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29.仇敵との邂逅

 


 カフェでのユリアの行動については、校舎に移動する道すがら主にジェイドが説明してくれた。

 当のユリアはまだ怒りが冷めていないらしく、「ラス様がついていながら情けない」とか「あいつ、今度あんな顔したら決闘申し込んでやる」とか、いささか物騒な独り言を呟いている。


「ユリア、せめてお兄様だけは許して差し上げて」

「だめ。……だって、エリカに悪い人を近づけるなって言ったの、ラス様なのに。そういう、身内以外に厳しいとこ、尊敬してたのに。……今回ちょっと失望しちゃったよ」

「…………ユリアさん」


 この世界に『落ちてきた』当初、まだここが自分に都合のいい世界だと思えていた彼女は、エリカの兄だという彼に精一杯『可哀想』アピールをした。

 愛してほしい、慰めてほしい、甘えさせてほしい……だけど彼は、そんな彼女に厳しい言葉で現実を突きつけ、真っ先に妹を庇って見せた。

 その姿こそ、彼女……ユリアの求める理想の兄だったのだ。


(お兄ちゃんと仲良くなれてたら、あたしも守ってもらえたかな?ラス様とエリカみたいになれたかな?)


 だから嬉しかった。

 自分が初めて友達だと思えた子に、理想の兄がいたことが。

 甘えさせてはくれないけれど、でもいつしか第二の兄のように慕ってすらいたというのに。

 なのに彼は、自分の側に置いている者が可愛い妹に悪意を抱いているなんて思わず、平気な顔をして「妹を頼むよ」とまで言い出した。



「あーっ、もう!今日から実技があればよかったのに!そしたら体動かして存分に発散してやるのにーっ!」

「実技はないですけど、今日は一日能力測定があるはずですよ?」

「測定かぁ……あんまり本気出しちゃうと、悪目立ちしそうだし……かといって手抜きする気分でもないしぃ」


 能力測定とは、その名の通り新入生の個々の能力がどれほどのものか測るための時間である。

 一年時はまだ全員総合学科として同じスタートラインに立つ、そして一通りの教育期間が終わると二年からはそれぞれの能力に合った専攻へと分かれ、専門の教育を受けることになるのだ。


 ユリアは魔術を使えない代わりに、身体能力がかなり発達している。

 故に特別に一年時から魔術の授業の実技は全て免除となり、その補講として体術や剣術の授業を二年に混ざって受けることが既に決まっていた。

 といっても立場は新入生である ──── 初っ端でいきなりとんでもない成績を出そうものなら、羨望以上に反感を買うだろうことは目に見えている。


 けどまぁいっか、とユリアは難しく考えるのをやめた。

 今回適当に手を抜いたとしても、いずれはバレることだ。それなら最初から全力で挑み、反感だろうが嫉妬だろうが受けて立ってやってこそ、赤騎士団長の娘として相応しいんじゃないか、と。


(親父様ならきっと、笑って『よくやった』って言ってくれるもん)


 よし、それじゃストレス解消も兼ねて全力で行ってやる、とユリアはぐっっと拳を握りしめた。



 学園の敷地はとてつもなく広い。

 寮から歩いてきて真正面にあるのが総合学科の教室がある【総合棟】、その奥にあるのが【職員棟】で、総合棟から向かって右側に位置するのが【騎士棟】、反対の左側にあるのが【魔術棟】

 騎士棟や魔術棟の中で更に専攻が細かく分かれ、それによって使う教室も変わってくるが建物自体は卒業するまで同じだ。

 稀に途中から【研究棟】という、他とは離れた特殊な建物へ移動する生徒もいるにはいるが、研究棟は希望して行ける専攻ではないため、新入生の希望希望調査票にはその名が載っていない。


 総合学科一年B(クラス) ──── そこが、エリカ達三人が一年間所属するクラスだ。

 ひとクラスは大体30人前後。

 当たり前と言えば当たり前だが貴族や平民といった実家の身分は一切考慮されておらず、むしろ貴族は貴族、平民は平民で固まらないように、同じような身分の者達が妙な結束力を持たないうちにと、大体どのクラスも同じ比率になるように考えて分けられている。


