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3.たすけてくれた、そのひとは

 

 精霊たちが妙に騒がしい。



 精霊という種族は、大きく分けて火・水・風・地・光・闇の六種であると言われている。

 彼らは基本的に気まぐれで、『人』を好んで力を貸す者もいれば、逆に『人』を避けて暮らす者もいる。

『人』を好む者の中には、その持てる魔力と引き換えに強い術を行使するための媒介になったり、余程その『人』を気に入った場合はその精霊が傍にいなくとも強い術を使える【加護】を与える者までいるという。

 だがその【加護】を与える基準は決まっていない。また、その【加護】の殆どは生まれてすぐに与えられるものであり、後天的に授かることは稀……それほど例がないことだと言われている。


 王都より少し離れた西に領地を持つ公爵家、ローゼンリヒト。その一人息子であるラスティネルは、その姿を捉え声を聞くことができる稀有な能力者だ。

 彼は治癒属性という特殊な属性を有しており、治癒の腕前は10歳にして専門の治癒術師を唸らせるほどである。そんな彼の使う術を、精霊たちが遠巻きにしながら……だが興味津々という様子で伺う、というのがいつもの光景であるらしい。



 だがこの日は、周囲に集まってくる精霊たちの様子がどうもおかしかった。

 ある者は落ち着きなく周囲を飛び回り、ある者は『キケン、タイヘン』と甲高い声で叫び。その警告がどうやら5歳違いの妹、エリカの異変を告げるものであることに気付いた彼は、まず真っ先に妹の部屋へと駆け込んだ。

 が、そこには空になったベッドがあるだけで、妹はおろか世話役のメイドの姿もない。

 これはおかしいと感じた彼は、邸を出てすぐ隣にある領主の城へと向かい、そのまま父の執務室まで駆け上がった。


「どうかなさいましたか、坊ちゃま」

「父上はおられるか?」

「旦那様でしたら、ただいま執務中でございます。お取次ぎいたしますので少々お待ちいただけますか?」

「ああ、急いで頼む」

「かしこまりました」


 一礼して執務室に入っていく古参の執事を見るとはなしに見送って、ラスティネルは苛立たしげにさらさらな銀髪を乱暴にかき上げる。


 フェルディナンド・ローゼンリヒトは彼の父親であり、この地の領主を務めている。彼は火の魔術に適性があり、精霊を認識することはできないが上級魔術まで使うことができる。こうして領地に腰を落ち着ける前は王都で騎士団を率いていたという実績もあり、魔術と剣術を両立させて戦うことで当時は王国髄一との声もあったほどの実力者だ。


「ラスティネル、入りなさい。話を聞こう」


 ゆるくウェーブのかかった銀灰色の髪に、息子と同じブルーグレーの双眸。垂れた目尻が優しそうな印象を抱かせるが、息子であるラスティネルは知っていた。彼が、見た目ほど優しくも穏やかでもないということを。


「エリカが部屋にいません」

「なんだって?……世話役はどうした」

「そのメイドもいませんでした。他の使用人に聞いても誰も見かけていないそうで……ただ、精霊達がしきりに光の森の方を気にしているようなので、調査に出向きたいのですが」

「光の森……光の精霊達が集うというあの森か。わかった、私も行こう。エリカがいるかもしれない」




 既に邸外に用意されてあった馬を駆り、数人の従者を連れて森の入り口まで向かう。そこで馬を下り、彼らは足早に森の中へと入っていった。


『ハヤク、ハヤク』

『キケン、キケン。イソイデ、イソイデ』

『タスケテ、アノコ、ハヤク、タスケテ』


「わかってる、精一杯急ぐから!くそっ、どうしてこんなに入り組んでるんだ!?」

「どうした、ラス。精霊達はなんと?」

「とにかく急ぐようにと。それから、助けてと。……急ぎましょう、父上!」

「わかった」


 先導するように少し先を飛び回る精霊達は、しきりに危険を訴えている。エリカが危険だ、早く助けて、と。


(エリカ……一体何があったんだ。どうか無事で、無事でいて!)


