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36.夏季休暇、その前に

 

 夏の間、学園には夏季休暇という長期の休みが設けられている。

 基本的に生徒は全員寮から出され、残るのは余程の事情持ちか研究室にこもりきりの研究バカか。

 その前にやってくるのが恐怖の実力テスト第二回。

 これで補習となってしまった生徒は、皆が休暇の予定を楽しそうに話している間地獄の補習授業と追試対策に追われなければならない。



「あー、やっと二回目の試験も終わったー……どうにか、切り抜けたよ……やった、頑張った、あたし」


 ぐったりとカフェのテーブルに上半身を投げ出すユリア。

 その薄桃色の髪を、お疲れ様とでも言うようにエリカがぽんぽんと叩いてやっている。

 今回は前回よりも順位を上げた者が殆どで、エリカ、レナリアが余裕で上位、ジェイドがぎりぎり上位に食い込み、ユリアも下位をさまよっていた前回よりは順位を上げる結果となった。

 ちなみに一年時は上位を保っていたというニコラスは今回ユリアの教師役として大活躍してくれ、そのお陰もあって晴れて汚名返上してティータイムへの参加を許されたらしい。


「なんだ情けない。順位が上がったからと気を抜くなよ、お前がまだ下位にいるのは事実なんだからな」

「わーかってるってー。もう、ニコラスったら口うるさいなぁ……姑みたーい」

「なっ、姑だと!?つきっきりで勉強を見てやった俺に対して姑とは何だ!特に魔術の歴史については、物語も交えて話してやっただろうが」

「歴史、歴史ねぇ……うん、ためになったよ?一番魔術の歴史が古いのが倭国、それが最初に伝わったのが西のレグザフォード、それが発展して今のヴィラージュがあってぇ、その発展の影響でウィスタリアにも魔術が広がってー、えぇっと北のアルファードはさほど魔術に重きを置いてない、と。これで合ってる?」

「随分簡略化されてますけれど、大筋では合ってますわ」


 魔術の歴史は古い。

 始まりは東の島国【倭国】において神の使いとも呼ばれた『術士』だと言われており、今のように属性を操り大規模な術を展開する魔術ではなく、何かにまじないをかけたり、未来を占ったり、幸運を祈ったり、ヒトガタと呼ばれる今で言うところの使い魔を使役したりと、王のため、主のために術を使役する、というものだった。


 それがどんな繋がりからか西のレグザフォード王国へと伝わり、病除けや魔除け、幸運のお守りなどといった庶民向けのアイテムが広がりはじめる。

 次第に数を増やした術士達は国によってその能力を解析され、研究され、魔力と呼ばれる力を宿していることがわかると今度はどんな術を使えるのかいろいろ試し、そうして今の魔術の基本が出来上がったのだと言われている。


 魔術の基本ができたことで、ヴィラージュ王国は【落ち人】の持つ『カガク』という知識とそれを掛け合わせることに成功し、次々と新しい術を編み出していった。

 魔術具ができたのもこの頃で、それはどんどん広がり様々な方向へ変化していき、次第に他国へも広まっていった。


 ヴィラージュのいいとこどり、と影でそう言われているのが南国ウィスタリアだ。

 この学園にしてもそうだが、ウィスタリアはヴィラージュの始めたいい部分だけをそのままそっくりコピーし、自国の運営に役立てている。

 例えば平民でも貴族でも通える学校、例えば空を飛ぶ魔導列車、というように。


 逆に、魔術に重きをおかず実力主義を掲げて貴族位すら廃したのが北の国アルファードだ。

 こちらはまだ歴史が浅く、かつては小国が寄り集まっていただけの広大な土地を次々と統合し、アルファード帝国として成立したのはつい数年前のことだという。

 統合といってもそう容易にいくはずもなく、最後まで抵抗を示した西の民主国家ローウェルが武力によってねじ伏せられた、というのはヴィラージュ国民にとっても記憶に新しい事柄だろう。