 寮でそれぞれの食堂が分けられているのはそもそも、貴族と平民、そして低位貴族と高位貴族では、生活習慣や求められるマナー、常識すら違う場合があるためである。

 学業から離れたところまで身分平等を掲げ、いらぬストレスをためないようにという配慮だろう。

 だが学業を修めるためのクラス分けに、そんな配慮は無用である。




「Bクラス、そろそろ能力測定を始める。基本、どこからどう回っても構わないが、全て受けてから教室に戻ってくるように。先にAクラスの生徒が行っているが、測定は先着順だからあまり気にしなくてもいい。これは校内配置を覚える意味もあるから時間があるなら見て回っても構わないが……まぁ、迷子にだけはなるな。以上だ」


 面倒くさそうにそう説明してくれた教師から、一人ひとり校内の案内地図とペンダントを受け取る。

 案内地図には能力測定が行われている場所が記されてあり、そこで身分証を提示してテストを受けるとそのペンダントに結果が記録される。最終的に全部の測定結果が記録されたペンダントを教室に持ち帰って、それを教師に渡せば終了ということらしい。


 回る順番は自由、誰かと行っても一人で回ってもいい。

 もし万が一時間内に全部回りきれなかった者や途中迷子になった者、サボり目的で抜け出した者などについては、学園側が位置特定機能を発動させて探し出し、厳しい罰を与えるということも言い添えられたため、地図とペンダントを受け取った者は我先にと駆け出していく。


「さてと……どこから回る?近いところから順番に行くか、逆に遠いところに行ってそこから戻ってくるか。どっちにしても混んでるとは思うけど」


(この能力測定は新入生だけ、それなら会う確率が高いのはフィオーラね)


 極力会いたくはないし、会ったらどうなってしまうのか自分でもわからない。

 だが卒業まで一回も会わないというわけにはいかないだろうし、それなら早いうちに会っておいた方がいいような気もするのだが。

 とはいえ、当のフィオーラがどこのクラスかも知らない上に、どこから回るかも想像がつかない。

 考えても無駄だと判断したエリカは、それならと一番遠い測定場所から回ることにした。



 一番遠いのは、騎士科体術専攻クラスが使っているというグラウンドだった。

 そこで鬱憤発散とばかりにユリアはとんでもない数値を叩き出し、エリカは体力がないため早々にダウン、ジェイドは貴族の男子としてはそこそこの数値にとどまった。

 早速騎士科やら体術科やらからスカウトの声がかかるユリアを眺めながら、エリカとジェイドはしばしの休憩と洒落込んだ。


「……生き生きしていますね、ユリアさん」

「そうね。あれだけ動いたのに息切れひとつしていない……あの子はきっと、騎士になったら上まで上り詰めることができるわ」


 それを自分の護衛というところに止めておくのは忍びない、そういう意味を込めてエリカがそう言うと、ジェイドは緩々と……いつもより大人びた表情で頭を振った。


「ユリアさんがあそこまで頑張るのは、エリカ様あってのことだと思います。今だってそうですよ、いずれ騎士にって早々とスカウトされてるのに、主はもう決めてるからって断ってますから」


