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39.動き出した悪意

 


 エリカ達がアマティ侯爵家へ向かう日がやってきた。

 ギリギリまで「見送る」と言って聞かなかった父フェルディナンドは、エリカが馬車に乗り込んだタイミングで「そろそろお時間です」と筆頭執事セバスに引きずられて行き、代わりに「行っておいで」と笑顔で手を振る兄に見送られながら、馬車はローゼンリヒト邸を出発した。


 御者を務めるのは警備隊の中でも腕利きの元黒騎士二人、その他の護衛は馬に乗って邪魔になららない程度の距離で先行したり、追いかけたりしながら警護している。

 他にも暗部の者がついているが、その存在を悟らせることはしていない。


「ローゼンリヒトの警備隊は質が高いと評判だったが、さすが元黒騎士エリートなだけはある。……動く馬車を魔術でガードしながら進ませるなど、かなり緻密な制御を学んでいなければできないことだ」

「え、っと……リシャール様、黒騎士団って確か4つの騎士団の一つですよね?他の騎士団と違って、特定の役割が与えられてない特殊な位置づけだって親父様から聞きましたけど……エリート集団なんですか?」

「黒騎士団がエリートの集まりだというわけではない。ただ、エリートが多いというだけだ」


 赤騎士団は実力主義で、傭兵だろうが孤児出身だろうが実力と最低限の常識さえあれば出世できる、だからこそ実力のない者は例え高位貴族だろうと簡単に脱落するという、騎士団の中で最も厳しい集団である。

 白を纏う騎士団はそれとは逆に貴族出身者が大半を占める誇り高き集団で、実力はあるが事あるごとに赤騎士達と睨み合う姿が見られるのだとか。

 青を纏うのは『騎士』とは名前ばかりの通称『魔術師団』……つまりは魔術師の集まりであり、騎士服を身に纏い剣も携えるがひとたび魔術を使えば叩き上げの騎士と互角の戦いができるほどの実力を持つという。


 そして、黒を纏うのが黒騎士団……ローゼンリヒト公爵家フェルディナンドが創設したというまだ歴史の浅い騎士団だ。

 彼らは魔術騎士、つまり剣も振るうが魔術も使うという二刀流の使い手ばかりで、前線に放り込んでも後方で補助を任せてもはたまた諜報を任せても一流、という数が少ない割に実力は他の騎士団に劣らないほどだと言われる集団である。

 故に黒騎士イコールエリートだという噂が囁かれるものの、実際はそうではないとリシャールは語る。


「黒騎士団に入れるのはある程度の実力を持った者ばかり。その中でエリートと呼ばれるのは、実はほんの一握りなのだそうだ。……御者を務める彼らのように」

「……それってつまり、旦那様についてきた人達は皆旦那様に認められたエリートばっかりだった、ってこと……ですよね?」

「フェルディナンド様が抜けた後の黒騎士団は、しばらく立て直しが大変だったと聞いている」

「あああああ」


 そういうことかぁ、とユリアは改めて『旦那様』と彼女が敬意を払う相手の恐ろしさに頭を抱えた。


 黒騎士団を創立したというフェルディナンド、そんな彼を慕ってついてきた元黒騎士達。

 聞けば彼らは、エリカがまだ5歳の頃に下位貴族出身のメイドに害されて以降、ローゼンリヒト領内に決して悪意を抱く者が入り込まないように関所以外の出入り口を全て魔術で封鎖し、関所にも魔術の素養の高い者を置いて警戒を続けているという。

 当然、主とその溺愛する子供達の住まう邸の警戒体制は領内のどこよりも強固だ。


(旦那様最強伝説……そんな旦那様から最愛の末娘を奪っていくこの人って……)


 実は旦那様以上の器なんじゃ?とユリアは疑いの目を向けてみたが、なんのことだと真顔で首を傾げられてしまい、慌てて窓の外へ視線を向けてみた、その時


「エリカ、なにか来る!」

「わかったわ。ウィリアム!」

「はーい、任せるですー」


 ユリアが叫んだ途端馬車が何かの煽りを受けてグラリと大きく体勢を崩すが、それまでちょこんとおとなしく座席に座っていた使い魔ウィリアムがひらりと手を天井にかざし


「オイタはだめですぅ!」


 と叫ぶと、斜めに傾いだ車体が元のバランスを取り戻した。


 不測の事態に一度停止した馬車は、しかしすぐに動き始め……前よりも若干スピードを上げて目的地を目指し始める。

 御者台にいた者達も、ここに長く留まるのは危険だと判断したのだろう。

 情報を擦り合わせるのは安全な場所についてから、そうリシャールに諭されたエリカは、褒めて褒めてと得意げなウィリアムを膝の上で抱きかかえ、震える体を落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。