 唇を噛み締めながら先を急ぐラスティネルの顔色は蒼白、後に続くフェルディナンドも悲愴な顔つきのまま黙々とただ足を動かしている。

 何があったと推理する以前に、彼らの頭を占めるのはまだ幼い子供の姿。ベッドからおりる時間の方が圧倒的に少ない、体内の膨大な魔力に押しつぶされそうになっている、小さな少女。


 生きていてくれればそれでいい、とラスティネルは祈る。

 何故護りきれなかったんだ、とフェルディナンドは悔やむ。


 そうしてたどり着いた崖の下

 大きな岩の上に腰掛けるように佇む黒髪の青年……その膝の上に抱え込まれるようにぐったりと身を投げ出す、華奢な少女の姿を目にした二人は……ぽかんと間抜け面をさらしたまま固まった。






「…………で、もう一度聞くが……ヴァイス、どうしてお前がエリカといた?あの子が魔力枯渇寸前だったのと、何か関係があるのか?そもそもお前、どうやってこの公爵領に……」

「はいはい、ストーップ。フェル、色々聞きたいのはわかるけどちょっと落ち着いて。僕は逃げないから」

「そうは言うが神出鬼没なお前のことだ、またふらっといなくなるに決まっているからな」

「今はいるよ。少なくとも、あの子が落ち着くまでは」


 ローゼンリヒト公爵、フェルディナンド・ローゼンリヒト。

 銀灰色の髪にブルーグレーの双眸、いかにも貴族のお坊ちゃんといった王子様的な顔立ちに反して、その気性は『炎』の特性そのままに情熱的で敵に対しては荒々しい。

 そんな彼に睨まれるようにして向かいのソファーに座っているのは、エリカを守るように抱きかかえていた黒髪に紫紺の瞳の青年だ。


 彼の名は、キール・ヴァイス。

 フェルディナンドが学園で学んでいた頃からの付き合いであり、今も変わらぬ腐れ縁の悪友である。

 外見的にはとてもそうは見えないが。


(ひとまず、どうして外見年齢が変わらないんだと聞くべきなんだろうが……こいつについては今更だからな)


 そもそも学園にいた頃から、この男は変わり者だった。

 まともに授業を受けている様子など見ないのに、筆記試験は常にトップ。勿論実技もトップ。

 剣術、魔術、体術、どれをとっても隙がなくあっという間に飛び級して卒業していった、伝説の生徒。


 だがそれだけの実力であったにも関わらず、彼はいつも一人だった。

 ただ時折何かを探すような、追い求めるような視線を遠くに向けていることがあった……そんなほんの僅か、彼が幼子のように見えてしまったフェルディナンドはどうしても放っておくことができず、あれこれと煩く口出ししているうちにいつの間にか『友人』という称号をつけられてしまっていた、というわけだ。

 つまりは気に入られた、ということだろう。


 実年齢も、生家も、そのすらもわからない謎の人物。

 そんな彼がどうして学園に通えていたのか、それは彼の名乗る【ヴァイス】という姓が遠い昔に没落し、今は継ぐ者もなくなったかつての公爵家と同じだということに、何か理由があるんだろうと推察はできるが、真実は謎のままだ。


「えぇっと、どうして僕がこの公爵領に来たか、だったね。まぁ、偶々だよ。なんとなく、精霊達がざわつくのが感じられてね。何かあるんじゃないかと立ち寄ったついでに君に逢えるかなと思っていたら、森の方から強い魔力が感じられた。それを辿ったらあの子がいたんだよ」

「強い魔力?……ヴァイス、あの子は先天性の魔力飽和の病に侵されているんだ。魔力を体外に放出する術は、今のところない」


 なのにどうして、と続けようとしたフェルディナンドはそこでハッと思い立ったように目を見開いた。


「まさか、あの子が魔力枯渇寸前になっていたのは……っ」

「そう。他者から無理やり魔力を吸い出されたからだ」

「無理やり魔力を吸い出すだって!?そんなこと、高位の魔術師にだってできるかどうか」

「できるんだよ。…………高位の精霊になら、いとも容易くね」

「高位精霊、だと?」


 いきなり話が壮大になってきたことにフェルディナンドが眉をひそめたその時、コンコンとノックする音と共に「父上、マティアス先生がお呼びです」とラスティネルの声がした。




