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26.いざ、学園へ

一気に数年分飛びます。

ここから学園編です。


 


「うわぁ…………おっきいねぇ……」

「……あ、あの、ユリアさん、そんなに大きなお口を開けてたら、その、虫が飛び込」

「閉じました!はい、閉じました!」

「わ、わっ、あんまり大きな声出すと、目立っちゃいますから!」

「……貴方もよ、ジェイド。二人共ちょっと落ち着いて」



 ここは、国立ヴィラージュ総合学園。

 13歳から入学を許されるこの学園は、王族・貴族のみならず才能のある者には広く平民にまで門戸を開いている。

 国立というだけあって運営費は国が殆どを負担しており、生徒達は食費や生活費、その他は制服や教科書などの備品を購入する費用だけでいい。

 ただし、その『備品』がかなり高額なものばかりであるため、平民であってもそれなりに裕福な家庭であるか、それとも貴族の後見を受けるかしないと通い続けることは中々に難しいようだ。


 エリカ・ローゼンリヒトは今年13歳になったばかり。

 傍付きであるユリア・マクラーレン及びジェイド・シュヴァルツと共に、今年漸く学園の門をくぐることを許された新入生である。

 5歳違いの兄ラスティネルは今年18歳で最終学年であり、たった一年だけだが同じ学園に通うことができて嬉しいと数日前に手を取り合って大喜びした挙句、仲間に入れてもらえない父を盛大に拗ねさせたのは、記憶に新しい。



 この年になるまで、彼女には色々なことがあった。

 5歳にして前世(かつての自分)を思い出し、それとほぼ同時に光の精霊王の加護を受けたことで病を完治させ、『落ち人』を拾ったかと思えばその彼女……ユリアを側付きとして側に置くことになり。

 もう一人の側付きジェイドと共に様々な教育を受け、時に父に泣かれ、時に兄を困らせ、時に姉に愛でられながらも、前世とは比べ物にならないほど幸せな日々を送ってきた。


「にしてもエリカってば。白い制服着て、もうマジ天使っ!可愛いっ」

「あ、ありがとう……ユリアだって可愛いじゃない」

「あたし?ダメダメ、すぐに汚しちゃいそうだもん。まぁ、2年目からは騎士科に行く予定だから制服も変わるしね。今だけだけど」


 そう、このヴィラージュ総合学園では入学一年目は全員共通で白の制服……これを着ていれば新入生とみなされる。

 そして入学二年目からはそれぞれの希望と能力に合った科に所属することになり、制服の色や形もそれぞれ変わる。

 例えばユリアが希望している騎士科は黒、エリカが希望しようと思っている魔術科は青、というように。


 騎士科というのは主に城勤めの騎士を目指す専攻であり、エリカの護衛でいたいユリアには向いていないかのように思えるが、その実この騎士科に『絶対にやっつけたい相手がいる』という理由から、彼女は入学前からこの科を目指して義父に特訓を受けてきたのだ。


 全てはあの、憎き銀髪男(テオドール)を倒すために。


「まぁ、授業真面目にやってれば汚れるのが当たり前だし。確かここの寮って洗濯メイドさんとかいるんだよね?」

「ええ、確か。洗濯も研究所で開発された最高級の魔術具を使うはずだし、いくら汚してもすぐ綺麗にしてもらえるわね」


(そこは、汚したらダメって言うところじゃないでしょうか、お嬢様)


 と思っても、口では決して敵わないとわかっているジェイドは、今日も沈黙を貫いたまま二人の後をゆっくりと追いかける。


 初めて出会った7歳の時からはや6年 ──── この中で一番変わったのは恐らくジェイドだろう。

 11歳を超えたあたりから背がぐんぐんと伸び始め、当初はユリアより小さいくらいだったのに今では頭一つ分高い。

 体力づくりのためにと運動の時間も設けられたが、筋肉がつきにくい体質なのかいつまで経っても細いまま、というのは変わらないが。

 おっとりした性格も、慌てるとどもってしまう口調もそのままだが、顔立ちは可愛らしい部類からかっこいい部類へと変わりつつあるようだ。

 そして、何かと暴走しやすいユリアをフォローしつつ、まだまだ危なっかしいエリカを少し離れたところで見守る、というスタンスが今の彼のベストポジションであるらしい。




「あれ、なんかすっごい長蛇の列……ナニコレ」


 立ち止まったユリアの視線の先、学園の本館前にある広場のような場所には、彼女も言うように白い制服の男女がずらりと並んで順番を待っている。


「あぁ、これは受付の順番待ちね。運が悪いとかなり待つことになるのだと、お兄様が言ってたわ」


 新入生は決められた数日の間に学園に来なければならず、その際はまず入学許可証や身分証明書など確かに本人であるという証を立てるため、手続き用の窓口で入学審査を受ける。