 ガタン、と馬車の揺れが止まったのは、夕闇が深まった頃。

 そっと窓の外を覗き見ると、石造りの関所があり何人もの警備兵に混ざって見慣れた顔がそこにあった。

 どうして、と思う間もなく馬車の扉が外側から開けられる。


「お待ちしておりましたわ、エリカ様。ようこそ、ユリアさん、リシャール様」

「レナリア、どうして……」

「そちらの護衛の方から、うちの魔術研究所まで連絡が入りましたの。何かあればと連絡用の魔術具をお持ちだったそうですわ」


 護衛として付かず離れず行動していた彼らは、馬車が傾いだあの時咄嗟に連絡用の魔術具でアマティ侯爵領へと魔力を飛ばしたらしい。

 それを察知した魔術研究所から侯爵家へ連絡が入り、非常事態ということでレナリアがこうして関所まで出向いてきたというのだが。


「いや、そうじゃなくって……なんでレナリアが来たの、って意味なんだけど」

「あら、申し上げておりませんでした?わたくし、魔術研究所の所長代理を務めておりますの。本日は我が家を取り仕切っております所長……長兄ダニエルに代わり、護衛も兼ねてお迎えにあがったのですわ」

「しょちょーだいり…………って、えぇっ!?」


 あらあらおほほ、と微笑むレナリアを前に、ユリアは「チートすぎる」「新手の悪役令嬢か」と意味の分からない呟きを繰り返しながら絶賛混乱中。

 その間にどうにか気を取り直したエリカは、レナリアに一礼してからリシャールの手を取って馬車を降りた。

 ウィリアムは人形を模してその腕の中に収まっており、御者の二人は膝をついて主を出迎えている。



 なにもないところですけれど、と案内された関所の談話室。

 そこでエリカは、まず御者の二人から道中の異常についての謝罪と説明を受けた。


「申し訳ありません、お嬢様。危険地帯を通ることは事前に領主様より聞き及んでおりましたのに、危うく皆様を危険に晒すところでございました」

「馬車自体が襲撃に耐えうるようにと防御結界を張っていたのですが、まさか馬車自体を吹き飛ばすほどの風の魔術をぶつけてこられるとは……思慮不足にて、誠に申し訳なく思っております」

「わかりました、謝罪は受け取ります。ところで、その風の魔術というのは?」

「それに関しては私が」


 と、説明を引き継いだのはリシャールだった。

 本来なら対処にあたったウィリアムが説明すべきなのだが、その存在を知らない警備隊員がいるため未だ人形の振りを続けたままだ。

 代わって、道中こそこそとウィリアムから事情を聞いていたリシャールが説明を引き受けた、ということらしい。


「ユリア嬢が真っ先に気づいたのだが、どうやらこの馬車を襲おうとした者がいる。その者が強い風の魔術を横合いから放ち、馬車ごと大木にぶつけようと仕向けたようだ。もしくは馬車が壊れても構わないと考えたのかもしれないが……それを()()()で防いだ、というわけだな」


 それを聞いたエリカの背筋に、冷たいものが流れ落ちた。


(馬車を大木にぶつけようとした?下手をすれば折れた木に押しつぶされて死ぬ可能性だってあるというのに?)


 術をぶつけた者はそこまで考えていなかったのか?

