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38.策士は企む、残酷な罠を【閑話】

今回の閑話は前半王太子夫妻、後半アマティ侯爵家兄妹です。


 


「ふむ……なるほど。仮成人の者でも参加できる、昼間のパーティを主催して欲しい、と」


 王太子の執務室において、日に何十通と届けられる手紙を開封しては捨て、時には開封せずに焼き、を繰り返していた王太子レナートは、後継者争いから早々に離脱した賢い弟からのものを見つけると即座に開封し、その簡潔すぎる要件を読むと口の端をついっと吊り上げた。

 面白い、とその紫の双眸が語っている。


「なぁ、エルシア。どう思う?」


 と彼は、ちょうど午後の休憩をとティーセットを持ってやって来ていた妃をデスク越しに見やる。

 わざと聞かせるように呟いた言葉が聴こえていたのだろう、エルシアは「そうですわねぇ」と上品に首を傾げながらトントンと指先で頬を軽く叩いた。


「夜会は大人の集まりですし、それにまだ参加できない仮成人の方達のための集まりとなれば、ここのお庭でガーデンパーティなどいかがでしょう?お声をおかけするのは仮成人を迎えた年齢の貴族の方達のみ。成人なさった方はそのパートナーとしてなら参加も可能、としておけばなおよろしいのではありませんか?」


 勿論主催は王太子妃のわたくしが、と付け加えてエルシアは小さく微笑む。

 なるほど、それはいいね、と王太子レナートも笑顔で頷いて早速手紙の返事を書き、封をし終わるとリン、とベルを鳴らして侍従を呼びそれを託した。



 レナートは、どうして突然リシャールがそんなことを願い出てきたのか、大体の事情は把握している。


 リシャールは幼い頃から賢く、聡い子供だった。

 彼自身はいつからか平凡を、愚鈍を演じていたつもりだったようだが、レナートからすればそれすらも脅威に思えるほどの賢さだったのだ。

 側妃腹でなければきっと彼を担ぎ上げようとする貴族も多かっただろうに、父である国王が気まぐれに手を付けた相手の子というだけで貴族達は彼を侮り、嘲った。

 それこそが愚かだとどうしてわからない?

 あれの策略なのだと何故気づけない?


 レナートは正直弟が恐ろしかった。いつか、その愚鈍の仮面を脱ぎ捨てて牙をむかれそうで。

 だから、弟が王位継承権などいらないと捨てようとしていること、母である側妃を自由にしてやりたいと思っていることを知り、それならと協力を申し出たのだ。

 いずれ王位につくはずの自分を裏切らず、臣下として支えるようにと条件を出して。


「エルシア、信じられるか?王城内でいつも俯き、人形王子と呼ばれ続けながらも感情を封じ込めていたあの弟が。あいつが、私という権力者を頼ってまで守りたいと願う者に出会うなんて。それがまだ、仮成人したての少女だなんて」


(いや、出会った時はまだ5歳だったか6歳だったか……幼女趣味かとダニエルと一緒によくからかったものだが)


 ローゼンリヒト公爵の掌中の珠 ──── エリカ・ローゼンリヒト。

 魔力飽和という不治の病に打ち勝った、奇跡の少女。ダニエルを始めとする同じ病に冒されている者にとっての、小さな希望。

 絵姿を見たことはあるが、確かに儚げで守ってあげたくなるような美しい少女だった、とは思う。

 しかし中身のない美しさに、レナートは全く興味がわかない。

 美しさだけならエルシアの義妹であるフィオーラの華やかな顔立ちも負けてはいないだろう、だがこちらもレナートの好みとはかけ離れている。

 彼は、ただ守られるだけの儚さも、傲慢なまでの華やかさもいらない。欲しいのは、隣に並んで一緒に戦ってくれる、支えてくれる存在だけだ。


 だから彼は弟がエリカを選んだと聞いた時、その儚げな令嬢を利用するつもりなのだと知った時、なんと残酷なと嘲笑った。

 自分のためそして母のために10も年の離れた令嬢と婚約を結び、いずれ利用価値がなくなれば適当な理由をつけて婚約を解消するのだろう。その時、その令嬢をどれだけ傷つけるのか、相応の覚悟があって決めたのか、と。


 だが、真実はもっと単純だった。生まれてからずっと、王家という伏魔殿で育った彼には容易く理解できなかったが。

 かの少女との婚約を望んだのは、リシャール自身。

 婚約者という関係になり時間が取れる限り会いに出かけたのも、会えない時は手紙を欠かさなかったのも、母が暴走して幼い婚約者を傷つけてしまった時に婚約解消を切り出さなかったのも、彼女との関係をそこで終わらせたくなかったから。

