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32.恐怖のダンス

 


 学園に入学してはや2ヶ月……初めての学力考査も終え、来年度から所属する専攻を選ぶ進路調査の時期へとさしかかった。

 学力考査の結果については、普段通りの涼しい顔をしたエリカ、ほんの僅か嬉しそうなジェイド、何故か視線をそらしているユリア、余裕で胸を張っているレナリア、という四人の姿を見れば後は言うまでもない。


「いよいよ専攻希望を出す時期になったわね。ユリアは予定通り騎士科に行くのかしら?」

「うん、そのつもり。騎士科の何を専攻するかまではまだ決めてないけど…………親父様も義兄様達も剣術専攻だったって言うし、あたしもそうかなぁ。他の三人は魔術科だよね?専攻は決めた?」

「僕は、まだ迷ってます。攻撃系も治療系も中途半端だし……いっそのこと補助系に特化するのも悪くないかな、って。レナリアさんは?」

「わたくしの属性は火と風という攻撃に特化しておりますの。ですから逆に苦手な防御系にと考えておりましたが、リシャール様のお話を伺う限りでは魔術具開発も面白いかと思っておりますわ。エリカ様は?」

「確かに、魔術具開発は私も興味があるわ。お兄様も、魔術医師の方を支援できるようにと研究を重ねておられるようだし。魔術医師の先生には私もよくお世話になったから、その負担を軽くできる何かが見つかればいいなと思っているわ」


 エリカが幼い頃、マティアスという優秀な魔術医師にかかることができたのは、ひとえに父であるフェルディナンドのお陰だ。

 彼に根気よく治療してもらったことで、5歳のあの日まで彼女はどうにか生きながらえることができた。

 そうでなければ父や兄の手を散々煩わせた挙句、魔力過多で内臓を破裂させ死に至っていたかもしれないのだ。

 魔力飽和の病にかかる者の多くはアマティ侯爵家の長子ダニエルのような軽度で済んでいるが、中にはエリカのような身動きが取れないほどの重度であり、幼い子供が何の処置もせずにそれを放置していれば最悪死に至る病……実際、手の施しようがなく亡くなった例も多くあるらしい。


 魔力飽和の病を治療できないかと研究を重ねてきたリシャールには、ダニエルという友人がいた。

 同じように魔術医師の負担を軽くできないかと必死で学んできたラスティネルにも、エリカという妹がいる。

 そんな彼らの意思を継ぐために、何より自分を助けてくれたマティアスへの恩義を少しでも返すために、エリカは彼らと同じ魔術具研究に携わりたいと考えていた。


 専攻の希望を出したとしても、それが叶うかどうかはまだわからない。

 あまりに自分の能力と違う専攻を選んだ場合は学園側から待ったがかかるし、逆に当人が専攻を決める前に先輩からスカウトの声がかかるケースもあるという。

 ユリアの場合既にいくつかの専攻からスカウトがかかっているらしいが、今のところは態度保留としているようだ。

 彼女の場合、騎士科に進むのは憎きテオドールを倒すためだと豪語している。

 なので、彼がどの専攻にいるかを調べてからと様子見を決め込んでいるのだ。



「そういえば最近、あの、例の彼女……会いませんね?」


 ジェイドが恐る恐るといった口調で問いかけると、レナリアはあぁ、と視線をあさっての方向に向けてため息をついた。


「学力考査で、見事全科目補習となったそうですわ。しばらくは付きまとう余裕すらないでしょう」

「全科目補習っ!?あたしでさえギリギリ補習免れたのに、あの子普段から何してるの?」

「ですから、より良い後ろ盾を求めてエリカ様に付きまとっているでしょう?」

「いや、あの、授業くらいちゃんと聞こうよ……あたしが言うことじゃないけども」


 一年時の学力考査には、ふるい落としという意味もある。

 ある程度の基礎能力があれば誰でも入学を認められるというこの学園は、しかし国立の名を掲げるだけあって怠ける者には容赦をしない。

 専攻に進んでしまえば後は余程の不祥事を起こさない限りは退学になることもないが、一年時の学力考査において教師の定める基準より下回った者には補習を行い、追試でクリアできなければ停学を通り越して退学処分を課される。

 何度か補習、追試を行った者はブラックリストに登録され、二年に進級する際にその経過や結果を踏まえて、進級させるか留年させるか、それとも退学させるかが協議されるという。