 その窓口に座るのはいずれも成績や素行が優秀だからと学園に認められた先輩達であり、その補助役として数人の教師が横につく。


「あれ……でもちょっと待ってください。確かにこっちはすごい列ですけど、あっちの方は全然がら空きですよ?」

「本当だ。なんで?」

「えぇっと…………待ってくださいね」


 日にちをずらしても入学人数はかなりのものになるため、受付窓口も全部で十数箇所設けてある。

 なのに、とある受付には長蛇の列、とある受付はガラガラ、と何故だか酷い差ができている。


 ジェイドは10歳でようやく会得した『聴こえる能力』の制御を解いて、特に受付周辺の声に耳を澄ませてみた。

 最初の頃は他の雑多な声が響いてきてノイローゼ気味だった彼も、今では自在に制御できるようになり、聴きたくない時は完全シャットアウトすることもできるようになっている。


 ややあって目を開けた彼は、そのアイスブルーの双眸をとあるひとつの窓口へと向けた。

 そこは他の受付窓口とくらべても格段に列が長く、特に女子生徒が圧倒的に多い。


「どうやら、この長蛇の列の先には有名人がいるようです。仮成人すれば昼間のパーティなら出られますし、そういうところで情報収集した結果ということらしいですね」



 貴族の仮成人は12歳。

 直系の王族は例外なくこの仮成人の儀を行い、その後社交へと出ることになるのだが、その他の貴族の場合は仮成人の儀をしてもしなくても特にルールは設けられていない。

 ただ、暗黙のうちに言われているのは、この仮成人の儀を行うのは貴族の女子、もしくは後継である男子であるということ。

 その理由は、若年者の社交パーティは主に婚約者探しを目的としているから、そして今後の人脈形成のためのアピールをするためであるからだ。

 だから、後継ではない男子や既に婚約者のいる女子は仮成人の儀をしないことも多い。


 ここにいる三人も、仮成人の儀は行っていない。

 ジェイドは男爵家の嫡男以外であるし、ユリアは『落ち人』であるためそもそも社交界とはさほど縁がない。

 そしてエリカには、紆余曲折の末にどうにか正式に婚約関係を結んだ相手がいる。

 …………とはいえ、とある事情があってまだその関係性は知る人ぞ知るという範囲でしか広まっておらず、ただローゼンリヒト公爵の末娘に婚約者がいるというだけは社交界にそれとなく流してあるらしい。



「えぇっと、それってどういうこと?有名人だからそこに並んで、顔つなぎでもしようって魂胆?」

「そうですね……特にあそこの列なんかは凄い美形の人が担当らしくて、ですね。…………えぇと、だから、その、」

「どしたのジェイド、すっごい挙動不審」

「あ、あの、ですから…………少し歩きますが、あちらの空いた受付に並びませんか!?ほら、行きましょう!」

「え、あの、ちょっとジェイド?」


 ほらほらこっちこっち、といつになく強引に先を歩くジェイドにエリカも戸惑いながらついていく。

 そして、ユリアは


「…………すっごい美形の有名人……ねぇ」


 なぁんかヤな感じ、と形の良い薄紅色の眉をひそめ、一度その長蛇の列の先を睨みつけたかと思うと、不意に興味をなくしたようにくるりと身を翻して、親友の後を追いかけた。



 ジェイドが言うようにエリカが並んだ列は人数が圧倒的に少なく、すぐに順番が回ってきた。

 総合学科の紺色の制服を身にまとったその先輩は、エリカの身分証を見てもユリアの身分証を見てもさして驚きもせず、淡々と手続きした後「ようこそ、学園へ。どうぞ実りある学園生活を」とお決まりの定型文で送り出してくれた。