 自覚のないままにずっと惹かれていたのだと……ただ単純にそれだけだったのだと、レナートは気づかなかった。



「わたくしは気づいておりましたわ。ローゼンリヒト家のご令嬢と婚約なされた後のリシャール様は、本当に楽しそうでしたもの。あの方を見ていて思いましたわ……10年という程度の差で良かった、と」


 今はまだ大きな年の差でも、これから歳を重ねていけばそのうち気にならなくなる。

 貴族であれ平民であれ、10歳程度の年の差夫婦というのは結構多い。

 片方が子供の頃からの知り合いというケースはそう多くないだろうが、それでもそれがそのまま結婚に繋がることなど貴族であればよくある話だ。


「リシャール様は心の内面を見られる方……そのご令嬢の心の色に惹かれたのだと思いますわ」


 ですから殿下、あまりいじめないで差し上げてくださいませ。

 己の片腕でもある妃にそう釘を刺され、レナートは面白くなさそうにフンと鼻を鳴らした。


「あまりリシャールばかりを持ち上げるな」

「まあ、殿下。妬いてくださってますの?」

「妻が弟とはいえ他の男を褒めるなど、いい気持ちのする夫などいない」

「でしたら、どうぞガーデンパーティの計画をお手伝いくださいませ。素敵な旦那様」

「ふっ、ちゃっかりしている。王太子を顎で使える者など、両親を除けばお前くらいだ」


 わかった、と彼は分厚い貴族名鑑を手にソファーセットへと移動し、妻と並んでパーティの参加者をリストアップし始めた。




「そういえば……お前の妹は()()()()()()が、構わないな?」

「何を今更。そもそも、それが計画の主軸でございましょう?」

「まぁ、な」


 仮成人を迎えた者達の中で、社交界に積極的に出て行くのは主に婚約者探しをしている者。

 それ以外だと爵位を継いだ後の顔つなぎだったり、他家への牽制だったり、下位の貴族であれば高位貴族に擦り寄る機会として捉えている者もいる。

 そんな中、わざわざ王太子妃が主催して仮成人者を対象にしたガーデンパーティを開く……王家主催なのだから参加は当然招待制で、招かれざる者は参加できない決まりだ。


 仮成人を迎えた貴族の子息令嬢全員を呼ぶわけにはいかないため、当然呼ばれるのはそれなりに王家に貢献していて、なおかつ素行に問題のない家の者に限られる。

 フィオーラが呼ばれないのはつまり、そういう理由だ。

 エルシアの実家であるグリューネ侯爵家であればまだしも、今のフィオーラはユークレスト伯爵家の養女だ。


 ユークレスト伯爵家といえば、数年前に先代当主がとんでもない大失態をやらかして社交界での失笑を買い、没欄寸前までいったという曰く付き。なおかつその家の復興に力を尽くしたとされる三男は【魔性】とまで呼ばれる美貌の持ち主で、本人の望む望まないに関わらず周囲がなにかと手を差し伸べてしまうという、まことしやかな噂の持ち主である。

 フィオーラ個人について言えば、このユークレスト伯爵家に養子入りして以降の素行がお世辞にも褒められたものではなく、仮成人した昨年からは特に派手に遊び歩いたりしているという。

 さすがに王太子妃の元身内とはいえ、このような素行の令嬢を呼ぶのは問題になる……というのが表立っての理由なのだが、勿論それには裏がある。


「あの子は義母によく似てプライドの塊のようなところがありますので、王家主催のパーティに呼ばれなかったと知ればさぞや憤慨することでしょう。義兄だけが呼ばれているなら尚更、なんとしても義兄をパートナーとして乗り込んでくるはずですわ」