 なんとも厳しい気がするが、これも国立であるが故……努力の足りない者に国家予算を使うつもりはない、ということなのだ。


 というわけで、ストーカー並にしつこかったジュリアはしばらく補習と追試対策で近寄れない。

 もしこの期に及んで「公爵令嬢のお力添えを」と言ってきたら、今度こそ遠慮なくユリアが排除する ──── 物理的に。



 専攻の希望は年に四回提出させられる。

 同じ専攻を希望する者、毎回違う専攻を希望する者、生徒によってそれぞれだ。

 結局悩んだ末にユリアは騎士科の剣術専攻を希望し、ジェイドは補助魔術専攻、レナリアは防御魔術専攻、エリカは魔術具専攻と書いて提出した。


 さて、これで第一回専攻希望調査は無事終わったわけだが、ここへ来てエリカが憂鬱そうなため息をついた。

 その理由というのがこれ…………全生徒共通の、ダンス講義である。


「はい、男子は隣のホールで行いますからそちらへ。女子はこのまま、特別に先輩方がお相手をしてくれますから、順番にダンスの輪に加わってください」


 ダンスの授業はこれまでにもあったが、それは主にダンスなど初体験だという平民向けのもので、実践授業はこの日が初めてだ。

 まずはこの授業を既に通ってきている先輩方が相手を務め、それに慣れたら改めて新入生同士で踊ることになるらしい。

 隣のホールに行った男子も、同じように女性の先輩を相手としてダンスを行う。


 先程から、集まった新入生がきゃあきゃあと喧しい。

 授業はクラス別に行われるため、ここにジュリアやフィオーラの姿がないことは幸いだったのだが、だとしてもエリカがため息をつくだけの要因がここにある。


「あー…………いるねぇ」

「本当。おりますわね」


 ユリアの視線の先には、眩い銀髪の貴公子が。

 レナリアの視線の先には、チャコールグレーの髪をした彼女の兄が。

 それぞれ、対象的な表情で立っている。

 どちらもエリカにとっては苦手以上の相手であり、特に銀髪の方については関わるのも顔を見るのも名前を聞くのもウンザリという程の酷いトラウマを持つ相手である。

 それならまだ、仏頂面のニコラスの方が数倍マシだと言えるほどに。


(先生、人選をお間違えでは……)


 何度も何度も「静かに!」と怒鳴っても、魔性の美貌を目にした女生徒達の嬌声は止まない。

 確かに彼なら社交慣れしているし、成績もよく人当たりも良いとなれば声がかかるのも頷ける、のだが……果たして数人いるダンスの相手の中から誰でも良いから選べと言われた場合、彼の前に列をつくのが何人になることやら。

 あの受付の悲劇を、先生方とて知らないわけではないだろうに。


 そう思いながら、エリカはそっとニコラスを盗み見た。

 途端、ギッと険しい顔で睨みつけられ、慌てて視線をそらす。



「……うふふ、あたし相手はあの男にきぃーめたぁーっと。んでもってめっちゃくちゃに足踏んでやるっ!先生ー、ユリア・マクラーレンいっきまーすっ!」


 はいはい!と手を挙げたユリアは、真っ直ぐニコラスの方へ歩いていくと綺麗な淑女の礼をとってニコリと品よく微笑み、手を差し出した。

 本来女性からダンスの誘いはしないものだが、パートナーであれば話は別だ。

 女性から誘いをかける場合、手の甲を上にして差し出し小さく微笑む。

 男性側がその手を取れば成功、取らなければ失敗。女性側が一方的に恥をかくことになる。

 今回は授業であるため失敗することはない。

 何故自分がと眉をひそめたニコラスだったが、淑女の誘いを断れるはずもなく仕方なさそうにその手を取り、真っ先にホールの中央へと進み出た。


 ユリアが先んじたことで、ぽかんとしていた女生徒達も我先にと銀髪の貴公子……テオドールの前に進み出る。

 順番に!と注意する教師の声が聴こえているのかいないのか、あぶれて他の先輩にお願いする者も中にはいたが、それでもテオドールの前に進み出る女生徒の数は圧倒的だ。

 困った表情を浮かべながらも、微笑んで次々と手を取るその物腰はさすがは魔性の貴公子と呼ぶべきか。


 ユリアがやりきった顔で戻ってきたところで、今度はレナリアがニコラスの前に進み出た。

 幸い険しい顔を崩そうとしない彼の前に進み出る勇気ある女生徒は他にいないらしく、彼女の美しい笑みを苦虫を噛み潰したような顔で迎えた彼は、妹の手を取って踊り始める。

 そのステップはさすが侯爵家というべきか、普段のギスギスした兄妹像など忘れてしまうほど息の合ったものだ。


(こうして見ると、ニコラス様も結構整った顔立ちをされているのよね。もう少し柔らかいお顔をされたら、さぞかし人気が出るでしょうに)