 騎士になれば、第一は国のため。だがそれでは、恩義あるローゼンリヒト家は守れない。

 大好きな親友の側にもいられない。

 騎士科にはいずれ進む、だけど国に仕える騎士にはならない。それが、ユリアの選ぶ道なのだ。


「私、恵まれているわね」

「…………そう、ですね」

「ジェイド?一体どう」

「あーっ、なになに内緒話?ずるーい、あたしも混ぜて!」


 俯き加減に言葉を濁したジェイドに問いかけようとした声は、戻ってきたユリアの明るい声にかき消される。

 その一瞬の間に、ジェイドはいつも通りの笑顔を浮かべて「それじゃ行きましょうか」と立ち上がった。


「なんなのよー、何話してたの?」

「秘密です」

「なにそれー?貴族の男女が秘密の話ってなぁんか意味深!教えてくれないならリシャール様にいいつけてやるっ」

「いいですよ。別に疚しい話じゃありませんから」

「むー……ジェイドのくせに生意気ぃ」


 何かが引っかかった、だがそれが何かわからないままエリカもジェイドに手を引かれて立ち上がり、ぽんぽんと言い合う二人の後について次の測定場所へと歩き出した。



「んーっと次は魔力測定かぁ。それじゃあたしの出番はないよね」


 とはいえ、ユリアも順番を待ってその担当教師に『免除』の証を貰わなければ帰れない。

 仕方なく三人揃って列に並ぼうとしたところで、ジェイドが部屋の奥を見据えながら「まずいですね」と先程とは違う意味で顔を曇らせた。


「エリカ様…………」

「……そう。いる、のね?」


 たったこれだけで察した彼女は、重々しく頷き返されたのを見てため息を一つ。

 ユリアも何のことかすぐにわかったのだろう、普段は文句なく可愛らしいその顔を引き締め、警戒心を剥き出しにして一番奥の列へと目を向けている。


 多くの生徒が並んでいるだけあって、そこには金髪や数は少ないが銀髪の頭も見える。

 フィオーラは豪奢な金髪……とはいえさすがに見ただけではわからない。


「…………『フィオーラ様の能力は貴族随一ですわ』……ですか」

「なに、そんなこと言われてんの?あいつの能力ってなに?」

「えぇっと……取り巻きの人達が言うには、高位貴族の標準を超える魔力に風と光の二属性持ちで、風の中位精霊の加護があるそうです」

「……ふぅん」


 その程度で貴族随一かぁ、とユリアは小さく小さく呟く。


 二属性に適性持ちというのは高位貴族でも珍しくないが、精霊の加護があるとなるとその価値は一気に跳ね上がる。

 しかも下位ではなく中位ということはある程度意思の疎通ができるはずで、そうなるとより上位の魔術を使える可能性もでてくるため、術師の価値はもっと上がる。

 確かに素晴らしい能力だと言っていい、のだが……残念なことに、ユリアもジェイドもその遥か上を行く能力者を知っている。


「リシャール様って、三属性プラス特殊能力持ちだったよねぇ?」

「ラスティネル様も、治癒属性と特殊能力持ち、ですね」

「……口には出せないけど、もっとすごい人もいるしね」

「そうですね。口には出しませんけど」


(どうしてこういう時は息がピッタリなのかしら)


 普段は言い合いばかりしている二人が、主を語る時だけは意気投合するのだから、傍から見るとなんだか微笑ましい。

 当のエリカにしてみれば、口を揃えて主自慢をされるのは気恥ずかしいからやめて欲しいのだが。



「あ、こっち来る!」

「エリカ様、こちらへ」


 と側付き二人が咄嗟に体の向きを変えて庇ってくれたお陰で、エリカは涼しい顔で列に並んでいる風を装って、仇敵であろうフィオーラとその取り巻き達とすれ違うことができた。

 取り巻きはいずれも下位の貴族だろうか、きゃあきゃあという品のない声を上げながら必死に真ん中の少女を讃えている。

 その中心にいるのは ───── 明るい金髪を腰のあたりまで垂らし、深緑の瞳を伏し目がちにしながら上品に微笑む、【聖女フィオーラ


(フィ、オーラ……っ!!)


 怖い、悔しい、妬ましい、哀しい、憎い。

 あらゆる負の感情が一気に溢れそうになったところを、ユリアに支えられる。

 大丈夫、大丈夫、あたしがいるからと何度も囁かれて、暴走しかかっていた魔力がすっと収まっていく。

 ぎゅっと片手で制服の上から握ったネックレス、その感触もエリカの心を落ち着かせてくれた。


(大丈夫……えぇ、大丈夫よ。あの頃とはもう違う。ユリアも、ジェイドも、そして……)


 このネックレスの贈り主もいてくれる。だから大丈夫。



 視線を上げた先、フィオーラを中心とする取り巻き数名はエリカのことなど一顧だにせず、真っ直ぐに入り口へと向かい、そして


「邪魔だわ、どきなさい!」

「!?」


 信じられないことが起きた。

 まだ来たばかりなのか入り口あたりでおろおろと中を見回していた少女が、こともあろうに横に突き飛ばされたのだ。


 先程まで見せていた【聖女】スマイルなどかなぐり捨てて、意地悪く目を吊り上げたフィオーラによって。




おや?フィオーラの様子が……。


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