「俺個人としては、あのテオドール・ユークレストも参加者から外したいところだが……まぁ、それをしてしまえば計画が狂うからな」

「えぇ。だってこのパーティは、彼らのための舞台なのですから」






「王家主催のガーデンパーティ、ですの?」

「ああ。王家のパーティは完全招待制で、招かれざる者は参加できない。今回は仮成人の子息令嬢を対象としているから、昼間のパーティを城の中庭でと企画されたらしい」


 招待状が届けられた、アマティ侯爵家。

 長男であるダニエルは今年23歳とあって参加対象外であるが、14歳になった次男ニコラス、13歳の長女レナリアは招待状がそれぞれ届けられている。

 招待状が届いたから参加は強制というわけでは勿論ないが、王家主催ならば予定があってもそれを繰り越して参加するというのが常識だ。

 体調不良や身内の不幸など、やむを得ない場合は別だが。


「まぁ……困りましたわ。この日時ですと、エリカ様達が来てくださる日程と被ってしまいますもの」

「だったら先に連絡しておいて、彼女達にはここから一緒に王城に向かってもらえばいいじゃないか」

「それはそうですけれど……はぁ。パートナーも決めなけれななりませんし、なんだか憂鬱ですわ。ねぇダニー兄様、一緒に出てくださいません?」

「俺はダメだろ。王城内で魔力を放出してたら速攻捕まる。リシャールからもらった魔術具もあるにはあるが、持って数時間……確実に体調不良でぶっ倒れる未来しか見えないから却下だ。ニコルに頼め」


 仕方ありませんわ、とため息を付きながらレナリアは少し離れたところで木剣を振っていた次兄の元へ行き、汗臭いだの暑苦しいだのとひとしきり文句を垂れた後、「一緒に行って差し上げますわ」と実に彼女らしい言い方で誘って……恐らく本人は誘っているつもりなのだろう、きっと。

 これまでなら間違いなく「誰がお前なんかと!」と激高していただろうニコラスも、最近めっきりおとなしくなった所為か、仏頂面ながらも頷いているのが目に入る。



(あぁ、うん。仲良きことは美しきかな、だったか?ニコルも随分大人になったもんだ)


 彼に影響を与えたのは二人。一人は言うまでもないエリカ・ローゼンリヒト。

 もう一人は侯爵令嬢ながら彼女の側付きとしてピッタリと張り付く【落ち人】ユリア・マクラーレン。

 どちらも社交界には未だ出ておらず、仮成人の儀も正式には行っていないらしいため情報が少ない。

 エリカに関しては真相はどうあれそこそこ噂も出回っているのだが、ユリアについては【落ち人】であること、赤騎士団長の養女であること、さしたる能力もないと判断されたのに実は天才的な剣の使い手だったこと、この程度しか情報が入ってこないのだ。


(焦らずとも、近いうちに二人共ここを訪れる。その時に見極めてやればいいさ。それはそうと……)


 この突然のガーデンパーティのお知らせに、恐らくレナリアも疑問を抱いているに違いない。

 王家主催の茶会や夜会であればさほど珍しいこともない、王太子妃となったエルシア妃主催だというのも全く問題はないのだが、それがまだ正式に成人していない仮成人ばかりを集めた茶会というのが、どうにも胡散臭いのだ。


 誰に招待状が送られていて、誰に送られていないか……それを知る術は、今のところない。

 レナリアとニコラスには招待状が届いたし、恐らくローゼンリヒトとマクラーレンにも届いているはずだ。それはいい。


(王家主催であれば、当然素行調査がされるはず。お行儀の良い坊っちゃん嬢ちゃんばかりを集めて、一体何をやらかす気だ?)


 大掛かりな見合いパーティ、というわけでは勿論ないだろう。

 将来的に国の発展に貢献してくれそうな人材のスカウトか……否、それが目的であれば主催は王太子妃ではなく王太子であり、催されるのもガーデンパーティではなく舞踏会などであるはずだ。

 ガーデンパーティは基本的に立食スタイルで、ところどころに休憩用の椅子は設けられるが参加者は思い思いに会場内を歩き回り、参加者同士の交流を深めるものだ。

 主催者への挨拶は基本だが、それ以外は途中休憩しようが帰ろうがある程度は自由である。


 今のところ、王太子妃エルシアの目的もそれを許可した王太子レナートの目論見もわからない。

 ただひとつだけわかるのは、これが何か目的を持って仕掛けられた罠であることくらいだ。


(俺が参加できればなぁ……リシャールに、魔術具の強化ができるか頼んでみるか)


 ダニエルは、幼い頃から病がちだった所為か娯楽に非常に飢えている。

 もっと言えば楽しいことが大好きだ。

 王太子とその妃が何かを仕掛けた舞台を見逃すなど、舞台のクライマックスに熟睡しているようなものだと、参加できないことを心から悔やんでいる。

 もし参加できる手段があるのなら、彼は喜んで手を伸ばすだろう。



 そう、彼の聡明なる妹……レナリアが仕掛けた罠であっても。




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