二王子リシャールが第三王子派……ひいては第二妃派に乗り換えるため、第二妃を第一線から引かせた原因であるエルシアの暗殺を企み、その功績をもって第二妃に擦り寄ろうとした、とでもするつもりか。
理由はこじつけだろうとなんだろうと構わない、ただ王太子と元第二王子という最強の繋がりに亀裂を入れることができるなら。
ローゼンリヒト公爵家が勢いを無くす、そのきっかけが作れるなら。
だけど、とエリカはこうも思う。
この場で最も狙われやすいのは当然エルシア妃だが、もしローゼンリヒト公爵家を失脚させるのが目的ならもっと違う方法もあるのだ、と。
(お父様もお兄様もお姉様だって、私をわかりやすく溺愛してくださってる。……そんな溺愛する娘や妹が、誰かに殺されたら?)
彼女の家族なら、きっと犯人に対し憤るに違いない。
もし公に裁かれない立場の者なら、復讐をと考えてもおかしくはない。
さすがに自ら剣を取って立ち向かうほど冷静さに欠けるとは思えないが、少なくともやられっぱなしで終わりにするほど割り切れもしないだろうとはわかる。
そして、その溺愛ぶりを知っている者なら……手っ取り早くエリカを狙ってくる可能性もあるのだ。
「ユークレスト伯爵令息テオドール様、お着きー!」
不安と緊張で胸を痛めていたエリカの耳に飛び込んできたのは、このガーデンパーティの影の主役といっても過言ではない彼の名前。
入り口へ視線を向けるまでもなく、会場内がざわめく。
感嘆の溜息と、パートナーを羨む声…………そして、聞こえてきたのは確かな嘲り。
「礼儀知らず」「マナー違反」「はしたない」「どういうおつもりかしら」
そんな声が気になって目を向けた先
純白のドレスにはところどころ銀糸で刺繍がされており、大きく開けた胸元には大粒のアメジストをあしらったネックレス。
髪は結わずにおろしており、額に見えるのは古の聖女がつけていたとされるのと恐らく同じ形のサークレット。
「………………あ、…………あぁ……」
「エリカ、落ち着け」
「…………フィ、オーラ……」
『わたくし、身篭りましたの。……テオドールの子ですわ』
忘れもしない、あの日あの時に彼女が着ていたそのままの格好で……しかし年齢は5歳ほど若い【宿敵】がそこにいた。




