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35.勇気を出した、その結果

サブタイ別名:私がヒキガエルでも愛してくれますか?


 


 わからなかった、ただ怖かった。


(どうして貴方は、身内のことなのにそんなに笑っていられるの?)


 仲の良い家族ばかりではない、そんなことはわかっている。

 貴族であってもなくても、蔑み、蹴落とし合う家族もいるのだと知っている。

 だけど、今の彼の顔は、とても『生真面目』で『保守的』で『義妹の放蕩を窘める苦労人』の【貴公子】などには見えない。

 その顔は、まるで。



「 ──── ユークレスト様は、どうしてあの日わたくしに声をかけてくださったのですか?立ち尽くすわたくしを、哀れんで?同情して?正義感にでも駆られて?」


 ヒヤリ、と自分でも冷たい声が出せるのだと他人事のように考えながら、エリカは真っ直ぐテオドールを見つめた。

 彼はまだ跪いているのだから、見下ろしたという方が正しいか。

 そんな彼女の変化に気づいたレナリアは半歩後ろに下がって控え、ジェイドの隣に並ぶ。

 ジェイドはただ耳を澄ませていた……テオドールが発する、いかなる声も漏らさぬように。


「貴方がわたくしに声をかけたことで、わたくし貴方の順番を待ち焦がれていた方々に誤解されてしまいましたの。わたくしを、特別扱いさせたのだと。わたくしが権力を持って、貴方を従わせたのだと。そうではありませんと申し上げたくても、聞いてくださらなくて。困っておりますわ」

「そうですか、それは申し訳ないことを致しました。には誤解なのだと伝えておきましょう。あの時の私はただ、貴方を見つけた歓びで我を忘れていたのかもしれません」

「わたくしを?前にお会いしたことがございましたかしら?」

「いいえ。ですが、貴方を見た瞬間に気づいたのです。貴方こそ、私の【運命】だと」

「…………運命……」

「その艶やかな髪も、夜空の星を散りばめたような瞳も、今にも折れてしまいそうな儚げで華奢なその姿も、私を惹きつけてやまないのです。どうか今一度そのか細いお手を、と乞うてしまうほどに」


 恋をしたのだ、と彼の瞳は語っている。

 熱を帯び、切々と語りかけるその言葉に、魔性と呼ばれるその美貌に、落ちない者などいないのだと信じ切っているのだろうか。



(それは偽物。貴方はまた、私に偽物の想いを語るのね)


 ふ、とエリカの口が笑みを形どった。

 嘲りでも、心からの笑みでもないそれは、いうなれば自嘲。


「【運命】と、そう仰るのなら…………ねぇ、ユークレスト様。わたくしが、『ヒキガエル』でも変わらずそう告げてくださいます?」

「……は?カエル、ですか?」

「えぇ。想像してみてくださいな。肌は荒れてザラザラ、手入れをしない髪はボサボサの伸ばしっぱなし。ぽってりと腫れた瞼の所為で目は糸ほどにしか開かず、体は数百、数千、数万の魔力の瘤がボコボコと出っ張っていて、おまけにぶっくりと浮腫み、膨れ、歩くのもままならない。喉は潰れ、声は枯れ、笑った声は怪鳥の鳴き声に似て。立てば魔獣、座れば家畜、歩く姿はヒキガエル……そんなわたくしでも、手を取ってダンスを踊ってくださるかしら?」

「………………」


 想像してみたのだろう、テオドールの顔色が赤から青へと変わる。

 血の気が引き、今にも吐きそうなほど酷い顔色になってはいるが、かろうじて逃げ出す様子はない。

 それを讃えるべきか、それとも残念がるべきか。


 エリカの笑みが崩れないのを見て、テオドールは「酷いな」と苦笑を浮かべる。

 その頬は、若干引きつっているが。


「私をからかったのですね、酷い方だ」

「あら、その仰りようではまるでわたくしが『ヒキガエル』では踊ってくださらない、というように聞こえますわ」

「貴方はあんな醜くはないでしょうに。私もカエルは嫌いではないですが、巨大なヒキガエルと手を取りダンスする姿は想像に堪えませんよ」

「そう、ですか。…………そうですわね」


 やはり、テオドールは何も変わってなどいない。

 生真面目で保守的、そんな姿は見せかけのもので本質は以前の彼と同じなのだ。

 彼はきっと、その【魔性】の使い方をよくわかっているのだろう。

 女性には愛され、同性にはいい印象を与え、自分は動かずに他人を動かしてそれを離れた場所で嘲笑う。


 彼が嘲笑った先代ユークレスト伯爵と同じ、傲慢で自信過剰……それが彼の本性だ。


(そうね、だって貴方は同じ顔で嗤うのだもの。……私を嘲笑ったジュリアと。あの時のフィオーラと。あの時の、貴方と)


