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30.心強い味方と困ったちゃん

 


 エリカがここヴィラージュ学園に入学して2週間が過ぎた。


「おはようございます、エリカ様!外はいい天気ですよ、あまりに気持ちよくってついお散歩してきちゃいました。お食事、ご一緒していいですか?」

「…………」


 いつものように登校の準備をして部屋を出ると、共用スペースに向かう廊下に()()()()赤とオレンジの混ざったような色合いの髪をした少女が立っていた。

 所在なげに視線を彷徨わせていた彼女は、エリカを見つけた途端パッと顔を輝かせて、足早に近寄ってくる。

 彼女の名前は、()()()()・ノーツ。子爵令嬢だ。


 ジュリアは能力測定のあの日、何故か態度が突然豹変したフィオーラに突き飛ばされていた、哀れな少女である。

 目の前で人が突き飛ばされたとあって、さすがに見て見ぬふりができなかったエリカが手を差し伸べ、「大丈夫ですか?」と声をかけたのをきっかけに、ジュリアはエリカにつきまとうようになってしまった。

 子爵令嬢として、公爵令嬢の取り巻きになっていい御縁に恵まれたい……と思っているのかもしれないが、残念なことにエリカはそんじょそこらの高位貴族令嬢とは訳が違う。


 身分で人は測らないが、信頼できない者は決して側には置かない。

 今も、側に置いているのは幼い頃からずっと一緒にいる侯爵令嬢ユリア・マクラーレン、男子寮のため後からの合流となるが学園内では殆ど共にある男爵令息ジェイド・シュヴァルツ、そして最近になってそこに加わったあと一人。


「ノーツ子爵令嬢、毎朝申し上げておりますけれど、エリカ様は毎朝兄君様とお食事をご一緒されますの。食堂には参りませんから、貴方もそろそろ無駄なことはおよしになったらいかが?」

「でもっ、だったら私もカフェまでご一緒したいです」

「貴方もカフェに行かれるのは結構。ですが席は分かれて座っていただきますわよ?」

「えーっ、どうしてですか!?」

「…………当たり前でしょう……貴方、公爵家のご兄妹の団欒の場に割り込むおつもりでしたの?」


 呆れた、と言いたげに気の強そうな印象を受けるその少女は、胡乱げな視線をジュリアへと向けた。


 チャコールグレイの長い艶やかな髪にブロンズ色の吊り気味の瞳、どこかエリカの姉であるアリステアを彷彿とさせる雰囲気のその少女の名は ────── レナリア・アマティ侯爵令嬢。

 エリカの兄ラスティネルを慕うあまり、彼が溺愛する妹に不躾な悪意を向けたあのニコラスの妹である。



 能力測定の日、助け起こされた礼をきっかけにエリカにまとわりつき始めたジュリア。

 他にも空いている列があるからそこに行けばいいとユリアがさりげなく提案したというのに、彼女は自分の身の不幸を延々と語るばかりで決して離れようとはしなかった。


 曰く、この赤毛の所為で小さい頃からいじめられてばかりだとか。

 曰く、ああいった高慢なご令嬢の標的にされやすいんだとか。

 曰く、初恋の男の子もおしとやかな金髪のご令嬢にとられてしまったんだとか。


 ユリアからしたら『どーでもいー。っていうか被害妄想乙』というしかない内容の話ばかりで、いい加減にしてと彼女がキレかけたその時。


『お話中、失礼致します。他の列が大分空いて参りましたから、よろしければ分かれてお並びになった方がよろしいのではありませんか?』


 声をかけてきたその少女は白い制服……つまりエリカ達と同じ新入生。

 しかしその凛とした佇まいは、エリカに『姉』を思い出させた。

 だから彼女はその提案に笑顔で乗り、先程フィオーラが並んでいた一番奥のテーブルへと、ジェイドを伴って歩き出した。

 あえてユリアを置いていったのは、あとに残されるこの赤毛の子爵令嬢対策のためだ。


『え、あの、その、それじゃ私も!』

『お待ちになって、そこの貴方』

『え、は、はいっ!?』

『…………先程からお話は聴こえておりましたが、さもご自分が不幸だと言わんばかりのお言葉ばかり。そんな貴方では、まかり間違って高位の方とのご縁があったとしても、きっと周囲の嫉妬や悪意になど耐えられないでしょうね。我々高位の貴族は、普段からそういった悪意に晒されて生きておりますの。そんなことも知らずに高位貴族に擦り寄るなんて…………貴方、もう少し身の程を知った方がよろしくてよ?』