『僕はここで待ってるよ。戻ったら結果、聞かせてね』


 すっかり寛いだ姿勢でソファーに身を沈めた悪友を応接間に残し、フェルディナンドは足早に末娘の部屋へと向かった。

 おろおろした様子の息子ラスティネルには部屋に戻りなさいとだけ告げ、段々と足音が大きくなっていくのを止めることもできず、娘の部屋へと駆け込んだ彼を待ち受けていたのは


「……騒々しい。病人を労わる気がないのなら、領主といえど邪魔だ。出て行け」


 という、幼少時代からの親友の冷ややかな一言だった。



 マティアス・フレミング。

 癖のある鳶色の髪に同色の瞳を持つ、フレミング伯爵家の四男。

 フレミング伯爵家はこのローゼンリヒト領の西に隣接する領地を治める家であり、それ故フェルディナンドとは幼い頃からの付き合いがあった。

 彼は、魔術医師である。

 魔術医師とはその名の通り、魔力を患者の体に通すことで体内の状態をスキャンし、異常がないか調べることができる特殊な職業だ。

 魔力は通常体内を循環しており、もしどこかに異常があればそこに膿となって蟠ってしまう。それを取り除き、魔力の流れをスムーズにした上でその後は怪我や病気を治す治癒術師に引き継ぐ、というところまでが魔術医師の役割だ。


 エリカの場合、魔力が正常に循環しない所為でところどころにすぐ膿ができてしまい、この小さな身体をぶくぶくと膨らませる原因となっていた。

 普段は魔術師でもあるフェルディナンドが魔力の流れを調整しているが、原因となる膿を取り除けるのはマティアスだけだということもあり、定期的に往診に来てもらっている。



「マティアス、エリカは……エリカの容態はどうなんだ?」

「どう、ってな…………まどろっこしいから率直に言うぞ。今のお嬢ちゃんの魔力の流れはほぼ正常だ。今までで一番いい状態だと言ってもいい。ここに運ばれた当初は魔力の枯渇寸前だったとお前の息子に聞いたが、俺の見る限りじゃ今は正常値まで回復してるな。正直、これまでお嬢ちゃんの治療にあたってきた俺自身、まだ信じられないんだが」


 ただな、とマティアスは一旦言葉を切ってから、エリカの左手首をそっと手に取った。

 全く肉のついていない、今にも折れそうな手首。彼女本来の、病的な細さのそれ。

 その内側には、鳥が羽を広げたような不思議な痣が刻まれている。


「それ、は……」

「俺にもわからん。だがお前の息子が言うには、その痣からは精霊の気配が感じられるそうだ。こうしている今も、俺やお前には見えも聞こえもしないが、光の精霊達がおめでとう、よかったねと煩いくらいに祝福してるんだと」

「光の、精霊が…………あぁ、……っ。こんな、ことが……エリカ……」


(ヴァイスが言っていたのは、このことだったのか。高位精霊が、エリカの加護についてくれた。そういうことだったんだ)


【加護】は、後天的に得られることは殆どない。だが稀に、精霊の気まぐれと偶然が重なって、こうして加護を得られることもあるという。

 何者か……恐らく世話役のメイドによって害されかけたエリカは、運よく泥地に落ちたもののその命を散らす寸前だった。そんな彼女に加護を与えた精霊の力によって、天に召されかけていた少女は命を繋いだ。

 いつもは昼過ぎになるともう魔力太りで動けない状態にまでなってしまう彼女が、これまでで一番いい状態のまま魔力を安定させていられるのは、加護の印からかの高位精霊へと魔力が送られているかららしい。


 恐らく一時的に魔力枯渇状態だったのは、エリカの魔力飽和状態を解消させるべく魔力をギリギリまで吸い上げたからだろう。

 そのギリギリの加減がわからなかったこともあり、これまでの治療ではちょっとぽっちゃり程度の姿が限界だった、のだが。

 こうして本来の姿に戻ったエリカは、ちゃんと三食きちんと食べていたのか心配になるほど痩せ細り、今にも折れそうな儚い様子だ。


「エリカ……」

「ご令嬢がいつ目覚めるのかまではわからん。俺は一度診療所に戻るが、何かあればすぐに呼んでくれ」

「あぁ、ありがとうマティアス」


 すっかり父親の顔で娘を覗き込む、その目の端が濡れていたのを親友は見なかったことにした。



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