 ……否、リシャールのほんの僅かな躊躇いの中にこそ真実がある。

 彼も気づいているのだ。術者が、明確に馬車の中の貴人の命を狙ったことに。

 その対象が、ほぼ間違いなくエリカ・ローゼンリヒトだったことに。



 青ざめるその頬にリシャールが手を伸ばすより早く、震える肩をユリアがそっと引き寄せる。

 チェリーレッドの瞳は、真っ直ぐ警備隊員二人に向けたまま。


「ちょっと待って。さっき、旦那様から『危険地帯を通ることを聞いてた』って言ったけど……それ、どういうこと?旦那様は、仕掛けられることを知ってたってことなの?」

「はい、ある程度は覚悟しておけと。ですから、魔術に長けた者が護衛に選ばれたのです。敵わぬとわかったら、すぐにアマティ侯爵家へ連絡せよ、とも」

「ってことは、レナリアのところにも事前に連絡は行ってたってことか。……で、危険地帯ってどういうこと?あたし達は全然そんなこと聞いてないんだけど?」

「ユリアさん、落ち着いてくださいな。我々はあなた方の敵ではありません。ただ、空振りということもありますので、無用の心配をおかけしたくなかったというだけなのです」


 それにしたって、と不満げなユリアに向けてレナリアは淡く微笑む。

 彼女は、自分が頼ってもらえなかったことが不満なのだ。

 自分こそが親友を守るんだ、誰よりも役に立って見せるんだ、普段からそう意気込んでいる彼女だからこそ。

 だがだからこそ、侯爵令嬢であり赤騎士団長の養女でもあるユリアにいらぬ負担を与えたくない、とフェルディナンドはそう考えたのだろう。

 そして、黙っていたのはレナリアだけでは勿論ない。


「すまない。私もある程度は聞かされていた。先方がどう出てくるかわからない状況で、いざとなったら悪意を真っ先に感じ取れるのは君だ。だから余計なことで煩わせたくなかったのだが、話しておけばよかったな」

「そーですよ。今度からは仲間はずれにしないでくださいね」

「わかった。善処しよう」

「と、まとまったところで説明が途中でしたわね。……危険地帯というのが何を指すのか……ご説明致しましょう」


 護衛の方々はここで待っていらして、とレナリアは立ち上がりながら笑顔で釘を刺す。

 ユリア、エリカ、リシャールの順で立ち上がり、その場におとなしく控える警備隊員二人の横をすり抜けて、四人は談話室から更に上へ続く階段を登り始めた。




 やってきたのは、関所の屋上。

 そこから広がるを、レナリアは指差す。


「我がアマティ侯爵領と接しているいくつかの貴族領のうち、ローゼンリヒト公爵家から続く道に接しているのは、二つ。お恥ずかしながらわたくし、ご近所づきあいをしておりませんでしたので、つい最近になってその名前を知らされましたの。ひとつは、コール子爵家。そしてもうひとつはユークレスト伯爵家、ですわ」

「ちょ、ユークレストって、!」

「えぇ。ですから、警護体制を見直していただけるようにと、公爵閣下にお手紙を出させていただきました。ですが、まさか力技でこられるとは……やはり我が家からお迎えにあがるべきでしたわ。恐ろしい思いをなさったでしょう?申し訳ありませんでした」


 それはつまり、今回ローゼンリヒトの馬車が襲われたのはユークレスト伯爵領だったということだ。

 レナリアがそう確信を持ったのは、きっと通信具を持たされていた暗部からの報告があったからに違いない。

 そして今も、暗部の者達はユークレスト伯爵領に留まって、術者やその背景について調べているはずだ。


「…………ウィル」


 もういいわ、とエリカは腕に抱いていたウィリアムに呼びかける。

 決定的な証言は彼からしか引き出せないとわかっているからだ。


「はーい、マスター。なんです?」

「さっき風の魔術をぶつけられた時だけど、あの時どうやって術を返したのかしら?」

「えぇっとですねー……術を返したわけじゃないですよ。ただ、中位の精霊さんがいたずらしてきたから、オイタはダメですよって叱っただけですー。ボクを通じてせーれーき様が力を放ったので、おとなしくなってくれたみたいです」


 だからちょっと疲れたです、とどこかぐったりした様子のウィリアムに、横から手を伸ばしたリシャールが闇属性の魔術を使って力を与えてやっている。


「エリカ、それって」

「えぇ…………風の中位精霊の加護を受けた術者……彼女のことかしら」

「きっとそうだよ!エリカに何の恨みがあって!」

「まぁ、恨みなら色々あるとは思うけれど……」


 ユークレスト伯爵家が没落しかかったから、結果的にあれこれあって自分は格下の家に養女に来ることになった。

 姉のエルシアが王太子妃となり、その王太子夫妻の後見としてローゼンリヒト家がついたことで、第二妃の発言力が弱められた挙句実家のグリューネ家も力をなくした。

 こじつけだが、考えられる理由はいくつもある。

 だがまさか死んでもいいとまで恨んでいるなんて。

 そんな強い憎しみを向けられる理由が、彼女にはわからない。



 考え込むエリカの頭に、ポンと優しく乗せられる大きな手のひら。

 見上げれば、優しく細められるワイン色の双眸。


「術者がもし確定されたとしても、断罪は少し待っていて欲しい。罪人には然るべき場を設け、最も相応しい形で裁きを下そう。 ──── この身に流れる王家の血に誓って、必ず」




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