 その時の彼女レナリアはアリステアを思わせるほど、すごくかっこよかったのだと、その夜になってユリアはそう語った。

 悪意に人一倍敏感なユリアが手放しで褒める……それはつまり、その時のレナリアにエリカに対する悪意はなかったということだ。


 が、そこまで言われたにも関わらず懲りずに翌朝から突撃してきたジュリアにはさすがに驚かされたが、エリカは取り巻きなど作る気は毛頭ないこと、こうしてユリアを側に置いているのは彼女が護衛も兼ねていることを説明し、だからついてきても無駄なのよとやんわり言い含めようとした。

 しかしジュリアは『この学園にきて数日で、もう派閥が出来上がってしまいました。私、どこに行っても一人なんです』と泣きつき、だからせめて食事だけでも一緒にとらせて欲しいとこうして食い下がってくるようになってしまった。


 さすがにエリカも困り果て、ここは心を鬼にして無視してしまおうかと考えていたところに、運良く能力測定の日に助けに入ってくれた少女が現れ、またしても見事な話術でジュリアを追い払ってくれた。

 ありがとう、とエリカが素直に礼を述べると彼女は不意に深々と頭を下げ、


『先日は兄が大変失礼を致しました。身内としてそのお詫びを申し上げたくてお探ししておりましたの。どうか、我がアマティ侯爵家全体がああいう礼儀知らずばかりだとお思いにならないでくださいませ』


 そうして、彼女は名乗った。アマティ侯爵家の末娘レナリアでございます、と。




 アマティ侯爵家は、元々リシャールの義父であるアベルトが爵位を継いでいた家だ。

 そんな彼が側妃の臣籍降嫁に伴って既に途絶えているスタインウェイ公爵位を賜ることになり、侯爵位は分家を名乗っていた彼の弟に渡されることになった。

 今のアマティ侯爵はアベルトの弟、つまりその息子のダニエルやニコラス、末娘のレナリアはリシャールとは義理とはいえ従兄弟という間柄になる。

 それとは関係なくダニエルはリシャールと仲が良かったし、レナリアは幼い頃から長兄ダニエルの側にくっついていたため、その恩恵でリシャールとの交流もあった。

 逆に、病弱な兄に代わって次期後継と言われていたニコラスは、時々遠目で兄や妹が交流しているのを羨ましそうに見るだけで、そこに加わることはなかったのだという。


「兄も悪い人間では決してないのですけれど……なんと言いますか、愛情に飢えていると申しますか。ダニエル兄上やリシャール様を慕うあまり、その関心を他に取られるのを嫌がる子供のようなところがございまして」


 先日の一件以来、ニコラスは朝食の席に現れていない。

 ユリアとジェイドにやり込められた後、ラスティネルが改めてじっくりと説き伏せてから『しばらく食事の席には来ないでくれるかな』と、同席を断ったのだそうだ。

 とはいえ全く交流しないというわけではないらしく、研究室に顔を出したり医術について学びに来るのは問題ない、とそこは受け入れているようだ。

 友人としての交流はする、しかし妹に対するあの態度はいただけないから家族団欒の場には同席させない、とやんわり線引きしたということだろう。


 その代わりのように、いつしかレナリアが同席するのが当たり前になってしまった。

 アマティ侯爵家としての詫びだと当初彼女はそう言っていたが、彼女がエリカに悪意を持っていないのはユリアの直感力が認めるところであり、何より彼女が同席しているとあのジュリアが寄って来づらいというメリットがある。

 レナリア自身も、いつしか進んでエリカの側にいてくれるようになったことで、今はひとまず取り巻き以上友人未満の間柄で落ち着いていた。



「それにしても……ジュリアという名の下位貴族令嬢には本当にいい思い出がないな。エリカだってそうだろう?」

「……えぇ、まぁ」


『ジュリア』というのは他でもない、まだ5歳だったエリカを嫉妬のあまり崖から突き落としたという下位貴族の元ご令嬢の名前だ。

 彼女は領地にある警備隊に捕らえられ、厳しい尋問の後に獄死したらしいとラスティネルはそう聞いているが、エリカには勿論伝えていない。

 そうして今また現れた『ジュリア』は、何度追い払ってもしつこくつきまとってくる、被害妄想意識の強い下位貴族のご令嬢であるという。

 話を聞いたラスティネルが、また『下位貴族令嬢のジュリア』かとうんざりするのも頷ける。


「あの子もさー、毎日毎日レナリアに追い払われても懲りないよね。それだけ根性があるんなら、一人で過ごしたり他の派閥に特攻したりもできるはずなんだけど」

「根性だけではどうにもなりませんわ、ユリアさん。彼女は守って欲しいのです。どこへ行ってもいじめられる、目の敵にされる、だから高位貴族であるエリカ様に守っていただきたい。公爵令嬢のお側にいれば、少なくとも下位の貴族令嬢は寄ってこられませんもの」