 ユリアが歴史を覚えにくいのは、ある意味当然だ。

 彼女は【落ち人】……こことは違う世界の歴史をある程度学んできたからこそ、全く違う歴史を一から学ぶということで記憶が混乱するのだろう。

 逆に、元の世界とさほど変わらない算術……ユリアは算数と呼んでいたが、それらの計算などについては驚くほど早くマスターし、これに限っては成績もトップクラスだという。


「ともかく補習だけは免れたし。後は無事夏休み……っと、夏季休暇だよね。ジェイドはどうすんの?」

「僕は一度実家に戻ります。旦那様にもゆっくりしてきていいと許可をいただいているので、公爵家に戻るのは休暇の後半くらいになるかと。そういうユリアさんは?」

「あたしもマクラーレンの家には行くかな。けど多分ジェイドと入れ替わりになるように、休暇の後半に行くことになると思う。ウィリアムはいるけど、やっぱり心配だし」

「それはいいけど二人共、エリカも僕もずっと公爵領にいるわけじゃないから。戻ってくる時は事前に連絡するんだよ」


 そう、この夏季休暇の間はエリカもラスティネルもそれぞれ忙しい。

 エリカはまず何はともあれ王都の別宅に入り、リシャールと合流してから一緒に領地へと戻る。

 その後はリシャール次第となるが、スタインウェイ公爵家への挨拶、彼の友人であるダニエルの実家……つまりレナリアとニコラスの実家でもあるアマティ侯爵家へも挨拶に出向き、エリカの体調を考えながら分家への挨拶回り、余裕があれば茶会への出席などの社交もこなしていかなければならない。

 これまではそういった面倒事は父が済ませてくれていたのだが、非公式にでも夫婦の誓いを立てた後ということで今後はリシャールとエリカ二人揃って、苦手な社交に取り組む必要があるのだ。


 ラスティネルの方はやることはそう多くないのだが、大きな問題が一つ……それが伴侶探しだ。

 人選は父に任せると言ったものの、挙がってきた候補が数名。その中から誰にするかを決めるのは当人であるのだから、彼はこの休暇のうちに見合いを済ませて相手を絞り込もうと思っている。

 さすが公爵家当主であり元黒騎士団長と言うべきか、それとも早々に嫁いだ姉の陰謀かと嘆くべきか、挙がった候補者は誰も彼も名門と呼ばれる家柄の娘ばかり。

 写真と経歴を並べられ「さあ選べ!もはや退けないぞ」と突きつけられた現実に、見合い前から早くもウンザリしてしまっているラスティネルだった。




「そっかー、ラス様もとうとうご結婚かぁ。でもエリカみたいな美少女見慣れちゃってるから、目も肥えてるし相手も大変だよね」


 カフェで男性陣と別れた後、寮に戻る道すがらあっけらかんとそんなことを言い放ったユリアに、エリカは少々驚いたような顔になった。


「あの、ユリア?ユリアはその、お兄様がご結婚されてもいいの?」

「うん?…………あぁ、もしかして気にしてる?まーそうだよね、子供の頃はめちゃめちゃ懐いてたし。でもあれって『お兄ちゃん』に憧れてただけだから。ちょっとブラコンこじらせただけって言うか、さ」

「ぶらこん?」

「えー、あー、っと……お兄ちゃんに憧れる妹って言えば良いのかな。とにかく、理想のお兄ちゃんだと思ったわけよ、あの頃は」


 美形で、妹溺愛、しかも頭が良くて権力もあって誰にでも基本的に優しい。

 そんな理想のお兄ちゃんに、幼い彼女はただ憧れた。

 長い間側で過ごし、貴族のあれこれやこの世界のことを学んだ今ではその憧れは尊敬へと形を変え、恋には発展しなかった。

 だから今は、まだ10代だというのに婚約だ、見合いだ、結婚だと急かされる高位貴族って大変ダナー、と他人事のように思った程度だ。


「あ、そうだ。高位貴族って言えばレナリアだってそうだよね?あんまりそういう話しないけど、婚約者とかっていたりする?」

「わたくし?まぁ、候補だけなら何人か。その前にまずお兄様方のどちらが家督を継ぐのか決まらないと、家の行く末が心配ですもの。このままでしたらニコラス兄様ですけれど、ダニエル兄様も病から回復されておられますし…………そうですわ」


 良いことを思いついた、とばかりにレナリアは何時になく嬉しそうな顔でユリアを振り返る。


「ねえ、ユリアさん。エリカ様が我が家においでになる時は貴方もおいでくださいな」


『是非』という部分を妙に強調して言うレナリアに、若干引き気味になりながらもユリアは「う、うん」と了承の意を示す。

 彼女はジェイドのいない休暇前半をエリカと共に過ごす予定だ、なのでリシャールが休暇前半のうちにアマティ侯爵家へ行ってくれるなら彼女も同行できる。



 友人からの誘い、くらいにしかユリアは認識してはいないが、エリカにはどうしてレナリアが食い気味に誘いをかけたのか理解できた。


(レナリアの上のお兄様は私と同じ病気だもの。だったら魔術の効かないユリアと過ごせば体調も良くなるかもしれないわ)