 彼女を『醜いヒキガエル』と蔑んだあの時と、彼は何も変わってなどいない。



「……ユークレスト様はご存知かしら?わたくしが、魔力飽和という不治の病に冒されていることを」

「聞いたことがありますが、しかし貴方はもう完治なさっているのでは?」

「ええ、対外的にはそう申しておりますけれど……魔力飽和はそもそも、体内の膨大な魔力が滞って起きる病……完治するには、その魔力を減らさねばなりませんの。そうしなければ……たちまち、体中に魔力の瘤ができてしまいますわ」

「魔力の、瘤……」

「体は限界まで膨れ上がり、顔も腫れ上がり、腕や足も浮腫んで靴も履けないほどになってしまいますの。一番ひどかった時は、ベッドから起き上がることすらできませんでしたわ」


 先程のヒキガエルの例えがただの言葉遊びではないのだと突きつけられ、テオドールは言葉をなくす。

 どう受け止めていいか、まだわからないという半信半疑の表情ではあるが。


「ですが、今はなんとも……」

「えぇ、今は。でも、いつまた発症してしまうか誰にもわかりませんわ」

「…………」

「平たく言いますと、『ヒキガエルとのダンスは想像に堪えない』と仰った貴方とはご縁が結べない、ということですわ。わたくし、将来を誓い合うならあの姿も受け入れてくださる方と、と決めておりますの」


 そんな男、いるわけがない。

 そう呟かれた声を、ジェイドは確かに拾い上げた。




「エリカ!」


 テオドールがそそくさとその場を去ったところで、駆け寄ってきたのはユリア。

 そして、その背後からやや早足で近寄ってくるのは


「ローゼンリヒト嬢、顔色が酷く悪いが大丈夫か!?」

「……ニコラス、さま?」

「いい、喋るな。あと少し、歩けるか?」

「えぇ……」


 レナリアの兄にして、ユリアが喧嘩を売りに行っていたはずの相手……ニコラス・アマティ。

 エリカを嫌っているはずの彼が、今はどうしてだか心配そうな、それでいて苛立たしげな顔で、気遣いの言葉を掛けてくれている。

 何があったのかと尋ねたくても、視界がグラグラと揺れて考えもまとまってくれない。


 テオドールとの直接対決が、これほどまでに体力と気力を消耗するものだとは。

 言ってやった、という達成感もあるにはあるが、最も強いのは虚無感だ。

 かつて心を寄せた相手が、思った以上のゲスだった……そんな彼に捧げた想いも、時間も、全てが無駄だったと思い知らされて。

 あれほど意識して、一時期『銀髪恐怖症』にまでなったというのに、それすらもなんだか可笑しくて。


(私、テオドールの顔しか見てなかったのね。……ふふ、お相子かしら)