 本人に聞かれたら余計なお世話だと言われてしまいそうなことを考えながら、さてどうしようかしらと視線を彷徨わせていると。


 突然、目の前に手袋をはめた手が差し出された。

 これは紳士側からのダンスの誘いだ。

 お手をどうぞと差し出され、淑女がその上に手を乗せれば誘いは成功。ごめんなさいと言われたら失敗となる。


 繰り返すがこれは授業だ。

 ここにいるのは全員新入生の女子ばかりで、お相手として連れてこられた先輩数人の中から誰かを選んで淑女の誘いをかけ、ある程度踊ったら次に替わる。

 だから本来、新入生であるエリカの前に差し出される手などあるはずもないのだが。


 視線を上げると、眩い銀髪。

 どうしたのですか?と微笑む、魔性の美貌。


 クラリと目眩を起こした彼女を、誰が責められようか。

 今すぐに逃げ出してしまいたい、お断りだと手をはねのけてやりたい、憎らしいその顔を引っ叩いてやりたい、そうやって湧いてくる負の感情に我を忘れそうになったとしても、むしろ仕方がないことだ。

 だってそこには ───── ユリア曰くの【死亡フラグ】筆頭、テオドール・ユークレストがいたのだから。



 ユリアが側にいてくれたお陰で、倒れずには済んだ。

 だが青ざめた顔で視線をそらす彼女に、テオドールはどこか具合でも?と心配そうな声をかけてくる。


「いいえ…………目眩が、しただけです」

「あのっ、どうしてがここに?まだあっちの方で順番を待ってる子がいるじゃないですか」


 だからとっととあっちに戻れ、と言外に言ったのがわかったのか、彼は小さく苦笑した。


「ですが、そちらの貴方はまだ踊っていないでしょう?お相手を決め兼ねておられるようでしたし、それならとお声を掛けにきたのですが」

「結構ですっ。踊る相手くらい、エリカは自分で決められますから」

「エリカさん、と仰るんですね」

「あ、」


 しまった、とユリアは己の迂闊さを呪った。

 この段階で、まだテオドールは己が誘った相手がローゼンリヒトの縁者だと知らない可能性がある。

 ただ輪から外れていたから、それを見かねて声をかけてきただけかもしれない。

 だが【エリカ】という名を知られたからには、彼がローゼンリヒトの末娘を思い出す確率が断然高まってしまった。



 どうしようどうしようと一杯一杯になりながらも、ユリアはエリカを支える手を離そうとはしない。

 エリカはそれを心強く感じながら、恐怖心と戦いつつテオドールを真っ直ぐに見上げた。

 本音では、まだ怖い。

 逃げ出してしまいたい。だけど。


 ぎゅっと唇を引き結び、彼女はそっと……まだ差し出されたままだった手の上に、己の手を重ねた。

 その指が震えていたのは、テオドールにもわかっただろう。

 だから彼はあえて微笑んだ。これまでのパートナー達に向けたのと同じように。


「いい名前ですね。……ではエリカさん、お相手いただけますか?」


 今にも涙ぐみそうになっているエリカを、皆は感動しているのだと捉えただろう。

 テオドールも、緊張しているのだと思ったはずだ。


 まさか彼女が、ダンスの終わるその時までずっと恐怖と戦っていただなんて、わかるのはきっとユリアだけだ。




死亡フラグ筆頭が現れた!

エリカはもう泣きそうだ!

どうする?


 逃げる

 足を踏む

→ユリアが庇う

 誘惑する


テオドールは微笑みを返した!

エリカはもう逃げられない!

どうする?


兄を呼ぶ

父を呼ぶ

リシャールを呼ぶ


答えは次話にて。


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