 ユリアにはどれだけ魔力を注いでもすぐに体外へと排出されてしまうので、高濃度の魔力であっても魔力酔いを起こすこともなければ何らかの影響を受けることもない。

 エリカが何度も魔力を暴走しかけた時もユリアが抑えてくれたのだ、もしダニエルが何らかの理由で魔力を抑えきれなくなってもユリアが側にいればストッパーの役割を果たしてくれるはずだ。


 と、そこでエリカは以前リシャールから聞いたことを思い出した。

 ダニエルは軽度とはいえ魔力飽和という不治の病に冒されている、それ故体調不良に陥ることが多く婚約者も決まっていないのだ、と。


(……まさかレナリアの目的は…………まさか、ね)


 ユリアの側にいればダニエルの体調は恐らく良好に保たれる。

 彼女の側にいる限りは。だとすれば、()()()()いてもらえばいいと家族ならそう考えないだろうか?


 杞憂ならばそれでいい、どちらにせよ最終的に決めるのは当人同士なのだから、とエリカはそう結論づけて友人の思惑から意識をそらした。






 そうして迎えた夏季休暇。

 まずはレナリアとニコラスの兄妹が揃って実家に戻り、一度ローゼンリヒト公爵家の王都別邸へと入った後でジェイドが名残惜しそうに実家へと旅立った。

 ユリアはここからジェイドが戻ってくるまでエリカの側にいて、彼と入れ替わりに可愛い娘を手ぐすね引いて待っているマクラーレン侯爵家へと戻ることになっている。


 ラスティネルはリシャールを連れて公爵領へ戻るまでは一緒に行動できるとあって、いつも以上に妹溺愛でティータイムや食後の時間などには、楽しそうに研究の話などを聞かせてくれている。


「それでね、今までにも『スキャン』のような医療にも応用できる魔術が開発されてきたわけだけど、あまりに魔術に頼りすぎると自己回復機能が麻痺してしまいかねないから、治癒の魔術はその回復機能を助ける意味合いで使われてきたわけだ。ただ、体内に巣食った病の素をどうにかするためには外科的な手段に出るしかないわけで……」

「あ、そこで絶対失敗しない天才外科医の登場ですね!」

「いや、そんな高度な医療技術を持った医師は今のところいない」

「いないんだ……残念」


 いないからこそ魔術の出番、ということだ。

 患者の体にメスを入れることなく、スキャンで随時体内の状況を確認しながら病原体を取り除く……そんな方法がもし見つかれば、魔術でそれが可能になれば、きっと助かる命も増える。

 実際、魔術医師がやっているのはそれとよく似ている。

 病原体ではないが体内に巣食った魔力の瘤を取り除くことはできるし、魔力の流れがスムーズになれば自然と体調も整う。

 その魔力を流して体調を整えるという作業を、病原体が原因の時でも応用できればいいのだ。


「というわけで、そういうことが専門のマティアス先生に、この休暇中に話を聞きに行く予定なんだ。エリカも久々に会いたくない?」

「ええ、是非」

「良かった。ならあちらに戻ったらお会い出来るように、先に手紙を書いておくよ。リシャール様に話すのは任せたからね」

「わかりました」


 魔術医師は圧倒的に人数不足であるからか、マティアスは一年を通してあちこちに出張していて中々捕まらない。

 以前はエリカの専属と言っても良かった所為か実家にいることが多かったようだが、今はどこにいるやら恐らく幼馴染のフェルディナンドでさえ把握していないだろう。

 だからまず実家の伯爵家に手紙を送り、そこからマティアスまで送ってもらう。

 そうすれば、とんでもなく遠方に行っているのでもない限り、彼らが領地に着く頃には返事が届いているはずだ。



 久しぶりに恩人に会える、その嬉しさでエリカは少々浮かれていた。

 だからすっかり忘れていたのだ ──── ローゼンリヒト公爵領からアマティ侯爵領へ向かう途上に、『ユークレスト』という名の伯爵領があることを。




リシャールが出るまで行きませんでした。

次回以降、数話は夏季休暇のお話となります。


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