「ジェイド、ラス様に知らせてきて」

「はいっ」

「レナリア、手を貸して。多分、もう限界が来るから」

「ええ」

「それならば俺が」


 と、手を差し出そうとしたニコラスを、レナリアが遮った。


「男手が必要なら、ジェイド様の手を借りておりますわ。その筋肉しか詰まっていない頭でよくお考えになって、ニコル兄様。エリカ様には決まったお相手がおられますのよ?」

「………………あぁ、わかった。すまない」

「わかればよろしいのです」


 ユリアが右、レナリアが左を支えて、ゆっくりと歩き出す。


 エリカは年頃の貴族令嬢だ、同じく年頃の男性に容易く触れられることはあまり好ましくない。

 身内、もしくは想い合った者同士であれば問題ないのだが、そうではない場合『はしたない』と社交界で笑い者にされてしまうのだ。

 更に、どちらかに決まった相手がいた場合はもっと悪い。

 その触れ合いの度合いにもよるが、最悪不貞を疑われてしまう危険性もある。

 だからこそレナリアは兄に注意を促し、ニコラスも遅ればせながらそれに気づいて手を止めた、というわけだ。




 その後数歩も歩かないうちにラスティネルが駆け寄ってきて、研究室まで抱きかかえて運んでくれた。

 かたや凛々しい顔立ちの美形兄と、その腕に横抱きにされて意識を朦朧とさせている儚げ美少女な妹。

 そんな幻想的な構図に、いつもなら「ハスハス」とか「モエモエ」とか訳の分からない言葉を発して興奮するユリアも、今は不気味なほど大人しい。


 たどり着いた研究室、「治療するから、しばらく待ってて」と続き部屋に待機を命じられた四人は、仕方なくソファーセットに座って待つことにした。

 その間、どうしてユリアとニコラスがタイミングよく駆けつけてきたのかを、レナリアが不審に思って問いかけると、


「……んーっと……喧嘩を売りには行ったんだけど……」

「ユークレストが最近妙に挙動不審でな。今日も授業を欠席していたから、教師に言われて探していたのだ。途中で絡んできたこいつに事情を話したら、ローゼンリヒト嬢がちょうど魔術棟へ行っていると聞いたのでな。もしやと思って来てみたのだが」

「あ、別に盗み聞きしようとかそんなつもりはなくてね。でもなんだか出て行きにくくなっちゃって」

「すまなかった」

「ごめんなさい」


 つまり、二人共途中からすぐ側の教室に潜んで成り行きを見守っていたのだが、あまりに不穏な流れになってきたため出るに出られなかった、ということらしい。

 意外なところでお似合いなんじゃないかしらこの二人、と思ったレナリアだったが、勿論口には出さない。



「……でもこれでわかりましたわ。お兄様、エリカ様のあのお話を聞いておられたんですね」


 ダンスの授業においてもあれだけ険しい顔つきで睨みつけていたというのに、ああも心配そうな顔で駆け寄って来ること自体違和感を覚える。

 だがエリカのあの告白を聞いていたのなら……どうして長兄ダニエルがエリカに敬意を表すのか、どうしてリシャールが彼女を気にかけるのか、どうしてラスティネルがああも真綿で包むように大事にするのか、その理由がわかったはずだ。


「レナ、お前は知ってたのか?」

「……噂程度ですわ。ユリアさんでさえ、その姿を見たことはない、と。……そうでしたわね?」

「うん。実際に見て知ってるのはラス様と旦那様と古株のメイドさんと……あと、リシャール様だけだって」

「リシャール様が?」

「偶然、だったらしいけど。その時にね、無性に心が惹かれたんだって。やだなぁ、もうあの人。あたしなんかにも真顔で惚気けるんだよ?いたたまれないっていうか、ラブラブっていうか?」


『らぶらぶ』の意味はわからなかったが、リシャールがエリカの本質を想っていることは他の三人にもわかった。


「リシャール様はね、『あの姿も受け入れてくださる方』なんだよ。あの()とは根本的に違う、本物のエリカの【運命】なんだと思う。あの人なら、ヒキガエルだろうと魔獣だろうと、きっと喜んで手を取ってダンスしてくれるよ」

「……その最後の表現はリシャール様の趣味を疑われそうですけれど……概ね同感ですわ」

「あの人、最後にこう言ってました。『そんな男、いるわけがない』って。だけど、いましたね」

「振られたユークレストには悪いが、俺も少々胸のすく思いがした」

「あら、少々ですの?わたくし、これが『ざまぁ』というものかしらと内心高笑いしておりましたのに」

「お前な……」


 我が妹ながら性格が悪い、と痛む頭を押さえたところでニコラスは自分も似たようなものだと思い出した。

 なんでもない顔をして会話に加わっているが、彼はまだエリカを睨みつけて威嚇して悪意を向けていた、その謝罪も言い訳も何もしていないのだ。

 それをしようにも、当人はまだ治療中とかで兄とともに研究室。

 側付きであり友人でもある彼らも内心憤りはあるだろうが、こちらに先に謝るのは筋が違う。


(まずは彼女に。それから彼らに。ラス様にも、兄上にも、リシャール様にも。頭を下げて、詫びて、そして)


 すぐに許してもらおう、などと虫のいいことは考えていない。

 ただ、これからは誠意を見せて行きたいと思っている。

 エリカのあの衝撃の告白に絆されただけかもしれない、同情を覚えただけかもしれない、だけど考えが変わったのは事実なのだ。


 前向きになって、視線を上げる。

 ふと視線の交わった妹が、それでいいのですと言いたげに頷いてみせてくれた……その態度が妙にムカついたのは、これはもう兄として仕方がないことだったのかもしれない。




テオドールは「ざまぁ」された!


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