 後は学園の寮に行き、入学式の日までは自由行動となる。


「それじゃ、僕はこっちなので……」

「ええ。今日はゆっくり休んでちょうだいね、ジェイド。何かあれば通信具で連絡して」

「わかりました。それじゃ」


 一礼して男子寮の方へと歩き出したジェイド、その背に駆け寄ってユリアは耳元で小さく囁く。


「ねぇ、さっきのあの受付にいたのはテオドール・ユークレストよね?……出来る限りでいいわ、その噂探っておいてくれる?」





 たどり着いた女子寮は、科学が発達した異世界から来たユリアであっても驚くほどだった。

 寮の入り口は身分証をかざして開け、そこからすぐのところにある寮監室の前では魔力チェックの光に照らされ、真っ直ぐ進んで公共エリアを通ってからそれぞれの居室エリアへと進み、居室の扉を開けるために魔力認証のパネルに手を当てる必要がある、という徹底ぶり。

 ちなみに魔力を全く通さない『落ち人』も過去にこの学園に通ったことがあり、その際は彼らだけ特別な認証方法を取っていたと言われているが、万が一にもそれが悪用されないようにその方法は未だ明かされていない。

 とにかく魔力なしのユリアでも一通りの認証はクリアできるとあって、その全てを試した彼女は部屋に入った途端「すごかったねー!」とはしゃいだ声を上げた。


「さっすが上は王族まで通うってだけあるよね。あっちの世界でもここまで厳重な警備ってなかったもん。王族・貴族になると命を狙われる危険があるから、ってことなのかな?」

「それもあるだろうけど、あとは不正防止という意味もあるらしいわ。従者に替え玉をさせたりとか、外部から誰かを呼んだりできないように、ということかしら」

「へー、そうなんだ…………一応学園内では平等に、ってことかな。部屋も普通の広さだし」


 ぐるりと見渡したその部屋は、二人部屋としてはごくごく普通の街の宿屋クラスの広さだ。

 ベッド、学習机、クローゼットがそれぞれ2つ、ミニキッチンとお風呂、トイレが共用で一つ。

 これは平民でも貴族・王族でも全く同じであるらしく、ただ側付きを連れた貴族の場合は希望次第で二人部屋が与えられる、という違いがあるだけのようだ。


 ちなみに部屋は防音、生活魔術以上の魔力を感知すると警報が鳴って寮監がすっ飛んでくる、というくらい徹底管理されているのだと、何度か失敗したらしいラスティネルが苦笑しつつ教えてくれた。



「さて、っと。それじゃそろそろあの子、呼んであげた方がよくない?退屈だーって今頃きっと拗ねてるから」

「…………そうね。呼ぶくらいなら魔力はいらないし……ってユリア、もしかしてあの子に部屋の片付けをさせようなんて思って」

「ないない!ただほら、殺風景な部屋だし癒やしが欲しいなーって」

「……怪しいけれど……まぁいいわ」


 エリカは虚空に向かって一言呼びかける。


『おいでなさい、ウィリアム』

「はーい!マスター、お呼びですかぁ?」


 途端、5~6歳くらいの黒髪の少年がその場に現れた。

 ふわふわと柔らかそうな黒髪に、金色の瞳。きっちりしたタキシードの下からちょろりとのぞく長い尻尾、黒髪の上に乗った猫耳は純白だ。

 彼の名は、ウィリアム。

 3年前、10歳の誕生日の日に光の精霊王ルクレツィア、正体不明年齢不詳の青年キール、婚約者のリシャール、そしてエリカの四人で作り上げたエリカ専用の使い魔だ。


 彼はエリカの膨大な魔力を糧にして生き、必要ならばその魔力を光の精霊王に渡して加護の力を受け取り行使できる、いわば精霊王との力の中継点のような存在である。

 ただその体の半分は闇の魔術で作られているため、魔力が枯渇するといった異常事態になった場合などは、闇属性の魔術が使えるリシャールに頼らねばならない。

 だからエリカは、リシャールとの婚約関係が正式なものとなった時初めて彼にその相談を持ちかけ、勿論と頷き返されたことで使い魔作成の儀式に臨むことになった。


『何を心配しているのかはわからないが……きっと、貴方が思う以上に私は貴方を大切に思っている。貴方が悪夢にうなされるなら優しい夢を。貴方が現実に打ちのめされるなら、護りの力を。そう願うほどには』


 だから信じて欲しい。

 そう続いた言葉を、彼女は今でも鮮明に覚えている。


「マスター?お掃除、はじめるですよぉ?」

「……そうね。それじゃ片付けてしまいましょうか」


 彼女が立ち上がるのに合わせて、制服の下に隠されたチェーンがチャリンと小さく音を立てた。



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