「まぁ、そうだろう。エリカは見るからに、いじめなんてするタイプじゃない。むしろそれを嫌い、庇う側だと本能的に分かったからこそ付きまとうんだ」

「けど、エリカはもしいじめを見ても庇ったりなんて多分しないでしょ?」

「まぁ、そうね。気分が悪いのは確かだけれど。私だって、正義の味方というわけではないもの。さりげなく先生に声をかけるくらいかしら」


 同年代の子供が集まれば、派閥ができるのは当然だしいじめもあるのはわかる。

 それが平民であってもそうだし、貴族の場合は家同士の関係なども関わってくるためもっと根が深い。

 学園にいる間は身分を振りかざすことは禁じられている、だが身分自体がなくなったわけではないので、皆それに応じた付き合いが求められるのだ。


 個人同士の諍いに教師は首を突っ込まない、だがそれが明らかなマナー違反であれば話は別だ。

 いじめであれば当事者同士に話を聞き、厳重注意をするくらいが精々だろうがそれでも何もしないよりマシだろう。

 現に、かつての生だった頃にもエリカに対して執拗な嫌がらせがあった。

 テオドールはそれに何も対処せず、ただやんわりとエリカを慰めるだけだったから当然嫌がらせはやむことはなく、困り果てた彼女は何度か通りすがりの教師に相談して注意を促してもらっていた。

 そのたび、しばらくは嫌がらせがやむのだが……結局根本的な解決にはならず、また手を変え品を変え繰り返される、という悪循環だったのだが。



 いじめと言えば、とレナリアは不意に思い出したかのように瞳を細めた。


「あのノーツ子爵令嬢を突き飛ばしたご令嬢……確かユークレスト伯爵家の方でしたかしら。あの方、あまり評判がお宜しくないようですわ。取り巻きの方々には優しいお顔をなさるのですけど、それ以外の……特に下位の貴族の方には見下すような態度を取られるとか」

「それ、もっと詳しく!」

「……えぇ、まぁ構いませんけれど……と言っても、わたくしも深いお付き合いをしたわけではありませんので、社交界の噂程度でしたら」


 何故か突然食いつき気味に『詳しく』と身を乗り出してきたユリアに若干引き気味になりながら、レナリアは知っている噂とやらを話してくれた。


 フィオーラ・ユークレストは元々侯爵家の生まれらしく、物心ついてしばらくしてから()()の伯爵家へと養子に出されたという。

 裕福な侯爵家からいきなり没落寸前の伯爵家への養子入り……当人はとても嫌がり、今でも伯爵家の家人との折り合いは良くないのだそうだ。

 伯爵家自体は侯爵家からの融資があってどうにか持ち直したものの、フィオーラは実家に用立ててもらったお金を使って贅沢な買い物を繰り返し、仮成人してからは毎日のようにガーデンパーティや茶会に出歩いているのだが、そのパーティにおいても少々マナーから外れた奔放な振る舞いをすることがあり、特に高位の貴族からは参加を断られるケースもあるのだとか。


「えぇっと、確かユークレスト家って……お兄さんがいましたよね?その、社交界でも有名な」

「テオドール様のことですわね。あの方は浮いた噂も聞きませんし、それほど社交界に顔を出されているわけでもないようですわ。ただ、何度も妹君の奔放さを窘めておられる姿が見られておりますので、ご兄妹仲はさほどではないかと」


 かつて【聖女】だと崇められたフィオーラは、奔放で我儘なご令嬢に。

 かつてそんな彼女を恋い慕っていたテオドールは、妹のマナー知らずに頭を痛める生真面目な兄に。


(いいえ、今はまだそう思い込むのは禁物だわ。だって彼らは、演技がとても上手いのだもの)


 思い惑うエリカの視線が、ラスティネルのものと交わる。

 彼は無言で頷き、心配することはないと小さく微笑んでくれた。



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